逝っちゃってる
「ひ、仁くん……絶対だよ。どっか行ったらダメだからね? ここに居てね?」
「おう。あ、脳髄が飛び散ってる。あの霊も馬鹿だよなぁ……折角なんだから自分が一番格好良かったと思う時の姿をイメージして姿にすればいいのにわざわざ死の間際の姿になって……」
「変なの見せないでよぉっ!」
巫女姿の瑠璃さんは相川が作ったお立ち台とステージ用の板の後ろで涙目になりながら相川に縋りついていた。今から学園を巫女装束で練り歩いて霊たちと目を合わせて見せたい物がありますと言って集めた霊たちの前で野外ライブを行い、昇天させるのだ。
「こわいよぉ……潰れちゃってる人の顔とか、こっち見てるんだよ?」
「そうだね。罪もなく殺された動物の霊も見てるよ? ほぉら……」
相川は笑顔で恐らく人間に虐げられた動物の霊と同じく人間に虐げられたこの学園の生徒が雑じり合って人面犬のようになっている存在を指さし、瑠璃を怯えさせる。案の定瑠璃は涙目になった。
「やめてよぉ……ボク、泣いちゃうよ……? っ!?」
怨念が個々の概念ではなく集合体として存することにより目や鼻、口などが手足にへばりついて毛髪などが所々から生え出ている醜悪な肉塊が自我もなく急に叫び声をあげて瑠璃の身を竦ませる。
「お、お客さんが呼んでる。」
「や、ヤダよぉ……ボク何でもするから仁くん何とかしてよぉ……」
「じゃあ今すぐこの状況を打破するためにステージに立て。」
「鬼ぃ……」
「そうそう、鬼と言えば古来、この国においては未知なる存在として挙げられていた者だ。つまり幽霊たちも含んでいたんだ。お前の目の前にいるのが鬼なら慣れたもんだろ? 行って来いよ。」
相川の言葉を聞いて瑠璃はそっとステージの向こう側を見る。白いコートに身を包んだ顔のない大柄な人型の顔が瑠璃の方を見ており、存在していないはずの目があったと感じた瞬間、そこになかったはずの口が裂けて血よりも紅い内腔が見えた。
「ひゃっ!」
「そろそろ大物は集まったんじゃない? 始めたら?」
「何でボクがこんなことに……もっかい訊くけど、これしか方法ないの……?」
「初めて訊かれたけど? まぁ、瑠璃がすぐにアレを成仏させる方法はこれくらいしかないかな~」
何か含みのある言い方に瑠璃が相川を問い詰めようとしていたその時、何にも感じていないクロエが霊の中を突っ切ってこの場所にやって来た。レイの一部が干渉しようとして地獄絵図を見せているのを見て瑠璃が短く悲鳴を上げる。
「ひっ、仁くん、クロエちゃんが!」
「まぁ~アレは霊氣を大量に吸収してるからそうそうには害を与えられんだろ。気にしなくていいよ。それに、どっちにしろ瑠璃が全部成仏させればいい……何俺にガンつけてんだこの腐れ? 消え去れ。」
クロエの背後霊になって相川を睨んでくる血走った眼だけが異常に大きく、顔の凹凸が全て消え去った黒い人を相川は消し飛ばしてクロエを迎え入れる。
「師匠、瑠璃と逢引きですか!?」
「違う。除霊。」
「その言い訳は聞き飽きました! 学校デートしてたらしいですね!」
「瑠璃の表情見てから言ってくれるか? ……いやまぁ、俺とデートとか勘違い受けたらこん位絶望的な表情になるかもしれんな……説得力に欠ける。」
相川の言葉にクロエは瑠璃の方を見下ろす。瑠璃は非常に暗い表情でこちらの話など聞いておらず何かを呟いていた。クロエはそれに聞き耳を立てる。
「もう仁くんが全部消しちゃったらいいのに……もうおフトンに入りたい。でもそこに来られたら怖いから仁くんと一緒のベッドに入りたい……」
「……デートにしては暗い表情してますからそれはないとわかりました。ですが、ここで何をしているんですか? 楽器を持って……ラブソングでも奏でるんですか?」
クロエが相川の姿を見てそう尋ねると相川は別に何となく持っていただけと言ってそれを片して今から何があるのかクロエに端的に告げる。
「瑠璃がレクイエムを奏でる。聞きたかったら聞いて行け。」
「師匠はここで何するんですか?」
「……特に。」
「ボクのこと見ててくれるの。絶対どっか行ったらダメなんだから!」
必死の形相の瑠璃にクロエはそれでも可愛いんだから反則だよなと思いつつ必死さが伝わって来たので尋常ではないんだなと判断し、クロエも聞いていくことにする。
「ま、また来た……」
「ん? あれは幽霊じゃないな。悪意だ。」
灰色の足下まであるフード付きコートを着た大柄のナニカが来て瑠璃が怯えるも相川はその存在は霊ではないと指摘する。どうでもいいが少しは気が紛らわされるかと瑠璃はその話題を膨らませようとする。
「へ、へぇ……何が違うの……?」
「あれは既に死んだ霊がもう現世から消えたいと思ってるのに生者がクズそのものの話をしてこの世界に縛り付けてる状態の象徴みたいなモノ。」
人面犬に近付くそのフードのナニカは廃油の上澄み液が光りを反射させて鈍く光っているかのような表面をしたぐちゃぐちゃな物を袖から滴り落とす。人面犬はそれを見てなるべく上を見ないようにして近付き、それを貪り始めた。成り行きを見ていた瑠璃だが、隣で相川が手を叩くとそのフード付きのナニカは消え去る。
「よっと。これが悪意の源泉ね。因みにこの悪意はあそこで死後に犬になった子を負け犬呼ばわりして虐め殺した10年前の卒業生である男女が再会して思い出話に花を咲かせていたら話題として挙がったらしいよ。見た感じこいつらにとっては若気の至りというノリだね。」
「何か話は見えませんが、その……ムカつきますね……」
過去、相川が来るまで言葉が通じずに虐められていたクロエは顔を顰めて非難した。相川は話をしながら瑠璃のことをステージに上げて戻ってから話をする。
「まぁ、自殺して一矢報いたなんて思ってる方も思ってる方だけどな……」
「え?」
「……どうせ殺すなら生きてる間に殺ればよかったものを……この学校はそういうところなんだから。」
何を言っているのか分からないという顔をしているクロエに相川は何も言わずに悪意を喰らったことで怨霊へと変貌し、悪魔のような風貌になったそれを見送る。そして、前置きを終えて今まさに歌い始めようとしている瑠璃に目を向ける。
「みんなー? いっくよー☆」
「……師匠。さっきまでのお話から180度程趣が変わってませんか? レクイエムとか言ってませんでしたか?」
「まぁ、なんだかんだ言っても所詮ここって小学校だし。死後、悪霊化とかすることはあっても知能が成長するわけじゃないから単純なんだよねぇ……」
ステージの上で瑠璃は涙目になってなるべく相川しか見ないように歌って踊る。大人びてきた瑠璃の手足を振るい、袴が揺れて素足が少し出て肌色が見えると霊たちのテンションが上がって霊たち自身も天まで上がって逝った。
「……アホばっかりなのかねぇ?」
「師匠こそ、この歌なんですか? 聞いてると頭が悪くなりそうなんですが。」
「巫女 可愛い 歌 で検索したら出てきた歌。どんな意味なのかは俺にもよく分からん。強いて言うなら歌詞の途中に念仏が入ってるところは分かるくらい。」
飛んでいった悪霊君も達成感ある顔で戻って来て犬になり、興奮して回って昇天した。
「……まぁ別にいいんだけどねぇ……正体をなくした行き場のない霊氣を吸収できるし……」
「あ、本当ですね……妙にこの場所に氣が漂い始めてます……」
瑠璃が一生懸命に踊り、邪念を抱いた霊が瑠璃に飛び掛かったりするのを消しながら相川は瑠璃のライブを観賞し、それが終わったら瑠璃の体を弄って霊を見えない状態に変えた。
「最初からそういうのが出来るなら言ってよ!」
「文句あるなら改造しない。一生「ごめんなさい!」……じゃあ始める。」
少々問題があるんだけどまぁこの世界なら大丈夫かと思いつつ相川は術式を組んで労いの為に食事を振る舞ってからその日を終えた。