運動会
誘拐犯たちを破滅に追いやってから時は流れ6月下旬。私立御紋小学校は運動会の日だった。相川たちの通う御紋小学校ではクラスごとの縦割りが行われており、それぞれのクラスで三つ巴の戦になるのだ。
各クラスの様子としてはまず、地元でそれなりに頭がいい子でそれなりに裕福なCクラス。
「奏楽君見ててね~!」
「きゃーこっちこっちぃ!」
「ま、まぁ頑張ってね?」
「「きゃ~っ!」」
幼少期から英才教育を受けているレベルのBクラス。
「「「「「瑠璃さん! 瑠璃さん!」」」」」
天を衝かんばかりの大声から一転。沈黙。
「なぁに? ……なぁに?」
一応返事をしたが聞こえなかったのかと不安になって二回目の返事をする瑠璃さん。二度返事があったことを受けて大変よろしいと頷いてもう一度天を衝かん意気でもう一度。
「「「「「瑠璃さん! 瑠璃さん!」」」」」
「何? 何なの?」
状況が理解できずに混乱した瑠璃さんがしっかりそう言ったことを踏まえて最後にもう一度。
「「「「「瑠璃さん! 瑠璃さん!」」」」」
「もー! 何って言ってるでしょ!?」
「ぅうおぉぉおおぉぉっ! やるぞテメェらぁっ!」
「「「「「おぉぉおおぉおぉぉっ!」」」」」
「何なのホントにもう……っ!」
そして帝王学を学び、それが正しいかどうかはさておき、かなり優秀な成果を上げているAクラス。
「クロエちゃんに良い所見せるぞー!」
「「「「おぉーっ!」」」」
「あ、あは……まぁ、頑張ってくださいね……?」
「「「「「ぅおおぉおぉぉぉっ!」
「ふん。色欲に惑わされた者たちに未来はない。我等、相川様に勝利を捧げん。」
「……何かこの辺おかしいよなぁ……」
こんな感じだった。各クラス近年にない盛り上がりを見せているので教員たちも喜んでいる。
「いや~最近はテントに単語帳とか持ち込んでる子が多かったですからね~……こういう姿を見ると子どもたちっていいなぁと思いませんか?」
「……あ、すみません。集中して聞いてませんでした……私5-Aに勝利を捧げないといけないと最近あまり寝てないので……」
「……若いっていいねぇ……生徒たちの為に頑張るのはいいけど、あんまり根詰め過ぎないようにね? 学年主任たちの圧力ももうないんだから。」
「えぇ……」
その言葉を受けて丹羽から相川に熱視線が注がれる。相川は何故かよく分からないが身震いして周囲を見渡した。
そんな盛り上がりを見せる体育祭。しかし、相川たちは身体能力が違い過ぎるので参加できない。特にやることもなく見学していた。運動場では開会式が始まっている。
「……暑いな。」
「だねー……でも何か仁くんって冷たいよね……」
「何か師匠は涼しいです……」
「どれ? 本当だ。」
「あっついって言ってんだろ!」
日陰でだれていた相川たちは炎天下の中で体操をするクラスメイト達を見ていた。中心に相川を擁して瑠璃が左から、クロエが右から、そして奏楽が何してんだこいつらと思って見ながら相川の頬に手を触れて納得して瑠璃の隣に座る。
一連の光景を見ていたそれぞれの家のお抱えであるカメラマンや学校が呼んだ運動会の為のカメラマンの一部がシャッターを全力で切っていたが誰も文句を言わずに退場まで進み、1年生のかけっこから競技が始まる。
「……お前らちょっと離れろよ……暑い……」
相川の言葉に瑠璃とクロエは視線を交わして牽制し、どちらも動かない結果に終わった。相川はこいつら仲悪いのは別にいいけど俺に迷惑かけんなよと思いつつ水筒のお茶を飲む奏楽に声をかけた。
「瑠璃引き取って……」
「……悪い。流石に暑いから……」
「そんなんじゃ瑠璃に嫌われるぞ。」
これからまだ日が高くなって暑くなると言うのに既に真夏日である今日の気温を恨めしく思いつつ奏楽は考え込んで首を振った。
「………………いや、でも。厳しいだろ……瑠璃とか暑くて汗ダラダラじゃん……」
「エロいだろ。引き取れ。」
「エロ、って……変な目で見んなよ!」
相川の言葉で奏楽は瑠璃の汗で髪が肌に張り付いている様子や汗と混じった瑠璃の匂い、そして暑さに身をよじらせる仕草を意識してしまい体温を上昇させてしまう。相川はそれだけでもざまぁみろと思いつつ半分くらい寝ようとしている瑠璃を引き剥がす。
「ふぇ……? おべんとの時間……?」
「まだ早過ぎる。まぁでもお前、俺が7時ごろに何となく弁当作ってたら朝練終わってうとうとしてたのに跳ね起きたもんなぁ……」
「うん……はしゃぎ過ぎた……ボク、眠い……」
相川が体を支えているのに重心は既に相川に寄りかかっている。エビのように逆側には絶対に行かない意思を見せつつ相川は諦めて瑠璃に太腿を貸してあげると瑠璃はその上で気持ち良さそうに眠り始めた。そして反対側のクロエを見る。
「……瑠璃ばかりズルいです。」
「クロエはもう12歳だからねぇ……もう中学校近いんだしそろそろ異性とか気にした方が良いよ?」
「おい、アレ見ろ。何か滅茶苦茶早い女の子がいるぞ!」
相川がクロエに話をしようとしているとかけっこを見ていた奏楽が声を上げる。そちらを見ると相川は納得した。
「あぁ、アレはウチのクラスの東城の妹だな。何か俺に武装集団を倒したような技を教えて欲しいとか何とか三鷹が言って来てクラス全員の面倒を看る羽目になった後、ついでに東城姉に何か教えてとか言われたから走り方を教えてみた。」
「お前何やってんだよ……まぁ別に武を広めることはいいことだが……」
一着を勝ち取ってご満悦の少女を見送り、1年生の最初のプログラムが終了する。その後はしばらく平穏な時間を過ごすことが出来た。そして、5年生のプログラムが始まる。
「プログラム13番。騎馬戦。この競技は……」
「……おい、お前だろアレ。何やった。」
「んー? いや別に……大体習い事やってる人が多かったから全員に共通できるように体幹トレーニングとかヨガエクササイズとかそんくらいかねぇ……」
放送委員の言葉の後に並んでいる児童たちを見て奏楽が相川を糾弾するが相川はついでに転寝を始めて相川の方に寄りかかっているクロエを起こさないように返答する。5年B組から瑠璃と相川を交互に見ては血涙を流している視線が相川に浴びせられるが、A組がそれに静かにキレた。
「では、スタートです!」
「右方展開! 大将騎馬を中軍に据え、U字で仕留める! 左翼は多数を相手に時間を稼げ!」
「「おうっ!」」
『こ、これは何と言うことでしょう! 凄まじい統制力! A組向かって左側は馬が密集して攻め来ている相手に対してちょっかいをかけ、進軍の邪魔をしています! その間に右側が雪崩れ込みあーっとここで旗が上がりました! A組勝利! 圧巻の一言に尽きます!」
その光景を見ていた相川はケラケラ笑っていた。
「甘いね。まだまだ甘いねぇ……実力を出す前に相手が総崩れしたからかもしれないが……ま、面白かったしいいけど。」
「お前は彼らにどこを目指させてるんだ……」
「ん? 単なる感想だからどうでもいいでしょ。別にどこも目指させてないよん。」
欠伸交じりの相川。しかし石一つない競技場で騎馬戦ってのも金持ってるなぁと思いつつ弁当の時間になって一行は冷房の効いた部屋に移動し、その後も観戦を続けた。
「どうぞ、お納めください。」
「……え、俺? これ返さないといけないんじゃ……いやまぁ、ご苦労様……」
「はっ! では放課後のパーティーでまた!」
最後はAクラスが優勝し、優勝旗は相川に渡されて学校に返されることになった。