やってきた毒日
相川が朝目覚めると酷い倦怠感に包まれており、起き上がることすら億劫な気分だった。それを受けて相川は口の端を吊り上げて笑う。
「毒日、来たか……これが終わったら、修羅の国だ……」
酷い顔色で浅く早い息を吐きながら相川は今日は部屋から出ないことに決めてそのための準備を整えようと食べ物と飲み物を求めてリビングに降りた。
そこには先客がいて笑顔で相川を出迎えようとして相川を見るなり比喩でも何でもなく物理的に座ったままで跳ねた。
「酷い顔してるよ! 大丈夫なの!?」
「悪かったな変な顔で。これでも精一杯生きてるわ。」
「顔色の話してるの! 格好いいのは知ってるからそれは置いといて! 体は大丈夫なの?」
「お前こそ眼大丈夫かよ……」
瑠璃の意味不明な発言に相川は疲れながら突っ込みを入れてこれ以上関わると面倒だと無視してキッチンに移動する。しかし、瑠璃は付いて来た。
「何かいるの? ボクやるから安静にしてて!」
「あー……じゃあ飲み物持って来て。上から二番目、右から4番目の……生薬を煎じるから、匙が刺さってるところから動かさずにそのまま上げるといっぱいになるからそれを急須に入れて薬湯を頼んだ。」
毒日が来た時の最悪の想定をしていた相川は種別の生薬ではなく混ぜてある物を準備していたので考える必要もないそれを瑠璃に頼んでおく。瑠璃は頷いた。
「わかったこの匙で一杯ね。他には?」
「後は自分でやる……」
相川の答えに瑠璃は怒った。
「そういうのダメだよ。困った時はボクに助けさせて!」
「じゃあ出て行け……基本的に俺は弱ってる時に他人をテリトリー内に入れるのが大っ嫌いだ。助けたいなら出て行ってもらえると……」
ふらついてそちらに意識を取られることで言葉を切る相川。そんな相川を瑠璃は問答無用で抱き締めて少しだけ低い声で告げる。
「……手足縛って看病した方が良いならそう言って。」
「……体調悪い相手に言う言葉かそれは? あぁもう……抵抗する気力もねぇ……」
その言葉を看病了承の物と受け取った瑠璃はひとまず相川をソファに座らせて看病の仕方を検索して何をするか決める。
「……水着にエプロンでおじや……これで気力も体力も回復……?」
「不穏当な言葉が聞こえるんだが……」
検索ワードに「可愛い」や「好きな人に」などと足したせいで余計な絵などがアップされ、瑠璃は要らない知識を手にしてそれを実行しようとする。相川はやるなら普通にやれと告げて最低限の食料だけ持って自室に戻って行った。そんな相川の後姿を見送って瑠璃は気合を入れる。
「ここはボクの腕の見せ所……頑張って一緒にいると安心できるって思わせなきゃ!」
まず作るのはおじやだ。消化に良い食べ物を相川の味付けを見よう見まねで頑張って煮込み、ご飯を入れて味見をしながら作っていく。
「……お腹空いてるだろうからすぐできるもので味はある程度で良いよね?」
相川みたいに上手には出来ないので自分でも満足いくレベルの物が出来たらいいことにし、それを盛りつけて薬湯と一緒に持って行く。相川は荒い息を吐いてベッドに横になっていた。
「ご飯食べれる? おかゆみたいにしてあるけど……」
「……今は手足がしびれて動かないから無理だけど後で食べる。」
「! お医者さん!」
「いい。持病だ。明日には治る……」
どう考えても大丈夫ではない症状に瑠璃が慌てて電話を取ろうとするが相川がそれを言葉で制して止める。しかし、瑠璃は納得いかない。
「大丈夫じゃなかったらどうするの!?」
「逆に訊くが俺より俺の生態に詳しくて魔素について知ってる医者がいると思うのか?」
「…………いないと思う……でも!」
「すでに薬は作ってあるだろうが。今持って来たのを飲めば今日の午後には動き回れるから安心しろ。後悪いがあまり濃くし過ぎたら別の薬になるから生薬が入ってる部分は上げておいて。」
心配そうにうろつく瑠璃に身動ぎせずに指示を出して相川は息をつく。その指示はやるとして瑠璃は相川の想定外のことがあったらすぐに対応できるように心構えだけしておいて今やるべきこと。動けない相川に食事を食べさせることにした。
「あーんしてね?」
「……後で食べるって。」
「鳥みたいに口移しがいい?」
「わかったから……」
こいつに羞恥心という物は存在しないのだろうかと相川は思いつつ瑠璃からおじやを食べさせてもらうことになる。朝ご飯を食べていなかった瑠璃も食べるので頻繁に間接キスを行う破目になるが相川はもう諦めて為すがままだ。
(せめて悪意があれば体の改変が一時的にでも止まるから跳ねのけられるんだが……)
どうやら純粋な善意でやっているらしいので相川の能力は一切使えない。食事が終わるまで羞恥プレイをさせられる羽目になった相川は瑠璃に薬湯について尋ねられる。
「それはご飯食べ終わってすぐに飲むの?」
「まぁ俺は、な。普通の人なら2、3時間っ!」
相川の返答を受けた瑠璃が一気に薬湯を口の中に含むと相川に濃厚な口付けを交わして口移しに飲ませる。突然のことに驚いて舌で抵抗する相川だがやがて諦めて静かに嚥下していった。口の中の物がすべてなくなったのを確認した瑠璃は体を離して相川に告げる。
「すっごく苦い……」
「自業自得だこの馬鹿が……お前俺が動けないと好き勝手するな……!」
「うん。」
悪びれもせずに頷いた瑠璃に相川は変態と断じて薬効により意識が遠のくのを感じてそのまま眠りに就いた。瑠璃は添い寝するかどうかしばらく葛藤し、流石に昼寝している時くらいは我慢しようと諦め、午後になっても治って居なかったらその時は一緒にベッドの中で御用申しつけを待つことにすると決めて下に降りて行った。
そして相川は目を覚ます。それと同時に体の異変に気付いた。
「……毒が散らされてない……っ! 体が、熱に……」
「起きた!? 大丈夫?」
室外で待機していた瑠璃が飛び込んでくると相川は体の中に灼熱が通り抜けたのを自覚し、それによって自分の身に何が起きたのか理解して愕然とする。
「……媚薬化してる……薬の量が足りなかったのか? っ、それどころじゃない、瑠璃逃げろ。」
「逃げる? 何から?」
逆に寄ってきた瑠璃。警戒感など一切見当たらないあどけない顔は相川の目には隙だらけのカモにしか見えない。
「俺から逃げろ。頭と体の疎通が利かない……お前、捕まったら変態な目に遭うぞ……」
「仁くんが責任とってくれるなら別にいいよ?」
しれっととんでもないことを言って瑠璃は相川の側に腰かけ……手を取られベッドの中に引き摺り込まれた。相川の体は熱い。瑠璃は思わず唾を飲んだ。その間に相川の手は瑠璃の小ぶりな尻や膨らんで来ている胸をまさぐり始める。
「んっ、う……ぞわぞわする……」
「……お前馬鹿なの? いや、変態なのか? どっちでもいいけど自分の体は大切にしなさい。」
「大事にしてるよ……あむ。」
仕返しとばかりに相川の首筋などを甘噛みする瑠璃。いろいろ考えていた相川はふと寝る前のことを思い出した。
「瑠璃、お前生薬を匙いっぱいに入れたんだよな?」
「うん。ちゃぁんっ……ちゃ、ちゃんと摺り切り一ぱひっ、一杯で、大きいのがあったからそれだと綺麗にならなかったからゃんっ! そ、それ落とし「テメェの所為じゃねぇかこの馬鹿がぁっ!」へっ? な、何?」
驚く瑠璃から相川は身を離す。テンションによって能力が乱高下する不思議生命体は怒りメーターの勝利より体の所有権を元に戻したらしい。媚薬を持って好き放題に口移しなんかをやったりベッドに乗り込んできて責任を取れと抜かした相手の怒りは持続性がなく相川はすぐにテンション切れになってしまうが媚薬の効果は抜けた。
「はぁ……まぁ頼んだ俺も悪かったな。……アホらし。別の薬湯淹れて寝るわ。」
「……え。続きは……?」
「殴るぞ?」
「んっ、そ、そういうことするんだね……だ、大丈夫! ボク、割と何でも行けると思う……」
変態宣言を行った瑠璃のことは放っておいて相川は起き上がって自らの手で正しく処方を行って今度こそきちんと眠るのだった。