大会開始
「よし、行くか。」
相川の新事業も落ち着いた頃。6年生のトップを決める武術大会が開かれる日がやって来た。男女に分かれて行われるそれは通常であれば校内所属の部がひっそりと。そして校外の武術家たち、例えば別の特別学校の猛者や全国の武術家の子女が集められて行われる派手な大会が開かれる。
ただし、今年の6年生には埒外が多分に紛れ込んでおり、相川が所属する学校の同級生は既に激減してしまっているので校内の部は開かれないことになってしまっていた。
そんな大会において相川は昨日の予選を気配を殺して同士討ちさせて残った者を瞬時に倒してトーナメント進出。今日は1日に2回、午前と午後に、明日からは1日に一度の試合が行われることになっている。
(……まぁ大体ウチの学校の奴らばっかりだから勝手に侮ってくれるし、特に対策は要らないか……俺の正体を知った奴らに丁寧な対応しておいたお蔭で今が楽だわ。)
今日は相川が抜けた後の「めいしゅ」から転職希望の人の面接が2人あるのだ。能力は既に知っているので勘違いしていない限り採用するのはほぼ間違いないのだが、すぐに立て直すと思っていためいしゅが中々浮き上がらないのを見て不思議だった相川は面接のついでにどうなっているのか訊いてみることにしていた。
(こっちも午前と午後に分かれてるから長引かせられないよなぁ……まぁ相手は知ってるから楽に行けると思うけど。)
そんなことを考えつつ会場に辿り着く相川。同居人の瑠璃は女子の部に相川が準備するより前に出ているので相川と行動を共にはしておらず、相川は一人で会場に並んで説明を受ける。
(まぁ要するに相手が戦闘を続行できない状態になったらアウト。降参は言葉にした時点で試合終了で、場外に足をついたら中央線からやり直し。服装は指定で武器の持ち込みは不可と。開始時刻から15分以降の登場は不戦敗と見做すか。)
面接も場合によっては切り上げて来ないと不戦敗にされるかもなと思いつつ相川は賞品の説明に移った審査員の言葉を聞く。
(……ま、優勝とかはどうでもいいな。ベスト8に進出できれば図書館の禁じ手とか言われる体の鍛え方の本を読めるらしいし、そこに在る魔術書と思わしき何かも確かめられるんだから……)
自らの目的を再確認したところで抽選が行われる。1回戦はBクラスの武藤とか言う相手で順当に進めば2回戦は校外の者が混ざっていてで良く分からないものの体付きと氣の質を見るにAクラスの木下という少年が勝ち進んできそうだ。
そこから先はまだ誰が勝ち進むか分からないが相川が優勝候補と勝手に思っている奏楽は別ブロックで当たるとしても決勝戦なので実質的には当たらないことが確定した。
「それでは午前の部が始まりますので選手の皆さんは控室にて準備をお願いします。まだしばらくかかる方はお祭りの方に参加していてもらっても結構ですよ。」
最後にそう説明があって説明会場から立ち去る面々。相川は2戦目だったので準備室の中に連れて行かれた。そこに連れて行かれてもやることは家で済ませてあるので相川はこの後の面接について考えつつ次の試合で当たる相手のことを見てすぐに飽きた。
(これならまず手の内晒すこともなく勝てるな……)
相川の予想通り木下という少年が押しており、しばらくの攻撃の後に焦る対戦相手の隙を上手く狙って更に焦らせ、そこで上手に仕留めた。次は相川の番だ。
(……さて、まぁ速攻で終わらせるか……)
相手の嘲るような視線と所詮は貰ったなと言う笑みを受けつつ相川は無言で試合開始を待つ。互いに見合ったところで試合開始の声が短く発せられるとそれと同時に動き、声にかき消されるかのような音量で技名を告げる。
「【雷動・瞬影】」
武藤が何かをする暇もなかった。相川の放った突きが水月にもろに入ってすれ違いざまに足まで掛けられて地面に頭から突っ伏すように倒れ込んだ武藤に相川は残身を込めて振り返るが彼は既に戦闘不能だ。
初戦、相川は1秒に満たない時間で勝利を収めて面接の現場へとすぐに向かうことに成功した。
「……おや、もう来てるんですか。」
「はい。社長も早かったですね。予定より早いですが始めますか?」
大会の会場から車で15分ほどした場所。相川が当初の予定として新しく会社を立てるにあたってすぐに行動に移す前に事務所を作って機を待とうと借りていた場所で相川は元社員との面接を開始した。
「えーと、それでは定刻よりも早いですが開始します。……あなたの人となりはこちらもある程度把握していますが、何故前の会社を辞めるに至ったのでしょうか。込み入った事情がある場合は結構ですが、お聞かせ願えませんか?」
「はい。」
スーツ姿の硬い髪質の男は説明を開始した。株価が急速に下落したことで提携先に不信感を持たれた状態で担当者たちが消えてしまい信頼関係は最悪になって売り上げも下がる。その状態から会社を立て直そうとして資金繰りのために社員たちの給料を減らした。
「……ここまででしたらまだ納得せざるを得ないんですが……」
しかし、中途で入って来た代わりの上司たちの給与は明らかに減っていない。いや、それどころか仕事に対する対価としては前より悪化していた。これでは士気が上がらないと判断して改善を求めたが会社というものは社会に貢献するのが目的であり、金儲けのためだけに運営するのは間違っている。それなのに金のことだけを考えて行動する社員なんて必要かと苛立ち交じりに返されてしまったらしい。
「辞めて行った方々の穴を埋めるための新規採用に至っては給与水準が同業他社に比べて遥かに下。その上、福利厚生は変えられてしまい誰が得するのか分からない仕様になってしまい……私は仕事に対する熱が引きました。」
「ふむ。まぁあなたは頑張るタイプでしたからねぇ……正しく評価されたいと思ったわけですか。」
「はい。あの社内の環境で業績を伸ばしていたのは私の他には数名程しかいなかったのに、私たちは逆に給与を減らされ賞与に至っては寸志でした。」
「ふぅん……」
相川は乗っ取りを考えてた割に乗っ取った後のことは考えてなかったのか。じゃあ何でやってみたんだあの禿と思いつつ話を聞いていた。大方、自分よりも偉そうにするガキが気に入らないとかそんなノリでやってみたのかなぁと思いつつその後はお決まりの特技などを聞いて後日連絡すると言う形を取って解散し、秘書の犬養と食事を摂りに出かける。
「よーっす、やっさん。新しい場所にはもう慣れた?」
「お、相川じゃないッスか。いらっしゃーせ、どーぞ! まー慣れてきたところって感じッスかねぇ。2名でいいんすか?」
「うん。」
幼少期から馴染みの人の場所で天ざる蕎麦を頼んで相川は犬養と向かい合って座る。
「そういやこの前、クロエちゃん来ましたよ。」
「あ、そう。」
「もうちょっと構って欲しいみたいでしたねぇ……その辺どうなんすか?」
「面倒だから嫌だ。切ろうとすると何か思い出して中々切らせねぇんだよなあいつ……」
それが乙女心とか言うもんですよとか言いつつ店主は揚げ物の準備を終えて移動する。そして犬養が口を開いた。
「それで社長。大会の方は大丈夫なんですか?」
「あぁ、まぁ……後3時間くらいはあるし……」
「そうですか……」
相川はかったるそうについでに五目おにぎりを厨房に向かって頼んで出して貰い、料理を待つ。その間に犬養は散発的に話題を振るがすぐに会話は終わり、蕎麦が来てから相川が喋り始めるまでは無言になった。
そしてそばを食べ終わると相川は犬養の車に乗り再び大会の会場へと送り届けられる。




