1週間と少しして
「! おはようございます。」
「「「「おはようございます。」」」」
「あぁ、おはよう。」
(……これクラスと協調しているというより支配していると言った方が正しいような……)
いつもの登校風景を見ながらクロエはそう思うが口には出さない。ある意味クラス全体が協調性を持っていると言えなくもないからだ。
「……ちょっとやり過ぎたかね……?」
「ちょっとじゃないです。」
相川も面倒臭くなってきたので少々鬱陶しそうだ。しかし、顔には出さずにクラスと交流しておく。至極面倒臭いがどうせ半期で終了なのでそこまで問題はないだろうという判断だ。
「御機嫌よう、相川さん。」
「あぁおはよう……真愛。」
名前を思い出すのに少々時間がかかったがこのクラスでもトップの大金持ち、財閥令嬢の桐壷 真愛に挨拶されて相川は気怠そうに応じる。そんな様子を見て桐壷は訝しげに首を傾げた。
「どうかされましたの?」
「……いや、ちょっと退屈でね……」
「そうですか! ちょうどよかったですわ。私、今週末別荘に行く予定がありますの。よろしければご同行していただけませんこと?」
まずは話を聞かなければ行く行かないも決めようがないので相川は桐壷に具体的な話を聞いてみる。要するに山荘の豪邸であり、近くに川も流れている場所でこれから暑くなる時期に賭けては避暑地としても使われるようなところらしい。そこに使用人と桐壷兄妹で休みがてら行くので協力者として相手を見て欲しいとのことだ。
「ふーん……別に行くのはいいけど、俺は中立だから君の助けは……まぁ相手がムカつく奴なら叩き潰すけど基本的に危なくなければ助けることはないよ。」
「別に構いませんわ。ただ、見て感想を聞きたいだけです。交通費や滞在費などはすべて私が持つのでいかがです?」
「いいよ。」
最近は会社の人も増えてきた上、霊草などの手入れの時間もないため多少の余裕がある相川がそう応じると桐壷は笑顔で頷いて自分の席に戻って行った。相川は珍しい草とかないかなと思いつつこの後の簡単な授業を適当に聞き流し、自習の時間に自分の仕事を終わらせていった。
そして帰宅後、協定を結んでいるクロエから瑠璃に話が伝わると瑠璃は涙目になって相川の袖を引きにリビングに出てきた。ソファに横になっている相川は何事かと瑠璃の方を向いて言葉を待つ。
「何で、どっか行くの? 学校で話しかけちゃダメって、代わりにお家でちゃんとボクと遊んでくれるって、言ったのに……!」
「んー? ……あぁ、週末ね……何? 来たいの?」
「えっ?」
相川の予想外の返事に瑠璃は驚いて涙を溜めていた目を見開く。対する相川は特に何でもなさそうに告げた。
「1人くらいなら増やしてもいいって言ってたしな。来たいなら来れば?」
「っ!」
刹那、殺気が瑠璃の背筋を駆け巡りその場から飛び退くと少し遅れてその場所にクロエが立った。そして何事もなかったかのように相川に告げる。
「バカンス、私も、行きたいです。」
「あー? 1人以上は俺の管轄外だから自分で頼め。」
「瑠璃を排除して私が行きます。」
「……ボクに勝てると思ってるの?」
そこまで行きたくなかっただろうにこうなったら意地でも取り合いを始めるだろうなぁと思いつつ相川は一応この場で戦闘が始まった場合を考えて構えておく。流石に相川を怒らせると怖いので二人はトレーニングルームへと移動した。
「怪我しないようにな。」
「善処します。」
「うん。痛みも感じないようにしてあげる。」
トレーニング室に二人が入った直後から激しい破砕音などが聞こえるが相川は一応忠告しておいたのでそれ以上は気にしないことにして家政婦が作っておいた夕飯を冷蔵庫から取り出して温めておく。そうしていると奏楽が帰って来た。
「おっ? 何だ、もうトレーニングしてるのか。……そしてお前は今日もサボりと。」
「あー? お前こそ今日もデート商法か。瑠璃に愛想尽かされる前に辞めといた方が良いんじゃねぇの? まぁ知らんけど。」
「ふん。お前に言われたくない。大体、彼女たちは俺が瑠璃と付き合うことを応援してくれてるんだから問題ないだろ。」
奏楽が反論するが相川は電子レンジの音に反応して温められた夕飯を取りに行くだけでお座成りな返事しか返さない。
「はいはい。君の人生だから好きにしろ。」
「チッ……お前、一人で晩御飯かよ。皆で食べようとか思わないわけ?」
「俺が食いたい時に食った方が美味いからな。何で他の奴を気にしないといけないんだ。」
「そう言うところが協調性に欠けてるっていうんだよ……」
奏楽はそう言いつつ2人のトレーニングに交ざろうとして着替えて部屋を出て行く。その代わりに瑠璃が元気にこの場に戻って来た。
「勝った! あ、ご飯食べてるの? ボクも!」
「……クロエはまた負けたのか。あいつも弱くはないんだけどなぁ……」
「ふふーん♪ まだまだだよ!」
得意げにそう言いつつ瑠璃は冷蔵庫の中にある冷たいおかずを温めもせずにすぐに相川と食べるためにそのままソファ前のテーブルに持って来た。
「温めた方が良いだろ……」
「じゃあ、一緒にいただきますするから待っててね?」
「……まぁいいけど。」
そう言えば負けたクロエはどうなっているんだろうと思い、奏楽が騒いでないから大丈夫かと考えてから落ち込んでるかもしれないのでそっとしておこうと動かないことにしたところで瑠璃のおかずも温まり相川の隣に座る。
「ねぇ、もずく食べたい。」
「……食えよ勝手に……あるかどうか知らないけど。」
「仁くんが作ってたの。あるでしょ? アレ食べたい。」
「……何で知ってんだよ。別にいいけど……喰いたければ食えよ。」
「わーい♪」
変なもの好きだなこいつと思いながら製作者の相川はどうせ取り出すならしっかり掻き混ぜておくように瑠璃に言って小皿にそれを乗せて持って来させる。
「美味しいよね?」
「……普通の子どもなら味が刺激的であんまり好きじゃないと思うが……」
「瑠璃は大人のレディなのです♪」
「何言ってんだこいつ。」
相川の真顔から素で出た言葉に瑠璃は少し照れて箸を持ったものの食事を開始するには至っていない相川の手に視線を向ける。その仕草は待てを命じられた子犬の様で非常に可愛らしい。その視線を察して相川は食事の前の挨拶を行う。
「あぁ、いただきます。」
「いただきまーす!」
二人が食事に掛かり始めた所で脇腹を抑えながらクロエがリビングに戻って来た。そして楽しげに食事を摂っている二人を見て憤慨する。
「どうして勝手にご飯食べてるんですか!」
「逆に訊くが何故俺がお前の許可を得て食事をしなければならない。」
「そーだそーだ。ボクは仁くんと一緒に食べたかったから食べるんだー!」
「ううぅぅううぅっ! 師匠のバカぁ! 私もすぐに食べますよぉ!」
そんなこと俺に関係ないだろと思ったが一応温めはしておいた方が良いよと助言しておいておかわりの為に席を立つ。クロエは自分が食べるころになっても相川が食べているであろうことを確認して少し安堵しつつ冷蔵庫を見て相川に言った。
「あ、もずく酢……」
「瑠璃が食いたかったらしいから今日はもう混ぜた。クロエも食べたかったらどうぞ。」
「むぅ~っ! 食べます!」
また張り合って……と思ったが別に害はないので放っておく。そして全員の食事が終わる頃になって奏楽がトレーニングを中断し、戻って来て一人で食事を摂る羽目になることを知るのだった。