妙
『……初七日もまだ残っていますが天国逝きが、濃厚になって参りました。どうか瑠璃にお伝えください……』
「自分で伝えて? あ、憑依も出来ないのか……」
「んー? ママ?」
本日も相川は遊神家で瑠璃と妙と一緒に過ごしていた。最初は遊神邸に住むことを渋っていた相川だが安心院の病院に行くと気に入らない恩知らず2人と同じ屋根の下にいることになるので最近は素直に瑠璃と暮らしている。
それはそれとして相川は瑠璃に妙の発言を伝えた。
「そう。妙さんが天国逝き決定したって。」
「わー! おめでとー!」
『……えぇ。何か……複雑な心境ですが……』
何とも言えない顔になる妙に対して相川はしみじみと告げる。
「これからは彼岸と特別な日しか降りて来れなくなるな。……あ、それとも守護適性検査受けて瑠璃の守護霊になるの?」
「しゅごれー?」
「ずっと瑠璃の後ろにいて瑠璃のことを死ぬまでじっと見続ける霊。」
「え……それは、ちょっとヤ……」
瑠璃が嫌がるので妙の守護霊化は却下のようだ。
「さて、できたぞ。」
「可愛い?」
「おう。超可愛い。」
「えへへ~」
髪をシニヨンにしてアップさせると瑠璃は笑顔で相川の方を振り向く。普通の子ども……いや多少変わっている子どもであっても恋に落ちる瞬間だろう。しかしながら、相川には関係ないのでさっさと追い出すように外を示す。
「じゃあ、行ってらっしゃい。」
「うぅ~……一緒行こ……?」
「来週からね。」
微妙に渋る瑠璃を送り出して相川は呼吸、血、経絡を整え氣を操ることを始める。これからはトレーニングの時間だ。そんな相川を見て妙が微妙な顔をする。
『……普通は多大な功夫を付けてからやる物なのですが……』
「魔法があった世界の住人からすればこっちの方が操れる。かはぁ~」
見た目5歳の相川くんの深呼吸姿は見ようによっては可愛らしい。ただし、目はこの歳から将来のことを全て諦めているかのようで死んでいるが。
『その状態では微々たるものですから日頃続けていらっしゃるトレーニングに上乗せされた方が……』
「俺のやり方があるの。まずは回復力からつけないとね……」
『我流は体を痛めますよ? 氣の扱いに関しては天才的ですが……瑠璃の大事な人なんですからもっと体を大事に……』
「うっさいなぁ……」
相川は嫌そうな顔をしてさっさと瑠璃の方に付いて行けと手で追い払う。しかし、妙は軽く目を伏せて首を横に振った。
『……今日はあなたに憑かせてもらいます。』
「瑠璃がいない間はずっと鍛えてるだけなんだけど?」
『その鍛え方に改善を加えさせてもらいます。』
面倒な人だ……と思いつつ遊神邸を出て相川は走り込みを始める。と言っても、今の彼に全力疾走などさせれば1分も経たずにバテるのでジョギングレベルだ。
しかし、それすら妙から見れば問題まみれだった。
『……どこから口を出せばいいのか……』
「……独自なんだよ。察せよ。」
『そう言う問題ではなくて……まず手をポケットから出してください。』
「体の使い方が違うんだよ。普通の走り方もやるけどもう少し走って全身が温かくなったら出す。」
『……じゃあ最初から手袋を付けて走ったらどうですか?』
「だから、その走り方はさぁ……もういいや。俺はこうでいいの。」
妙はイラッと来た。真面目に武術をやっている側からすれば相川のやり方は舐めているとしか思えない。
「んにっ!」
『あ、触れた……好都合です。いいですか? こうやって脇を締めて走る時は爪先立ちをなるべく心がけてください。そちらの方が速いです。それと、下段蹴りなどのために前脛骨筋を鍛えるのも良い事だと思いますよ。その場合は踵歩きをしてください。』
「放しぇ! 後でやる!」
胸の谷間に首を挟まれて耳元でそう言われ、抵抗する相川。周囲から見れば浮いている。そんなこと妙には関係なかった。
『後でとはいつですか?』
「30分走るから残り10分位の所でやる。つーか、やってる。」
『そうですか……』
「降ろせ!」
撫でられながら抵抗する相川。少しの間だけなでなでを続行されたが解放されて相川は時間を計測し直す。
「ちきしょー……もっかいやり直し……」
『……こうやって見ると本当に子どもで可愛い……』
「うっさい! 可愛くねー!」
周囲から見ると一人で叫ぶ相川。しかし、子どもなので別に誰も気にせず微笑ましい顔で見守られている。
「はっ、はっ……」
『1,2。1,2。』
突っ込む余力もないので時計を見てそろそろ10分辺り。帰りの体力と疲労度、それから歩法的に折り返すべきだと判断した相川は後ろに走り出す。
『……基礎体力が少ないのでもう少し走り込みをした方が良いですよ?』
「帰れないだろうが。」
『歩いて帰ればいいんです。限界まで走りましょう?』
「他にもやることあるんだよ。」
妙は笑顔のまま無言で捕まえに掛かった。相川はそれを予測して避けるがその次の手が迫る。
「見えてるのに!」
『うふふ。走りましょう?』
「こうなったら……反魂香……!」
相川はお香を自分に付与した。すると妙が実体化し、相川は周囲の人に助けを求める。
「助けてー! 人攫いー!」
「え……って妙さんじゃない。どうしたの?」
み、見えるんですか……? などと妙は言わない。戦闘漬けで高速思考が普通にできる妙はにこやかに答える。
「この子の親御さんからご指導頼まれてまして……逃げられないように。」
「嘘吐きー! 誘拐犯! 悪戯されるー!」
「あはは。こんな美人さんにちやほやされるのも今の内だよ? じゃあ妙さん頑張ってね?」
「ありがとうございます。」
相川は妙に抱えられたまま高速で屋敷にとんぼ返りさせられた。そして正座の妙の上に座らされて上から拘束を受け、説明を求められる。
「俺の走り込み……」
「それも大事なので後でもう一回付き合います。……相川くん。私に、何をしたんですか?」
「べっつに~? 天国行きが決まったらしいから反魂香使っても問題ない霊体だと判断して実体化させただけ~」
「……だけ、ですか……」
「頭に胸乗せるの止めて? 重い。」
彼の考える命の重さが違うと考えるために前傾姿勢になって相川の頭に胸が乗っていたようだ。背中を反って後頭部に押し付けるような状態に戻すと尋ねる。
「それで……それは……」
「俺が反魂香消化するか鎮魂香飲むまで効果が続く。……本来はお香だから焚く物だし使い方も違うんだけどね。でも、この世界だとそれじゃ現世と黄泉の国の境界を曖昧にするくらいまでの力で、実体化はできない。俺の霊氣に反魂香を合わせて魔核を持った妙さんが俺に触れてやっと実体化できる。」
「そうなの……」
理屈は分からないが、この子に触れている限り実体化できるらしい。
「反魂香の消化は……」
「そりゃ、大きさに因るけど……今回のは20分くらい? あ、でも基本的に死んだ人間が現世に関わるとかダメだから。マジで、俺に対して口出ししてくるのも嫌だから。知り合いの前に出たら駄目だよ~?」
口調はふざけているが声は平淡だ。妙はそんな相川を後ろから抱き締めて温かさを感じるようにしながら沈黙を保った。
「後……まぁ天国行きが確定してる相手だからわざわざ言わなくてもいいかもしれないけど……俺を脅そうとかは、しない方が良いよ? あなたはどこまで行っても霊体だ。その状態で俺には勝てない。」
「……そうですか?」
「あぁ、力では勝てるかもね。ただ、そんな過程とか全部すっ飛ばして強制的に滅することができるの。俺は。」
冗談には聞こえなかった。そして、嘘ではないのだろう。
「瑠璃が可哀想だからしてないけどね。俺に危害が及ぶなら関係ないよ。」
「うわっ!? た、妙さん!?」
「……あら。」
「……まぁこれは不可抗力だから仕方ない。」
遊神家の一門である毛利が家の掃除に来て妙がいるのを発見し驚愕に目を染めて高速移動した妙に気絶させられる。
しばらく妙が実は生きている説が発生することになるが、瑠璃のために緘口令が敷かれてすぐに鎮静化することになった。