卒業
「ふぁーぁ……眠……」
卒業式。権正によって無理矢理出席させられ、今までありがとうございましたと相川から権正に花束を贈呈し、権正に号泣された。
その後、ホームルームの時に花束の包装に仕込んでおいた薬が時間差で権正のスーツを溶かして半裸になったところで相川は卒業証書を奪取して脱出し、木の上で欠伸をしていた。
「あ、いたー!」
「……何で見つけれたのか不思議なんだが……まぁ瑠璃だし仕方ないか……」
微睡んでいると下から甘い声がして発見されたことが知らされる。それを受けて相川は周囲のことを感知しつつもう一度脱力する。すると下で瑠璃が軽く怒った。
「もー、何で記念撮影もしないの? ボクとくらい撮ってよ!」
「魂が減る。」
「……そうなの?」
真偽不明の一言に瑠璃は少し考える素振りを見せるが瑠璃はそれでも相川とツーショットが欲しいので騒ぐ。相川は騒がれても嫌な物はイヤなので無視するが、次第に面倒になって来たので飛び降りた。
「まぁ、これで最後だしいいか……」
「えへー。じゃあ撮ろうね?」
しっかりした服装に身を包んだ相川と珍しくスカートの瑠璃。やる気なさそうな相川の腕を取って瑠璃は笑顔で写真を撮り、終わると確認のために少し身を離す。
「……よし。ちゃんと撮れてる。」
「あーお疲れー……元気でなー」
「え、何でもう終わりみたいな雰囲気だしてるの? まだまだだよ? 今からご飯食べに行くよ?」
「……え、俺中学の雑事があるからちょっと。」
「へ? まだ大丈夫だよね?」
相川の言葉に瑠璃は可愛らしく小首を傾げる。そう言えば言ってなかったかもしれないなと相川は思い出して瑠璃に告げた。
「あぁ、俺が行くところは早いんだよ。言ってなかったかもしれないが内部進学しないで別の学校行くから……」
「は? 何それ、ボク聞いてないよ?」
瑠璃の顔から一切の余計な物が消えた。完全なる無表情だ。それに重ねられる機械室で冷たい声音に珍しく相川が息を呑む。
「る、瑠璃?」
「学校の近くって、じゃあ何処? いや、まず、学校って、どこ?」
「いや、それは教えないけど。」
「ドウシテ?」
今度は相川の方も慣れたのでもう別に何とも思わずに答える。瑠璃の手が迫り相川の顔を胸と腕で包み込むようにして息のかかる距離で相川は冷静に告げた。
「だって、関係ないじゃん。」
「は、はは……」
乾いた笑いだ。空恐ろしさすら覚えるような空虚な笑み。瑠璃は相川が自分から身を離し体温が消えるのを感じて空を見上げながら呟く。
「関係ない、関係ない……そっか……」
「おう。」
「……ふざけないで? 全っ然面白くないよ?」
睨みつけるようにして相川にそう告げる瑠璃は相川がこれまで見たことない程、殺伐とした雰囲気を身に纏っていた。
「どうして、そんな大事なことを、誰にも言わなかったの?」
「訊かれなかったし。」
「訊かれなかったから答えませんって……」
「大体、さっきからどうしたんだお前。別に俺のことなんざどうでもいいだろうに。」
真顔で告げられた言葉に瑠璃は驚きのあまりしばし絶句して相川に尋ねる。
「それ、本気で言ってるの……? 自分で言うのも何だけど、ボクいっぱいアピールしてたよね……?」
「? いい人アピールのことか? してたな。それが何か?」
「は……え? ほ、ホントに気付いてないの? 何で? 仁くん賢いのに馬鹿なの?」
「何だテメェ喧嘩売ってんのか?」
瑠璃は驚きのあまりショックなど吹き飛んだ。いや、逆にショックを受けているがさっきまでの全身が冷たくなるようなショックではなく爆発しそうな状態になっている。もう瑠璃の母である妙から教えられた戦略など関係ない。瑠璃は相川に怒涛の勢いで問いかけた。
「ボク、ファーストキスあげたって言ったよね? いっつもくっついてたよね? チョコレートだってあげたよね? 添い寝だっていっぱいしたよ? それで何で気付かないの?」
「……え? 何に? つーかそれはお前がしたかったことであって俺は一切要求してないんだが。」
「鈍感どころじゃないよ!? 今のボクの質問聞いてもわかんないの!? ボクが今言った行動の意味少し考えたらわかるでしょ!? 寧ろなんだと思ってるの!?」
「いや……変態なんだなぁって……」
「!?」
思いがけない一言に瑠璃は地面に四つ這いになった。相川はこいつ卒業決まってハイテンションになってるなぁと呑気に思いつつそれを見下ろす。
「ぼ、ボクの精一杯のアピール……変態で済まされてたの……? て、ていうか、今の今までボク、ずっと変態と思われてたの……?」
「思われてたんじゃねぇ。事実だ変態。辞書引け。この変態性欲の略って欄だ。」
色々言いたいことがあって何も言えなくなる瑠璃。下手をすればトラウマ級の振られ方と受け取るのが普通なのだろうが生憎瑠璃は振られたと思っていない。まだ始まってもいないと気持ちを切り替えた。
「……逆に訊くけど。仁くんは……いや、これはダメだね……」
恋は戦争。惚れたら負けなのだ。この時点で瑠璃は相川に勝つ見込みはない。しかし、相川も負けに引き摺り込んで引き分けに持ち込むことはできるのだ。相手に完全優位に立たれてしまってはこちらの立つ瀬がなくなる。
(逆に何をすれば仁くんは意識してくれるのか分かんないけど……ボクはまだ負けたわけじゃない!)
一応巷で聞くところのカップルの営みとやらは頑張った。嬉恥ずかしでいっぱい頑張ったのだが全く通じてないとなれば……
(押して捺して襲う。)
変態と言われても仕方ない気もするが本人は至って真剣だ。それに、仮に瑠璃が相川に襲い掛かっても何も知らない世間は瑠璃の方を被害者と認定するだろう。それくらい瑠璃は可愛らしく、正義なのだ。
対する相川は最悪なので正義など粉砕して独立闊歩し、この世界の物質でもないため、世間も薙ぎ倒して生きているので瑠璃のことなど気にしていないが。
「……ねぇ。一先ずその話題は置いておくよ? それで仁くんの……いや、仁の行く中学校ってどこなの?」
まずは呼び方から変え、一歩距離を縮めてみることにした瑠璃。相川は不快そうだが引けばその倍くらい離されるので引かない。じっと相川を見て訂正しませんと空気で押し通す。相川は空気を読んだ。
「……まぁ人のこと変態ってずっと思ってた訳だから呼び方が変わっても仕方ないか……御門だよ。」
「御門……去年行ったところの中学校?」
「そう。」
瑠璃の脳裏を過るのは5年生と言うのに大きな胸をしていた大人びた少女。桐壷だ。瑠璃はほぼ反射的に自分の胸を見る。最近、割と大きくなってきたと自負しているが彼女に比べればまだまだだ。洋服の上から見て多少わかる程度にしか膨らんでいない。
「……おっぱいが足りないのか。」
瑠璃の呟きにほら見ろこの変態と言わんばかりの冷ややかな視線を向ける相川だが瑠璃は気付かない。頑張って大きくすることを考えている。
「何考えてるのか知らんが……そろそろ時間だから俺、行くわ。」
「あ、待って! どうやったらその学校に入れるの!?」
「どうでもいいだろそんなこと。お前竜王中学行くんだし……自分で調べろ。」
そう言い残して相川は瑠璃の前から急いで離れて行った。残された瑠璃は冷戦状態で敵対していたクロエのいる竜王中学校に向かって再度臨時同盟を結び、これからの対策を協議することになるのだった。
長かった……ここまでありがとうございました。