大会三日目
大会三日目となる日の男子第1試合。勝ち上がった相川と麻生田の試合があるその朝一番に麻生田は気を静めるために瞑想を行って強い光の差す試合会場へと足を運んだ。
(勝てる相手とは思わねぇ……だが、やれない相手ではないはずっ! 自分の力を最大限に発揮して考えるのはその後だっ!)
会場には彼の師である遊神一門の師範代たちが見に来ている。無様な姿は見せられない。父親の顔を一瞥して麻生田は成長した自分の姿を見せると意気込み大戦相手である相川を待つ。
(……来ないな。)
昔の剣豪でも意識してるのか。こちらが焦るのを待つ気か。など考えを巡らせて気を落ち着かせる麻生田。しかし、時間になっても相手は訪れなかった。
「え、えー……規則により、麻生田 武志選手を勝利と、します……」
納得いかないように審判からそう告げられるまで麻生田は何が起きているのか分からず、そして告げられてもしばらくは何が起きたのか理解できずに固まり呆けてしまう。
「ぁ相川ぁぁぁああぁぁぁぁっ! あの腐れガキャァアァァァッ!」
「ご、権正先生。教職者としてその言葉遣いはアウトです!」
会場には権正の叫び声が虚しく響き、彼は周囲の教員に止められるのだった。
「……ん。二度寝してたら時間過ぎてたな……まぁしゃーない……もう用は済んだし……」
試合会場で権正が怒り狂って遊神に止められたりしていた頃、相川は欠伸交じりにようやくベッドから起き上がって黒猫くんに餌を与えて朝食を摂っていた。ひっきりなしに電話がかかってくる携帯は着信を切って電源をオフにした。
「昨日は戦ったし今日の午前はオフで。」
権正の余計なお世話をぶっちぎることで嫌がらせを完遂し、朝食を終えた相川は黒猫君と戯れながらソファに横になる。時計を見ると9時過ぎだった。
「んー……11時くらいにはここ出て新工場の予定地にある役所とごちゃごちゃ話し合って優遇措置貰わないとなぁ……毎回毎回ご新規さんは俺の顔を見ると驚いて若いのにとか抜かしやがるけどこの国じゃ能力あっても若かったらダメなんか? と言いたくなるようなことばっかりだ……」
まぁ周囲に何と思われようが知ったことではないと思いつつ相川はどうでもいい朝の報道番組という名のゴシップ番組を見る。基本的にはどうでもいい情報ばかりだ。しかし、どれだけ中身が大事なニュースがあっても報道されている方のどうでもいいニュースを知らない方が変わってる扱いを受けるので世間話から入るためにもどちらも知っておく。
「はぁ……」
「ただいまー! 仁くん大丈夫!?」
「お……?」
誰が誰と結婚しようが別にどうでもいいだろうがと思いつつニュースを見ていると瑠璃が帰って来た。彼女はこの後もある遊神家の一門の試合を見て来るんじゃなかったのだろうかと考えていると手洗いうがいを済ませた瑠璃はソファで黒猫君と戯れながらテレビを見ている相川を見て変な顔をする。
「元気そうだね?」
「何か悪いのか?」
「いや、元気なのはいいことだよ……? でも、試合……」
「あぁ、寝てた。」
寝てたって。一回起こしたのに。瑠璃は納得いかなかったが、相川なら試合に出場しただけでも珍しいことだし仕方ないかもしれないと感情を抑える。寧ろ、昨日の試合で自分のことを勇気づけるために出てくれたのかもしれないと好意的な解釈まで与えた瑠璃は代わりに別のことを口から出す。
「……じゃあボクの試合見に来てよ。」
「午後からは隣の市に行って市長とごちゃごちゃ喋って議会でどうでもいいことさせられる予定がある。あんまり公的機関とはもう関わりを持ちたくないんだがまぁ手続きは仕方ないしどうせある補助制度なら使っておいた方がいいしなぁ……」
「むー! じゃあ頑張れーって撫でて。」
「……別にいいけど。」
よく意味が分からないが撫でるくらいなら別にどうでもいいので瑠璃の頭を撫でておく。それが済むと瑠璃はご機嫌で相川が横になっているソファの相川の頭付近に腰を下ろした。
「何見てんだこら。あぁん?」
「ボクと同じくらいの大きさの頭なのに何で頭の良さがこんなに違うんだろうなーって……」
「何? バカにしてんの?」
「違うよ! 何でそういうこと言うの?」
「……え? 何でこの流れで膝枕……?」
口論に発展しそうな流れから瑠璃が相川の頭の下に太腿を入れて相川の毒気を抜く。流石の相川も意味が分からなくて黙った。その顔を瑠璃が上からじっと無言で見つめる。
「……何なの? 暇なの?」
「んーん? 今、忙しいよ?」
「じゃあ用事済ませろよ……こんなことしてないで。」
「ボクの用事はこれだよ? 最近スキンシップが足りてないと思うの。」
「お前、自由だなぁ……」
何と言うかそう言うしか表現のしようがない気がした相川はまぁ別に害意もなさそうだしいいかと割り切ってテレビを見る。黒猫君は何かお邪魔かな? と感じたのか相川の手を逃れて去っていった。
「……あのさ。」
「あん?」
「……やっぱり何でもない。」
何だこいつさっきから自由人かよと相川は思った。それに対して瑠璃は言いかけてやめた言葉を頭の中で相川に問いかける。
(ねぇ……仁くんがボクと一緒に居てくれるのは友達だから? それとも、ボクはもっと踏み込んでもいいの……?)
瑠璃もある程度成長してきた。常々成長はしていたが精神的な成長を一気に遂げた切っ掛けは桐壷の別荘に行った後、崩壊する世界に飛ばされたことだ。
まだまだ普通の子たちに比べたら足りない知識も多いが、それでも今自分が相川にやっていることは普通の単なる友達の間ではしないことだという認識はある。だからと言って、それがどういうことなのか確かめるのは怖い。ぬるま湯のようなこの距離も悪くはないのだ。
(でも、ボクはもっと……)
悪くはない。しかし、よくもない。今の関係が壊れてどこかに行ってしまわれるのは最悪。だが、このまま恋人未満の友達程度で終わってしまうのも瑠璃には避けたい未来だ。いつかはこの距離は崩れる。それを意識すると瑠璃は頭の中が言いようもなくぐるぐるする。
(まだ、このままで……)
昔、瑠璃の母親である妙に言われた言葉ではないが相手が確実に自分のことを好きになって向こうから告白されるのがベスト。次点で失敗はないと判断した状態での自分からの告白。どちらにせよ、相川を自分の方に振り向かせなければならない。瑠璃は密かな野望を胸に抱きながら一先ず冗談で済ませられる範囲でどこまで進めるか手探りで進むのだった。
「何笑ってんだお前。食中毒のニュースがそんなにおもしろかったか?」
「違うよ。」
「じゃあ野党のレベル?」
「そういうんじゃないって。もう……」
いや、寧ろ相川はどうして自分の想いにそんなに気付けないのか。本当に思考回路が読めないと思いつつ、もしかしたらわかっている上で気付いてないふりをされているのではないかと少し怖いことを考えたが、行動で断られていないからチャンスはあると自分を勇気づけた。
そんな瑠璃はクロエのいない間に自分のことをアピールしないと! という気概に燃える。相川は一喜一憂しては体を揺らす瑠璃に何か元気だなこいつと思いながら交渉の最低限の条件や持って行き方。また相手の家族構成などを思い出してこれからの交渉に備えるのだった。