交渉中
何故か面談をしに来た時よりもかなり気合の入ったメイクで戻って来た丹羽を伴い、相川たちは少し遅れてホームルームの時間に教室に入ることになった。
(……誰もこっちに興味ないだろ。クロエの方はかなり見られてるが……これで俺は動きやすくなる。)
教室に入ると全員が着席して何かを書いている光景を見て相川はそう思いながら一部から敵視が注がれているのを受けてアレを次の協調性の餌食にしようと決めた。そんなことを内心で決めている内に自己紹介が行われる。
適当に名前とどこから来たのか、そしてよろしくお願いします程度の自己紹介を行った後、向こう側の質問が始まった。殆どがクロエに関する質問だったのだが、相川もさすがに少し驚いたのがこの質問だった。
「えーと……相川くん、そしてクロエさんに質問です。ご家族のお仕事って何ですか?」
「あー、俺に家族はいないが……一応俺は株式会社めいしゅの代表取締役やってる。」
「……ほぉ! 最近、割と噂を聞きますが……確か地方振興を手掛けているシンクタンクですよね? 確かに名前は同じですがまさか同い年とは……クロエさんの方は?」
「ルウィンス・グループの総裁です……」
「っ! これはこれは……」
(この年でえらいこと訊くやっちゃなぁ……しかもそのグループのことを覚えてる辺り凄い……歪んでるねぇ新井くん。君の闇は俺が美味しく調理してやろう。)
表面には出さないどす黒い笑みを内心で浮かべつつ相川は自己紹介を終えて与えられた席に着く。そしてホームルームが終わって丹羽が退出したところで相川はこのクラスで一番最初に目を付けた相手の下へと向かった。
「あら、どうかされましたか? 留学生さん。」
「初めまして、桐壷さん。その薄気味悪い笑みを叩き潰しに来ました。」
相川の協調性の欠片も見当たらない行動と物言いにクラス中が凍りついた。相川が目を付けた相手は桐壷 真愛。国内で3つの指に入る大財閥の御令嬢だ。彼女は纏っていた薄笑いを深めると口下へ手を運んで上品に笑った。
「あら、いきなりなんですの?」
「口元を手で隠すのは内心を見せないようにする動作って知ってるかな?」
「っ、大口開けて笑う方がはしたないですわよ。」
一瞬だけキツイ口調になりかけ、それを柔らかな早口で何とか誤魔化す桐壷。クラス中の生徒たちは巻き込まれてはたまった物ではないとクロエの方に話しかけることで無関係アピールを行うが、相川は更に笑みを深めて追撃した。
「おいおい、化けの皮がはがれるのが早過ぎやしませんかねお嬢さん。髪をかき上げたな? 手を挙げるのは攻撃動作。特にこの場合はこの話題を止めろと言うメッセージだ。勿論止める気はないがな。」
「一々、そういう風に言いがかりをつけるのは止めて頂けませんかね?」
「腕を組んだ。完全防御態勢だな。これ以上は不味いので喋る気はありませんと。負けを認めて防御に入りましたかお嬢さん。ハッ!」
鼻で笑い飛ばした相川。桐壷は一連のやり取りでかなり不機嫌になって席を立つ。
「バカバカしい……気分を害しました。あなた何様のつもりですの?」
「……双子の兄を潰すために、今は爪を見せられないかな?」
「っ!」
一瞬で近付いて耳打ちされた言葉に桐壷は思わず身をのけぞらせて反応し、相川を睨みつける。対する相川は非っ常に楽しげな笑みを浮かべて対峙していた。
「……ちょっと、お話があります。どうせ自習ばかりなので、教えてあげることがあるので応接室に行きますと言えばすぐに抜けられるのでついてきなさい。」
「はい。」
笑顔で応じる相川。クラスの面々から質問責めに遭いながら相川の様子を窺っていたクロエはあなたのどこに協調するという意識があるんですか! と内心で叫びたい気分になっていた。
別室に移動した相川と桐壷は張りつめた空気で向かい合っていた。
「この年でそこまで隠し通せるのは流石だったねぇ……」
「……単刀直入に言います。あなたは、何が目的ですか?」
「何、前の学校の気に入らない教師から協調性がないと言われたんでね。クラスメイトを助けるという形で協調性を見せてやろうと思っただけだ。」
「はぁ? あんたバカなの?」
思いもよらない発言に思わず地が出た桐壷。それに気付いた時点で彼女はもう観念したようだ。
「あー……まさかバレるとは……あんた、口外したらただじゃすませないから。この国に居られないようにしてあげるわ。」
「まぁ別にいいけど。そんなことより別の話しようぜ。ストレス抱え過ぎな君の話とか。」
「……食えないわねぇ……同級生の男子なんて大体私の胸ばかり見てる猿ばっかりと思ってたけど。」
5年生にしてかなり豊かな胸を上げて見せる桐壷。相川の視線もそこに落とされて確かにと頷く。
「確かに大きいな。乳腺肥大症を疑う奴がいるのも頷ける。」
「……何よその乳腺肥大症って。何かあんたの見てる視点は違う気がするんだけど。」
「ん? 乳腺肥大症は女性ホルモンの異常で引き起こされる病気。多分違うから大丈夫。」
相川の言葉に桐壷はドン引きして胸を庇うように下がった。
「あんた変態なの? おっぱいに変に詳しいなんて……変なことしないでしょうね?」
「まぁこれでも一応医者やってるしな……あ、薬剤も作ってる。」
「……ある意味においての、変態なのね……」
手術用の簡易キットを見せる相川に桐壷は変な笑いを浮かべてどちらにせよ変態疑惑は拭えなかったが今はそこが問題と言う訳ではないので流しておく。
「で、まぁその話は置いておくとして。」
「……置いていていいの? 何か心配になって来たんだけど……あんたお医者さんなら検査とか……」
「別にいいじゃん。多分大丈夫だし。そんなことより……」
話を先に進めようとするが相手はかなり不安がっているので相川は溜息をついた。交渉の前に相手の心を乱してこちらを有利にしようと思っていたのだが、乱し過ぎたようで話に入れない。桐壷は乳腺肥大症について携帯で検索して相川を睨んだ。
「そんなことよりじゃ済まされないじゃないの……! 体中に負担がかかって寝てる時に心臓に負荷がかかるって書いてあるじゃない……! 私長生きしたいのに! しかも指先が痺れたりするって!」
「安心しろ。良い性格してるから多分長生きするぞ。」
「多分って何よ! ちゃんと検査しなさいよ!」
「えー……」
相川は嫌そうな顔をした。もうこの話題はいいのだが相手が話を変えさせてくれない。割と大きな胸だが別に異常と言う訳ではないので大丈夫だと言っているのだがどうにも納得してくれないので仕方なく血液検査をしてあげようと注射器を出すと桐壷は怯んだ。
「ちゅ、ちゅーしゃは嫌よ! 痛いじゃない!」
「我儘な……じゃあどうしろって言うんだ……」
「…………さ、触っても、いい……」
「嫌だ!」
消え入りそうな桐壷の言葉に相川は力強く拒否した。すると相手は一転して怒り始める。
「何でよ! こっちが恥ずかしい思いをして言ってるのに!」
「訴えられる可能性があるので嫌。」
「訴えないわよ! いいからさっさとしなさい! こっちも結構恥ずかしいのよ!?」
「えぇ……だから別に大丈夫って言ってるだろうに……」
「別にって何よ!」
さっきまでの猫かぶりを見ていたらそれなりに頭が良くて忍耐力もありそうだったのだが当てが外れたと相川は嫌そうな顔をして諦めて確認することにした。
「……あ、因みに全ての会話はボイスレコーダーで録音してあるから。後で訴えても無駄だ。」
「恥ずかしい台詞録ってんじゃないわよ! いい? 変な所触ったら許さないんだから。」
「……じゃあどうしろと。もう面倒だからお抱えの医者に診てもらえよ……」
「……治療に必要な分だけ認めるってことよ。後、私のお医者さんに診てもらうってことも考えたけど、こんなになっても一回も指摘してこなかったのだから見つけられないに決まってるわ。それでもしあったとしても自分のミスがバレないように異常なしって言っていつも飲んでるサプリに勝手に別のホルモン剤を混ぜられるかもしれないじゃないの。心筋梗塞とか血栓症になるかもしれないんでしょ? 嫌よ。大体私の胸を触れるなんて光栄でしょ! 文句言わないで!」
「えぇ……もっと医者を信用……あぁ、そう言えばそうだったか。」
他者を信用できるほどの心のゆとりがあれば相川は声をかけていないかと思い直して相川は黙り、押し問答をこれ以上やるのも面倒だったので相川は諦めた。