最期の日
「瑠璃、大事な話がある。」
「なぁ~にー?」
「妙さんが、天国に行くんだ。」
「…………ありがと、仁くん……でね。」
瑠璃はもう折り合いがついていた。というより、彼女は聡明だったので相川が瑠璃を支えるために嘘をついていたと心のどこかで思っていたのだ。
そして、気付いていたことを話そうとした瑠璃の目の前で相川は少し大きめのナニカを飲み込み……
「瑠璃、私が天国に行く前に……最期の稽古よ。」
目の前に妙が現れた。
「ふぇ……?」
「何度もあなたを傷つけることになってしまってごめんなさい……でも、これだけはあなたに伝えておかないといけない技が幾つかあるの。」
「……本物……?」
「因みに~瑠璃が負けたら妙さん守護霊になるかもね~」
驚きのあまりに動けない瑠璃に対し、おんぶ紐で離れないように妙に縛られている相川が非常に嫌そうに、やる気なさそうにそう告げる。
「いい? あなたの家族以外でどうしようもなく好きな人が出来た時に使うのよ……? まずは発情の経絡から始めるから……」
「あんた俺に真剣な顔して伝えないといけないとか言ってたのそれか? 鎮魂香飲むぞ?」
相川はやる気なさそうにしていたのから一転して背中で妙を睨む。それに対して現状に対して思考も理解も追いついていなかった瑠璃だったが、これは絶招であると判断し、構えて頷く。
「仁くんに使えばいいの?」
「何で俺に使うんだよ。」
「そうね。今は相川くんね。でも、もう少し大きくなってから使うのよ?」
「ザケろ。」
相川の言葉は耳に入らない。
「でも、これは余程相手が奥手の状態でなければ使ったら駄目よ。相川くんみたいに暴力以外で手も足も出さない人みたいな。」
「俺に使う前提で話をするな。」
「それ使ったら仁くんから瑠璃をギュッてしてくれる?」
「多分ね。」
「絞め殺してやる。」
割と普通に昇天させたい気分になって来た。しかし、それでも母娘の本当に最後の……厳密にはやろうと思えば彼岸などで何度か実体化できるが……最期の語らいなのだ。
「……俺、この世界基準じゃなくても割と凄いことやってるんだけどなぁ……ありがたみが薄れる。」
「じゃあ行くわよ瑠璃。」
「うん!」
どうやら経絡系の話はすぐに終わって、組手が開始されたようだ。相川の高速移動の中でGを感じつつ苦しむ時間が始まる。一応、ギミックなどで慣れているとはいえ、苦しい。
そんな感じでぐったりしていると瑠璃の方は涙ぐみながら妙の攻撃を捌きつつ、思わずといった様子で呟く。
「本当に……ママなんだね……」
「涙は目の前を見えなくします! 私語は禁止!」
「残り、20分~」
叱咤するような声を張り上げ妙は瑠璃が戦える範囲の制限をかけて足技だけで圧倒する。本来、小柄な相手と言うものは戦り辛いのだが、そのハンデを一切感じない動きだ。
反魂香の効力時間が終わり始め、妙の足が消えるまで足技のみの圧倒は続いた。消えてからは赤手だ。薄れゆく妙を見て瑠璃は泣きながら先程よりも激しく動き始める。
「ママ……ママぁ……」
「ごめんなさい……私のエゴで……」
「何で戦いながらそんな感動的な雰囲気だしてんの? 止まれば?」
相川は拳で語り合う母娘を何とも言えない目で見ながら相川的な正論を放つ。実際、瑠璃も限界に近いはずで二人が望むようなやり取りは止まっても出来るはずだ。しかし、妙が瑠璃の猛攻の合間にも相川の発言に応える。
「……今生の別れは、5日前に済ませました。これは、瑠璃の思い出に残る形見として、私が最期にやっておきたいことです。」
真剣な妙。相川は最期最期言ってるがやりようによってはなぁ……と思いながら振り回される。妙には彼岸などにも実体化できることは言っていない。面倒だし、反魂香は作るのが難しいのだ。
「親のエゴで瑠璃を悲しませてしまうことになっても、これだけは武門の親として娘に伝えさせてもらいます。」
「……ま、好きにやって。」
「ママ……行くよ……!」
相川が投げやりに発言したところで場が仕切り直されて瑠璃の本気の技が繰り出されるようだ。突撃して来た瑠璃に対して妙は王者の様にそれを待つ。
そして瑠璃が飛び込んだ。まずは妙の意識を状態に移らせつつ足技で既に浮いている妙が上空に跳ね上げられる。
一応、飛ぶこともできるだろうが、技として決まっているので素直に従ったのだろう。妙はそのまま瑠璃の連撃を喰らった。
(……本人は逸らしてるんだろうけど、俺のこと忘れてないかこいつ。)
化勁で逸らしているのだろうが、背後にいる相川には微妙に攻撃が通っている気がする。相川も流しているが、落下に加えて瑠璃の攻撃により急速に迫り来る地面。瑠璃の方は最後の技を決めに掛かったようだ。
「雷前踏破!」
「……凄いわ、瑠璃……」
「おわっ! あ、危ねぇ……」
落下のエネルギーと共に蹴りを放ち踏みつける技だったのだろう。相川は危ないので離脱しようとして妙がそれを冷静に見て躱そうとしていることを視認して離脱を止める。
ただ、ぎりぎりまで避けなかったので相川は結構焦った。道場の床を踏み抜いた瑠璃はその穴から飛び出て躱した妙と向かい合う。
妙は、既に全身が消えかかっていた。瑠璃に対して儚い笑顔を浮かべると最期に伝える。
「後は、あの人に……ママはいつでも見守っているからね……?」
「……ずっとは嫌かな……」
ぶち壊しだった。だが、瑠璃は真面目な顔で妙に告げる。
「だって、ママ……ずっとだよ? 瑠璃、恥ずかしいし……」
「え、でも……」
思わず妙が困って口ごもったところに何かを堪えるように顰めっ面になった瑠璃が追撃を加える。
「仁くんが守護霊になってママがこの世界に居ればいいのに……」
「お前は俺に死ねと。」
「でも、仁くんはお化けでも実体化できるでしょ? なら、ずっと一緒に居て、ご飯作って、髪結んで……」
「家政婦でも雇え。妙さん泣いてるぞ。」
何とも言えない空気になり、妙は酷く落ち込む内心を抑えて無理矢理言った。
「強く、たくましい子になりましたね……」
「色んな意味でな。」
「ママ、元気でね。」
「……うん。瑠璃も、元気でね?」
手を振られて妙は消えて行った。しばらくその空間をじっと見る瑠璃。そして相川に尋ねた。
「ママ……居なくなった……?」
相川はまだ居て落ち込んでいる妙のことを少しだけ見たが沈黙しておく。瑠璃は顰め面を崩壊させて泣きそうな顔をしていた。
「これで、ママは……ママはちゃんと、天国に行けるかな……? 瑠璃、ちゃんとできたかな? 安心して、天国行ってくれるかな……?」
「……んん~? ちょっと、鋭すぎたけど……まぁ……」
アレは演技だったのか……相川は少し驚きつつ何やら安堵してこちらに寄って来た妙を軽く睨んでおく。
「るり、もう、だいじょうぶって……おもって、てんごく……ふぇ……」
『抱き締めてあげて!』
―――台無しだから黙って逝け―――
思わず極々微量に回復してきた魔力を使用して念話を使ってしまった。母娘そろって何て残念なんだこいつら……と思いつつ頑張った瑠璃のことは抱き締める。
すると、瑠璃は号泣し始めた。
「うえぇぇぇええぇぇん……ママぁぁぁああぁぁぁ~」
「よしよし。瑠璃はよく頑張ったよ。」
最期に目の端に涙を溜めて、それを白魚のような指で拭うと妙は頷いて天国へと旅立った。