お遊び
お化け騒動からしばらくして。
相川が意地悪だったと拗ねて自分からは口を利かないと決めた所、1週間会話がなかったので霊を見た時よりも不安そうな顔で相川を見るようになった瑠璃に仕事が終わって少し暇になった相川は話しかけてみることにした。
「瑠璃、何の用もなさそうなのにウチに来てるけど暇ならゲームしようぜ。」
「うん! 何するの!?」
たちどころに笑顔になって散歩に連れて行ってもらえるとなった子犬のように相川の方にやってきた瑠璃に相川は何となく思い付いたゲームを告げてみる。
「じゃあ、今から決めた言葉しか瑠璃は喋れない。」
「それでそれで?」
「他の言葉を喋ったら瑠璃が負けで、ずっと決めた言葉以外喋らなかったら瑠璃の勝ち。瑠璃が勝ったら何でも言うことを聞いてやろう。」
聞くだけだがな。相川が心中でそう考えたその時、瑠璃が尋ねた。
「勿論、聞くだけじゃないよね? 叶えてくれるんだよね?」
「……第三者に迷惑がかからない内容で、よっぽど嫌な内容じゃなかったらな。」
騙されなかったかと微妙に表情を曇らせた相川を見て瑠璃は言わなかったらやっぱり聞くだけだったのかと思いつつ相川から言質を取って飛び上がって喜んだ。
「やる!」
「そうか……じゃあ、今から『るり』以外喋ったら駄目だぞ。いいな?」
「るりっ!」
騙されなかったか。じゃあもういいや。相川はそう思った。そして相川は黙る。しばらくの沈黙の後、瑠璃は気付いた。
(あれ……いつまで……?)
瑠璃の表情の変化に相川は気付いて内心で笑いつつ一切表情に出さずに紅茶を飲んだ。因みに、いつも来客の際に紅茶を淹れているクロエは1年次にほぼ何も出来ていない状態から6年生になったということで卒業に必要な単位を猛烈な勢いでかき集めており、現在は集中講義に出てしばらく帰って来ない。
(さて……期限を決めてない時点で俺の勝ちは確定してるが……どう出るかな?)
相川がそう思っていると瑠璃は部屋の中から何かを探し始めた。しかし、すぐには見当たらなかったようで自分のランドセルを開けると筆箱とノートを持って来て相川の前に出す。
「ん? 勉強教えて欲しいのか?」
「るり。」
筆談する気か。と相川はすぐに気付いたがワザと違うことを言い、瑠璃は首を横に振って鉛筆を持ち、ノートを開く。すると相川は瑠璃の頭を撫でた。
「勉強するのか。偉いな瑠璃は。」
「るっ……るり……」
違う。そうじゃない。瑠璃はノートにそう書いたが相川が褒めたのだから勉強はしないといけないという気になって国語のノートに教科書の本文にある意味の分からない単語を書いていく。それをリストアップして辞書で調べる段階になって然も今気付きましたよと言わんばかりに余白部分にいつまでこのゲームを続けるのか尋ねる文を書いた。
「勉強のことゲームって言うのか。凄いな瑠璃は。」
「るりるり(違うよ)!」
すぐに文を書き足す瑠璃だが、相川が少しだけ表情を変えたのを見てそちらを尋ねることを優先する。その問いに相川は答えた。
「いや、真面目に勉強してるのか遊んでるのかって思ってね……」
「る、るり!」
どう考えても真面目にはやってないよなぁと思いつつ相川は恍けた様子でそう言って瑠璃に無駄に勉強させる。瑠璃は勉強をしばらくやってから休憩を取るという名目で手を止めた時に訊けばいい。それまで特に喋る用事はないはずだと自分を納得させて辞書を引いて語彙を吸収していく。
すると、相川の電話が鳴った。
「はいもしもし。え? 本当に? うわー……すぐ行きます。」
瑠璃を見ながら棒読みで相川は通話し、瑠璃は胡散臭そうなものを見る目でノートから顔を上げて相川を見る。相川は通話を終えるとすぐに出かける準備をする。
「るぅっ!?」
「悪いが急用が入ったからじゃあね!」
「るりっ(待って)!?」
終わりを告げられずに相川に出て行かれて瑠璃はとても困った。少なくともハグさせようと思っていたのを変えて一晩お泊りにしてやろうと思う程度には困り、クロエが帰って来るまで瑠璃は相川の家で無駄に勉強をすることになる。
そして、相川は翌日の昼になっても帰ってこなかった。
「……あの、瑠璃……何しに来てるんですか?」
「るり。」
ゲームの終わりを宣言されるまで絶対に自分から負けてやるもんかと相川の家に居座ってクロエに訝しがられる瑠璃。予め話さなければならなさそうなことは書いてある。
「……妙なゲームを了承したんですね……」
「るり。」
「でも多分見てなかったから無効とか言われそうですけど……」
その点は抜かりないと瑠璃は天井を指す。そこには相川が仕掛けている防犯カメラがあり、クロエは納得した。
「あぁ……成程。確かにあれは師匠が手掛けたもので音声も録れるから証拠になりますね……」
「るり。……! るりっ!」
外に隠された気配を感じて瑠璃は立ち上がる。その直後に相川が自宅に帰って来た。
「おう。何だ瑠璃もいたのか。」
「るり。」
「……? まぁいいけど……それで、何か用?」
「るり!」
「あぁ、ゲームね……まだやってたんだ。」
「るり。るり!」
「んー……別に終わってもいいか。じゃあ終わり。」
何で筆談してないのに会話が成立してたんだろうとクロエは首を傾げるが瑠璃は大きく息をついてしてやったりという表情になった。
「じゃあ、約束だよ! ボクと結婚して!」
「……まー…………いいけど……」
「「えっ!?」」
「ほ、本気なの……? 言質取ったからね……?」
まさか了承されるとは思っていなかった瑠璃とまさかの発言に二度見してクロエが相川を見て固まる。その反応に相川は続けた。
「そんな反応なら絶対に嫌だけどね。今のお願いは却下。」
「じょ、冗談ですよ、ね? 師匠と瑠璃が結婚なんてありえません……」
「まぁ確かに俺と本当に結婚するなら冗談じゃないと言われるだろうが……」
「冗談じゃないよ?」
「だろうな。で、本当は何して欲しいの?」
瑠璃が首を傾げ、それにつられて相川もどうかしたのか? という視線を返す。クロエが再起動して騒ぎ始めた。
「師匠!? 何で瑠璃と結婚を!? 私は!?」
「……いや、クロエは関係ないだろ……別に、したいならさせてやるが……」
相川が適当なことを言ったように聞こえたのでクロエは更に騒ぐ。
「師匠は何を言ってるんですか!? この国では重婚は認められてませんよ!」
「何でさっきから本気で結婚する気なの? 瑠璃が言ってるのはアレだぞ。大分前だが結婚式見に行った時の印象で結婚イコール結婚式みたいな感じになってて、俺がそれを取り仕切る会社持ってるからやってみたいということで、お金かかるから相手に俺を着けようとかそんな感じだぞ?」
「……何で仁くんって頭いいのに馬鹿なの?」
瑠璃がジト目で辛辣な言葉を投げかけた。相川はそれを聞いて瑠璃に告げる。
「俺は馬鹿みたいだから瑠璃との約束も忘れた。」
「え!? 頑張ったのに!? せめて添い寝くらいしてよ!」
「……お前それ好きだなぁ……もう11歳なんだからちゃんとしろよ……」
「ちゃんとって何?」
「哲学的だな……まぁ、今回は瑠璃が勝ったんだし別にいいけどさ……他言したら「しないよ!」……ならいいけど。」
そんな感じでこの日は相川と瑠璃が二人が一緒にベッドで寝てクロエは瑠璃の部屋に飛ばされて歯噛みすることになった。