文化祭の準備
クロエが瑠璃の妨害の為に隙あらば相川の家に入り浸っていた夏休みも終わり、相川たちの通う小学校は新しい季節が訪れていた。
「仁くん、呼び出されてるよ~! 行こ行こ!」
「権正め……最近俺のこと目の仇にしてやがる……面倒だから俺は今日死んだことにしてくれ。」
「縁起でもないからダメ。」
この前の大会の所為で権正に嫌がらせ染みた粘着を受けている相川。権正の稽古は人気なので予約が付けられているほどだが、予約がキャンセルされたりした場合は相川が呼び出されて稽古させられる。そのため、周囲から嫉妬などの視線を受けることになるがこの前の大会の所為で嫌がらせは起きていない。
「はぁ……今日は行きたくないんだが、何か良い案ない?」
「……そーだねぇ……あっ、そうだ! そろそろ文化祭の時期だけど、仁くんは毎年無視して休んでたよね? Dクラスは参加してもしなくてもいいから休みって。」
「そうだな。今年も休むつもり。」
「……一緒に回ろうよ。」
毎年誘っては断られてがっかりしている瑠璃は今年こそ最後なんだからと相川を誘うが今はそれはさておいてこの話題を出した理由を告げる。
「文化祭の準備に参加しますって言ったら流石にそんなのダメーっては言えないと思うよ?」
「ふむ……」
新しい面倒なことに出遭うが、金で人を動かして自分は動かなければいい。文化祭当日には予定があるが準備であれば手を抜きながら参加しても問題ないだろう。
「やるかなぁ。」
「! じゃあボクのパレードの時にさ、ボクを攫っていく役やって!」
「……当日は俺用事あっていない。つーか何その役。」
「むー……」
相川の突っ込みにも瑠璃は少し不機嫌になるだけで答えてくれなかった。しかし相川にとって瑠璃の気分はさほど重要ではないので流して準備をすることに決めた。
「クラスごとの出し物だったかねぇ?」
「クラスでもできるし、申し込んで申請が通れば個人でもできるよ。」
「ほう。じゃあやってみることにしよう。」
後日提出した相川の申請は遅まきながら学園生活を楽しむということを始めたのかと権正にも好印象に捉えられ、すんなりと通ることになる。
「……通ったのはいいが、無駄に広いな。」
「そだね。何するの?」
(……何でこいつついて来てるんだ? 面白そうだからだろうか……?)
会場の設備も決まった頃になって相川は自分に割り当てられた場所に向かい、思いの他広い所になったことを知る。
「瑠璃は劇の準備は良いのか?」
「うん。ボク暗記は得意な方だからもう全部覚えたよ。」
「……流石と言うかなんというか……まぁいいや。お疲れ。」
言葉より撫でろと無言の圧力で頭を差し出す瑠璃の柔らかな髪を撫でつつ相川は首を傾げて何をするか考える。
「鉄板でお化け屋敷でもするか? 本物を連れてくればコストもかからないし。」
「……そういう怖いのは止めよ? ボク泣いちゃうよ?」
「来なければいい。」
瑠璃の意見を切り捨てた相川は材料費と収益について考える。
「メインターゲットは子どもだからなぁ……だがこの学校の子どもたちは金持ってるし強気の値段設定でもいいか……?」
「ねぇ、喫茶店とかにしようよ。それならボクもお手伝いできるからさ。」
「お前パレードあるじゃん。」
「パレードの時はお客さん少ないと思うよ。」
多分こいつは相川が作ったお菓子が売れ残った場合のことを考えてそれを食べたいだけだろと穿った見方をしながら相川は考える。
「……材料費にホットプレートとか瞬間湯沸かし器なんかの調理器具。それと会場設備代に人件費。お化け屋敷の場合だと会場設備代しかかからないんだよなぁ……」
「でもお客さんの入りを考えたらさ。どうかな?」
「客の入りか……瑠璃がやりたい喫茶店の場合、瑠璃が宣伝したら多分それだけで客は来る。お化け屋敷の場合はお化けどもに生気を少しだけ吸収するのを許可して蠢かせつつ看板を掛けてたら特殊メイクと勝手に勘違いした奴らがのこのこ来ると思う。」
「そんなの怖いよ……」
日が高いのにお化けが横行する文化祭。以前に幽霊が見えてしまったことで大変な思いをしたことがある瑠璃は嫌がった。
「受付にも本物を使うから通りがかった奴らは興味本位で来るんじゃないか? つーか幽霊どもって引き寄せくらい使えるし、それ使って最初の方の客を捕まえてから口コミで広げていくのもありだな。」
「だ、誰かが怪我とかしたら……」
「霊符くらいは持たせるさ。そっちの方が霊感なくても見やすくなるし。」
「うぅ……じゃあボクは会場作るお手伝いしかしないからね……?」
誰も手伝ってほしいとか言っていないのに何だこいつと思う相川だが、手伝ってもらうのに文句を言う筋合いはないので代わりに別のことを告げる。
「おぉ、悪いな。じゃあ当日、割と急いで用事片付けてお祭りに戻って来れるようにするから戻って来れたら俺のおごりで文化祭回るか?」
「! いいの? やったぁ!」
「まぁ露店が売り切れになってないこと、後は俺が早くこっちに戻って来れるのを祈っててくれ。最悪、戻って来れなかったら別の場所の祭りを回ることで良い?」
「んー……出来れば小学校の思い出だからなぁ……でも、いいよ! ちゃんと一緒に連れて行ってくれるならどこでもいい! 一緒に行こうね!」
瑠璃はテンションを上げて相川の手伝いをすることに決めた。元々一緒に居たいので手伝うつもりでいたが、より頑張る気になったのだ。
「……あ、他の奴らは呼ぶなよ? ウチの社員以外の他の奴らにまで奢るとなったら「呼ばないよ!」……ならいいが。」
思い出したように条件を足す相川だが瑠璃からすれば言われなくとも呼ぶ気はなかった。早速寸法を測り始めている相川。瑠璃は何をすればいいか尋ねてしばらく用はないと答えられて手近にあった椅子に腰かける。
「……ねぇ、そう言えば幽霊ってボク除霊したんじゃ……」
「まぁこの学校の特性上年に何人かは死ぬしな。しかも氣を練ったある程度強い心身を持った根性ある奴らが有象無象の扱いで死んでいく。そりゃ霊体になるさ。」
氣と霊の結びつきは強い。
昔の武将や武の達人が乗り移るという話は東洋の世界ではよくある話だ。理由として考えられるのはテクニック等を重視する西洋武術に比べて東洋武術は氣を練るものが数多く存在していること。武術を修めるにあたって気組みを重要視するものが多いことが挙げられる。
霊氣も氣の一種であり、魂魄の強さは肉体にも左右される。鍛えられた体には常人よりも質の良い氣が備わり、魂魄も鍛えられるのだ。つまり、この学園の人々が霊になるための素体である条件はばっちりということになる。
(まぁ最後の条件に俺みたいな埒外と瑠璃の妹みたいな呪いの子がいることも挙げられるがな……後ついでに奏楽とか瑠璃みたいに生前に如何こうしておけばよかったと思わせるような未練を残すレベルの美形もいるし。)
ついでに最近までは権正のものと思われる術が学園に掛かっていたこと。更には森や山、試験の為の洞窟などの立地条件など様々に重なる要因がある。
「うぅ、お化け怖い……」
「まぁ流石に害のある奴は俺が排除してるからそこまで気にしなくてもいいんだが。」
「いつもありがと……」
「気にするな。」
瑠璃は気付けば守られているという状態にあって気恥ずかしい気分になる。相川の方は釣りの感覚で気にしていないが、生餌……もとい瑠璃が守られていることに違いはない。
「ボク、頑張るね!」
「何か知らんがまぁ頑張ってくれるのに文句付ける気はない。」
瑠璃は日頃の恩に報いること、ついでに自分は役に立つぞアピールをするために頑張るのだった。