桐壷別荘
「到着いたしました。」
「うん。実に良い時間だった。はは、休みだったのにいい仕事をしてしまったよ。」
「ですわねぇ……」
目的地に到着する頃には相川が欲しいからという理由で作ったかなりニッチで適当な作品群の特許売買が決まっていたが、別に相川の目的は休むことなのでどうでもいいとして既に眠そうにしていた瑠璃を連れて車から降りる。
(……もうどの道一生分は稼いだから要らないんだけどね……)
そろそろ仕事辞めようかなと思いながら相川はまだ7年位はこの世界に居るのでもう少し必要な物を創るのに社会的信用などが必要かと考え直し、別荘へと移動する。
「お帰りなさいませ和臣様、真愛様。そしてようこそおいでくださいました御客人のお二方。」
「うん。じゃあ、君たちは2階にある来客用の部屋を好きに使っていいから。」
「では、私が案内いたしますわね?」
使用人がやると言っているが、真愛がそれを退かして相川たちを案内しそして個室に入ると途端に演技を止めて笑い始めた。
「アハハハハハッ! いいわ。最高よ! 相川を連れて来て大正解だったわ!」
「えっ……? え?」
「……あら、その子に私のこと言ってないの?」
「……他人で通すつもりだったからな。まぁ、変なの買いやがって……」
驚く瑠璃に普通にしている相川。そして上機嫌な真愛は来客宿泊用の部屋で喋り始めた。
「違うわよ。あんたこそなんて才能の変な使い方してるの? 持っただけで汗の成分と手の温度を感知して砂糖の適量値を測るスプーンとか、そのセンサーもっと良い使い方あったでしょ!? 私が言ってるのは私の人脈を魅せつけられたことよ!」
「まぁ変なの作るのはウチの社風みたいなものだし……アレに関してはまだ最終目標があるからなぁ……」
取り敢えず面白そうなことに全力で乗っかり作ってみる。それが相川の直属グループのやり方だ。もっと下に行けば当然実用的な物しか考えないが、相川たちは遊び心のない物は考えない。
「それにしても、食品加工機材を扱ってる会社じゃないのに変なのを作るのねぇ……」
「趣味。」
断言されて真愛は多少くらっと来た。
「……まぁ天才には得てして変人が多いものか……それは兎も角、瑠璃ちゃん?」
「ふぇっ? なっ、何?」
車内とのギャップが凄くて呆然としていた瑠璃に声が掛けられると真愛のテンションは跳ね上がって瑠璃を抱き締める。
「えっ? 何? 何?」
「あぁん! 可愛い! もふもふしてる! いい匂いだわ! すーはー……」
「……投げちゃ「ダメ。」……後で抱っこしてよ。」
自らの膨らみかけの胸部に顔を埋められて深呼吸される瑠璃。嫌味なんだろうかとイラッと来て投げていいか相川に尋ねるもダメと言われたので諦めて後で幸せ成分を補給することにした。
「あぁ、何て艶やかで綺麗な髪の毛……世界三大美人なんて瑠璃ちゃんの前では醜女としか評せないわ! 私、自分のこと可愛いと思ってたけど、あなたには完全敗北よ。月とすっぽんとはこういうことね!」
「え……真愛、ちゃんも可愛い、よ……?」
「ありがとう! 真愛ちゃんって言ってくれて! 声も可愛くて完璧だわぁっ! あぁ何て良い手触りの肌なの! もっちもちですべすべ! うふふふふふ……」
瑠璃は困った。相川の方を見ると小さく頑張れと応援してくれたが手出しはしないようだ。読書の態勢に入っている。
「ねぇ、ボクどうすればいいの……?」
「何もしなくていいのよ? あぁっ! 困り顔も可愛いっ!」
「可愛いのは分かったけど、自分だって可愛いんだから止めて欲しい……」
「私のこと可愛いって? なら、甘えなさい。この胸に飛び込んでおいで!」
やはり、嫌味なのかと豊満な胸を前にして瑠璃は思った。しかも、瑠璃が甘えようと思ったら最低でもクロエ程度の強度は必要で、相川くらいの強度が望ましい。多分真愛に甘えると殺人事件が起きてしまうだろう。折角解放されて甘えていいという許可を貰ったので瑠璃は行動に移した。
「ひとしくーん!」
「うわっ! 今俺関係なかった……」
「寝取られましたわっ!」
相川を押し倒して抱き締めすりすりする瑠璃。この状態なら先程の真愛の気持ちが分かる。多少相手に嫌がられても止めるわけにはいかないのだ。
「んぅんぅ……」
「あーもー……うっざ……口に髪が入ったし……」
その様子を傍から見ていた真愛は相川の認識と瑠璃の感情の間に齟齬が見られることを確認し、よくもまぁこれで相川は嫌われていると思えるものだとある種の感心を抱いた。
「……ところで、ずっと聞きそびれてたけど、仁くんとこの子の関係は?」
「? 何でお前にそんなこと言わないといけないんだ?」
「へぇ……」
不意に動きを止めた瑠璃から尋ねられた言葉に相川がぞんざいな扱いを返すと瑠璃が据わった目で桐壷に視線を向けた。
「お、同じクラスですのよ。」
「……それで何で二人でこんなところに?」
「相川くんが退屈で疲れてるようでしたので、以前お世話になったお返しをと思いまして……」
強烈なプレッシャーを感じながら真愛は何で浮気を問い詰められているような状態になっているんだろうと思いつつ瑠璃の下敷きにされている相川に視線を送る。彼はこの状況下で読書をしていた。
しかし、突然相川は跳ね起きて瑠璃を吹き飛ばし立ち上がる。
「……!? 何だ?」
「ふぇ? どうかしたの?」
その場で受け身を取って立ち上がった瑠璃が可愛らしい声を上げるも相川は無視して周囲を警戒し、恐ろしい笑みを浮かべた。
「……成程、気付かなかった……」
「何? 何? どうしたの?」
「崩壊した世界、か……その手も考えられたなぁ……」
「電波でも受信致しましたの?」
独り言をつぶやく相川。それを見て混乱する瑠璃だが、真愛は多少こういったことをする思春期の若者に対しての知識があったのでやはり天才と変人は紙一重どころじゃなくて一緒なんだなぁ……と先程まで受けていたプレッシャーも忘れて呑気に思った。
「……今日って、満月?」
突然の問いかけに瑠璃は知らないので真愛に視線を流す。真愛は頷いた。
「えぇ……確か、一応そうでしたわ。」
「ふむふむ。ならいい。……準備がいるなぁ……黒猫君連れてくれば良かった。んーやっぱり今回行くのは止めておこうかな。突発的過ぎるし……」
「ねぇ、どうしたの?」
瑠璃の問いかけには後で答えることにして相川は今回、何かを見送ることにしたようだ。代わりに話題を転換する。
「そうだ、君のお兄さんだが批評としては才覚はあるが常識を知らない大器晩成の子だね。後、染色体にちょいと異常がある。まぁ何らかの病気に罹るとかそういうタイプではないが……」
「えっ、お兄様大丈夫なんですの?」
「うん。多分……って言ったら検査しろとか言われるな。大丈夫。」
前回のことを踏まえて相川がそう言うと真愛は複雑な顔で頷いた。
「なら、いいんですが……」
「別に異常って言っても性染色体の問題だから。将来男の方を好きになるかもしれないくらいに考えてればいいよ。」
「ならいいですわね。それ位の酷い目に遭うのでしたら逆に面白いですわ。」
「……まぁ瑠璃とか見て普通に女好きになってそうだけどね……」
質問に答えてくれないみたいだからと相川にすりすりする作業に戻っていた瑠璃のことを撫でながらそう言うと、しばらくの対話をして川などで遊び、その日は暮れて行った。