人生ハードモード
「……んにゅ?」
「誰だこんな朝から……ぶっ殺すぞ……」
妙が昇天した翌日。頑張った瑠璃と一緒に寝ることになった相川は流石に今日は仕方ないと知っている範囲内の知識で瑠璃のメンタルクリニックに勤しみながら同じ布団で寝た……のだが、その翌朝早くに誰かが来たようだ。
「……ふぁ……まだ4時だから、眠いね~?」
「……お前いっつもそんくらいに朝稽古してたけどな……」
「……そんなに早くないよぉ……」
朝早くで外も暗く、密着に近い状態なので自然と声のトーンが落ちる二人はそんな会話を交わしつつインターフォンも鳴らさずに侵入してきた何者かを迎撃する準備を取る。
「仁くん、物騒……」
着替えた瑠璃に対して武装した相川。それを見て瑠璃が微妙な顔をしていると相川の方も反論する。
「こんな時間帯に不法侵入してくる奴の方が物騒だろ……」
「でも、鉄砲だと死んじゃうよ?」
「へーきへーき。今の俺でも撃てるように弱めた雑魚ガンだし、まぁ骨に当たって銃弾が拉げるのが関の山だね。」
鉛毒が発生しないとは言っていない。しかし、瑠璃はあまりお気に召さなかったらしい。先に自分が応対すると言って相川を宥めて出て行った。
(……さて、盗聴器の性能でも確認するかね……)
瑠璃が出て行った後、相川はギミックの一つである盗聴器を使用して瑠璃の動向を確認する。元々は魔素によって起動していた代物だが、改造した結果普通にこの世界の電力で動き、内容もクリアに聞こえているので大丈夫そうだ。
相川は満足して盗聴器を通して外の様子を窺う。
『瑠璃ちゃん、病院に居るお父さんから連絡があったよ! 急いで車に乗って行こう!』
『え!? な、何かあったのかな……!? あぅっ!』
『ふふふふふ……瑠璃ちゃんはホント、良い子だなぁ……急いで僕の車に乗って行こうか……行き先は二人の愛の巣になる僕の家だけどね……』
しかし、クリアに聞こえていても内容自体はアウトだった。ハイパー幼児こと瑠璃さんなら大人の一人や二人くらい簡単に伸してしまいそうなものだが、何かが炸裂する音とくぐもった悲鳴が上がった以降、彼女の声は聞こえない。
「……流石に助けた方が良いかね。行きますか。」
瑠璃の両親がいない千載一遇のチャンスだったと呟いている男。確かにそうだっただろう。ここに、相川がいなかったとすれば。
「ククククク……いい薬の実験台が来たぜ……廃人になっても、いいよね? どうせ犯罪者だし。」
哀れな獲物を発見した獣のような獰猛で不気味な笑いを浮かべながら相川は扉をそっと開けてから天井へギミックを使用してさくさくと移動し始めた。
踵部分を踏みながら押し付けると脅威の吸着力。つま先部分に力を入れるとすぐにその吸着力が離れるそれを用いて相川が天井を移動していると、廊下で不審者を発見。
彼は遊神には負けるものの、大柄で非常に鍛えられた印象を持つ黒光りの肌をした男だった。そして現在、気を失っているらしい瑠璃の服を乱雑に脱がせてドレスを適当に体に通し、その上から亀甲縛りをしている。
その様子を見て相川はドン引きしたが隙だらけということはいいことなので天井の梁の向こうで悠々と準備を整える。
(……生き生きしてるから取り敢えず。)
縛り上げられた瑠璃。そんな両者を見ながら相川はにっこり笑いながら用意していた銃弾を入れ替えて構える。
(さて、麻酔薬の方はどうかな?)
背後から迫り、天井に足場を作った状態から梁越しに横になり、消音器の付いた銃で狙い違わずその男の右肩を撃ち抜く。
「っぐ!? だ、誰だ!?」
くぐもった音が聞こえ、小さな金属が落下した音がして男がその方を振り返るがそこには誰もいない。相川は廊下の天井にある梁、透見の飾りの裏に張り付いているので見つからなかった。
「……? だ、だれもいにゃいなどほいう……な、だ……きゅうに、ねむ……」
「おぉ、ちゃんと効いたわ。よかったよかった。後はこれが永眠にならない適量だと良いな。」
普通の麻酔薬からは考えられない程の早さで昏倒する男。相川はついでに瑠璃を足でつついた。仕方ないので蹴っ飛ばして起こす。
「うぅ……? あっ! こ、この人が……」
「あぁ、もう大丈夫。中々ハードな人生だねぇ……可愛過ぎるって大変なんだな。まぁ俺には関係ないしどうでもいいけど。」
「あ、ありがとう……お父様には内緒にして? お願い……怒られちゃう……」
「まぁそう言うならそうするけど……」
心配されるのではなく、怒られるということを気にしている瑠璃を見て相川は不憫な子という目を向ける。それが割ときわどい格好のドレスと亀甲縛りの組み合わせとなれば尚更だろう。
「瑠璃は気を付けた方が良いぞー? ホント、防犯意識がなってない。」
「うぅ……ここ解けない……」
「お前、俺の話聞いてねぇな?」
「仁くん助けてーあぅ。」
「既に助けた。」
よろよろ相川の方にやってきてこけた瑠璃のことは縄に切り込みを入れて適当に放置することにし、相川は男の持っていたロープで四肢を縛って背中側で全て括りつけた。
「……あぅ、何か、変だよぉ……」
「何が? 頭?」
「んーん……何か、身体が熱いの……仁くん……ぅぅ……」
「何された? ……いや、何か飲んだ?」
児ポ男なら薬の一つや二つくらい盛っていそうだと相川は瑠璃に尋ねて匂いを嗅ぐ。そこで少々よろしくない薬品の匂いが瑠璃の方からしたが、彼女は首を振った。
「ロープがね、身体、熱くするの……」
「どれ?」
相川は縄を持って匂いを嗅いでみた。どうやら匂いの発生源とみて間違いなさそうだ。そこで首を傾げると余っていた分を少しだけ舐めて眉を顰める。
「……割と強いな。幼い瑠璃さんに処方できる範囲で鎮静できそうなのは桂枝茯苓丸とか加味逍遥散、柴朴湯くらいしか手持ちがないが……まぁ一応はそれで。」
「苦、臭ぁ……」
「詳しくは後で診るよ。何か氣とかいう変なのあるし、適量じゃなくてもイケるだろうからそんな真面目に証を立てる程じゃないと思うが……まぁ一応。」
薬を適当に流し込んだ後、相川は瑠璃のロープを解いて台所へと駆けこむのを見送り、近くで倒れたままの男にそう言えばと思い出す。
「この世界ってどっちかって言ったら東洋医学の方が合いそうなんだよねぇ氣の概念が強いし……だから、実験させてね?」
台所で苦いのを中和していた瑠璃が気持ちが落ち着くまで座禅をして、普通に戻って相川にお礼を言う頃まで侵入者の受難は続いた。
尚、解放される頃には瑠璃のことどころか女性……もっと言うのであれば人類に対して性的な興味を全く持たない人種へと成長しており、木材に対して過剰なまでに反応するド変態になった。
迷惑をかけない分だけマシと相川が言っているのを聞いて瑠璃は微妙な笑みを浮かべるしかなく。それはそれとして相川にお礼を言って抱き着く。
「ありがとー! 仁くん大好き!」
「……まぁそれはいいとして、瑠璃に簡単防犯教室を始めます。」
「ぼーはんきょーしつ。」
軽く流されたことは微妙に不満だが、真面目な顔で話をされたので瑠璃は相川から離れその場で正座をして話を聞く態勢に入った。
「犯罪に巻き込まれないための教室ですね。特に瑠璃は可愛いので性犯罪に遭いやすいと思われる。」
相川の説明に瑠璃は喜んで立ち上がる。
「瑠璃、可愛い? 可愛い?」
「可愛いから落ち着け。」
「わーい!」
瑠璃を殴って落ち着かせると相川はまずあまり体に近い部分の肌を露出しないことが大事だと言い聞かせる。瑠璃はその辺はママと同じだなと判断し、ならば一番好きな人には見せていいと勝手に解釈した。
「で、次。下着も見せないように。」
「うん。知ってるよ! 瑠璃色んな人にパンツ見せて欲しいって言われるからダメーってママに言われたの。」
「……それ、大分世も末なんだけどな。え、お前大変だねぇ……」
凄まじいなこの世界と思いつつ相川は溜息をついた。しかし、瑠璃の方は何かを考えて着せられたドレスのスカートの裾を握って相川に尋ねる。
「でも好きな人には時々見せて意識させた方が良いんだよ? 見る?」
「いや、別に見ないけど……取り敢えず他にはそうだな、やたら匂い嗅いで来たりする奴とか触って来る奴は殴っていいと思うよ。俺が許可する。」
「……うん。やっぱり見ないで。今日はあんまり可愛くないの。」
「お前俺の話聞いてねぇだろ。」
堂々と相川の前でスカートをたくし上げられ、パンツを確認した瑠璃に相川は脱力してもう面倒になって来たので寝室に戻って二度寝を決め込んだ。