文化祭当日
『さて、ジェレクト大統領。今回のプロジェクトに当たっての重点の確認と行きましょうか。』
『よろしく頼むよ。相川。』
文化祭当日、相川は修羅の国に居た。目下、交渉の最中であり相川の護衛には犬養がついている。ラグロリジェレクト国家元首は未だ内乱を起こしている相手の暗殺を警戒して8名の警護を付けており、室内は緊張した雰囲気が漂っている。
『まず、貧困からの脱却ということで現地の雇用。そしてインフラの整備。国家の安定策として賊軍の排除。そして外資の注入及び多国籍企業の導入ということです。』
『その通りだ。永らく軍部が権力を握り軍事力を高めていた為、国力が歪な形になってしまっている。健全な経済を育成するために力を貸してほしい。』
『わかっています。』
相川は現時点における協力取り付け成功の相手と何をするかについて説明していく。
『まず首都周辺の道路整備から開始します。人、物資、そして人的サービスの流動性を高めることを優先として我が国の財閥、桐壷から協力を得ます。やろうと思えば雇用は大量に生み出せますが、ここにはあまり時間と費用をかけたくないのでコストの面を見ながら機材を投入しますね。』
『……しかし機材など投入すれば反政府勢力の格好の的になってしまうのでは? 彼らは国粋主義であり外資などを徹底して排除する攘夷派だ。国民が道を切り拓く方が……』
『そのために我々がいるんですよ大統領。来れば見せしめとばかりに叩きのめせますし、来なければ作業が進む。問題は一切ありません。』
言い切る相川にラグロリジェレクトは唸る。しかし、経済的な余力がない状態でもあるのである程度は相川の言う通りにせざるを得ないと頷いた。
『しかし、機材を持ち込むのは制限させてもらう。事前通告を頼むよ。』
『わかっています。ところで、その機材を扱うための教育投資も行うつもりなんですが……どうなされますか?』
『うぬ……少しばかり、多目に輸入を考えさせてもらう……』
言質は引き摺り出した。ラグロリジェレクトの書記官が互いの発言を書き留めているのである程度の効力は生じている。勿論、犬養の方もメモは取っているのでこちらに不利な条件だけを書かれると言うこともない。
『続いては上下水道ですね。これが徹底すれば国内の衛生環境が格段に変わります。』
『それは理解している。これに関しては私たちの方から提案したいことがあるのだ。まずは井戸でもいいから安全な水を確保して欲しい。その施設に関してだが、作るだけではなく維持の方法を提供してもらいたい。』
『……担当の方に伝えておきますが、維持の方法を教えたとして資材が足りない場合はどうなされるつもりですか?』
『出来る限り我が国で整えるが、先例の失敗から輸入代替工業化戦略については失敗することが多いと言うことも理解している。出来なければ潔く諦めよう。』
『賢明ですね。』
あまり長いことこの世界に関わっている気はないので仕事を適当な相手に回しておく相川。それでもラグロリジェレクト大統領は全く得体の知れない相手よりも相川にある程度見通しを立ててもらおうと得字込んでくる。
事前通告ですでに話はしてあったがやはり対面であうことが交渉どころと判断され、向こう側の条件を感情的に押されてそれを説得し、譲歩の形を見せることで相手を納得させていく。
そんな会談は相川が想定していた以上の時間を喰うことになっていた。
「……あぅ~っ! お姉ちゃん~茜音もう疲れたぁ~」
「……もう少しだから頑張って。後、机の下からパンツ見られてるから隠して?」
相川が国家規模のプロジェクトについて話し合っている頃、パレードを終えた瑠璃は妹の茜音と一緒に文化祭で相川が作った本物のお化け屋敷の前で受け付けなどをしていた。
「いーよ……スパッツ履いてるし……それにどうせ組手とかやってたらよく見られるし……」
「乙女なんだから隠そうとはしなよ。そんなんだと見てもいいんだとか思われちゃうよ?」
「お姉ちゃんは謎の鉄壁だよね……どうやるの?」
「頑張る。」
小声で会話をしながら悲鳴の上がる部屋の外に座る二人。瑠璃は平気そうだが茜音は疲れて来ている。相川が瑠璃は手伝うみたいだから霊に手を出さないように指令を出しているが茜音に対しては何もしていないからだ。一応、霊たちも生前は人間だったものが多いので配慮はしているがある程度は仕方ないと適当な扱いを受けている。
「あ~……後でちゃんと奏楽兄さんに茜音と一緒にお祭り回るように言ってよねホントに……」
「もう言ってあるよ~? そっちこそちゃんとお父さんたちを誤魔化しておいてよね?」
「茜音お姉ちゃんのお手伝いしてるのに……」
「茜音一人だと何か変態さんに遭うことが多いからボクがお目付けしてるんだよ?」
不貞腐れる茜音と異論を認めない瑠璃。尤も、相川と彼の組織という抑止力がない場合は瑠璃の方が大変だったりするのだが、その辺については瑠璃の方もあまり分かっていない。若干は勘付いてはいるようだが。
「……あ、ねぇねぇお姉ちゃん。あの人凄いね?」
「ん? あ、桐壷さんだ。」
途絶えることのない長蛇の列を捌き続けていると茜音が異彩を放つ2人を発見し、瑠璃はその二人が見覚えのある人だと言うことに気付いて軽く手を振った。
「おっぱい凄いよね……」
「あれ仁くんが触ったんだって。凄い効果だよね。」
「……ホントならちょっとだけ考えさせられるくらいの効果だよ? 中学校上がっても小さかったらお願いしようかな……」
相川が酷い風評被害に遭っている。10人に1人くらいの割合で生じるお化け屋敷内で気絶した生徒に生気を一部戻して外に出すという出来事があった時、ちょうど桐壷兄妹が受付で順番待ちをする辺りに来ていた。
「ごきげんよう。遊神さん。相川さんはいらっしゃられないのですか?」
「ごっ、ごきげんよう? 桐壷さん。仁くんなら今ちょっと、いません。用事があるらしいので学校に来てないです。」
「……成程。久し振りに直接会いたかったのですが……」
因みに桐壷と相川は夏休みにも会っている。電話は週に3回程度だ。久し振りと言うかどうかは人によると思われる。
「まぁ、こちらの準備は順調に進んでいます。今度直接会いましょうとお伝えしておいてください。」
「嫌です。」
「……えぇ……? お姉ちゃん? そこはわかりましたとか、そういうのじゃ……」
「嫌です。仁くんはお仕事かボクと遊ぶので忙しいです。」
瑠璃の言葉に桐壷は年にそぐわない妖艶な笑みを浮かべる。
「その、お仕事の話ですわ。くすくす……ねぇお兄様。」
「……あぁ、そうだ、ですね……」
「? そう言えば和臣さんだっけ? 何かちょっと疲れてるの……? このお化け屋敷ちょっと大変だから止めといた方が良いかもしれないよ……?」
楽しげな桐壷妹、真愛に対して疲れ気味に見える兄の和臣。理由は簡単。真愛の人脈に連なる相川が恐ろしい程の富を生みかねない仕事を持って来たからだ。仕事量は増えた上に真愛の評価の方が著しく上がり、真愛よりもいい教育を受けているのに成果が出せていない和臣は心的プレッシャーが酷い。
「あ、そろそろ順番です。どうぞー」
「楽しませてもらうわね?」
和臣がそんな状態でお化け屋敷に入った結果、出るころにはふらついてしまい、真愛に支えられながら帰る羽目になって更に評価が下がることになるのだった。
そしてその日、相川が帰って来ることはなく、瑠璃に一通のメールが届いて瑠璃も不貞腐れることになる。