対照的な対応
「さて、相川くん……今回は残念だったね。瑠璃ちゃんも、僕らの処置が万全ではない状態で受け入れてしまい、本当に申し訳ない。」
「まぁあの麻生田? とか言う人が俺の言うことを無視して突っ走った時点でそうなりそうな気はしましたけどね。」
相川が至極冷淡にそう告げると同席していた瑠璃のことを見て安心院は窘めるような視線を向けて強い口調で相川に言った。
「……君はもう少し人の気持ちに付いて考えた方が良い。瑠璃ちゃんが……今、どんな気持ちか……」
「お母さんはね、まだここにいるんだよ。だから大丈夫。」
瑠璃の言葉は安心院院長の涙を誘う。それに対して相川は瑠璃を挟んで向こう側で浮遊している妙の方を見て呟いた。
「いや、今はこっちにいるが……そろそろかな?」
『あ、はい……そろそろ時間ですので秦広庁に行ってきます……』
浮遊して消えて行った妙を見送って相川は瑠璃に告げる。
「裁判に行った。」
「お母さん大丈夫かな~……」
「相川くん、君は一体何を瑠璃ちゃんに教えてるんだい?」
白眼視される相川だが、無視してここに呼び出した用件を尋ねた。安心院は溜息をついて応じる。
「はぁ……君が治療したカーラ・アテル・ルウィンスさんが目を覚ましたから呼びました。それと、瑠璃ちゃんは遊神さんが会いたがっていましたからね……」
「ぱ……お父さん、起きてたんですか!?」
「あぁ、ただ……妙さんとの最期の1週間を尊重したかったから伝えるのは止めてほしいと本人からね……」
相川、瑠璃の両者ともに予定が出来たのでここでいったん別れて相川はカーラという女性の下へと移動することにした。
病室に移動し、風呂に入れておらず、豊かなブロンドの髪もべたべたの状態だが、体を拭いただけで相川が手術をした時に比べて格段に美人に見える彼女は安心院に連れられた相川を見て目を見開いて安心院に尋ねる。
「本当に、子どもなんですね……それとも、安心院さんの息子さん……?」
「いえ、本人です。それでは失礼するよ。」
「ういうい。」
未だ忙殺の最中にある安心院はそう言ってこの部屋を後にする。少しの間の沈黙の後、先に口を開いて良さそうだと判断した相川が口を開く。
「はい、何か知らんけど命は大事にした方が良いですよ。こんな状態の俺が徹夜で頑張って手術する羽目になったんだから……」
「あ、うん……」
「それで、術後の経過は大丈夫ですか? 痺れなどは?」
「大丈夫よ……?」
どこか上の空で応対されて若干イラッとくる相川だが気にしないことにして無理矢理話題を続ける。
「私の方では基本的な処置……まぁ、若干踏み込んで繋ぎもしましたが、その後の処置はこちらの「本当に、あなたが手術したのね……」はい。そうですが。」
話の腰を折られて微妙に不機嫌そうに相川が応対するが、女性は首を振る。
「いや、違うのよ? 疑って……るけど……私の娘と大して変わらない位の子なのにねぇって……」
「勿論ライセンス何て持ってないんで治療費はバカ高くなります。その上、深夜でしたからね。」
「500万くらいかしら? いえ、高くなると言ってるのだから1000万?」
「うえっ?」
思いの外高額の申し出があったので相川はそこで手を止める。そんな相川に対してカーラは首を傾げて続ける。
「もう少し必要? それなら、実家に頼むしかないわね……」
嫌そうな顔をして後半部分を言うカーラだが、相川は引き攣った顔で首を振って言う。
「い、いや……結構です。そんなに……」
「じゃあ1000万でいい? それなら小切手ですぐ準備できるわ。」
(……金額もそうだが……両手逝ってたよな……)
この世界特有の氣という概念の力だろうか……と思いつつ相川は小切手にサラサラ記入していくカーラのことを呆然と見ていた。
「……それで、今どこに住んでるの?」
「遊神家です。」
「……それなら諦めるしかないわね……個人的な連絡先を知りたいけど……」
「まだ何も通信器具を持ってないので今回のお金でそろえたいと思います。連絡先はメモに書いていただければ……」
「……捨てる時にはきちんと判別不可能にしてね?」
そう言って連絡先まで記して渡される相川。相川は後で相手のバックグラウンドに付いて調べる必要があるな……と考えつつそれを受け取るのだった。
そしてその後遊神 一、瑠璃の父親に呼び出された相川は非常に面倒な目に遭い、嫌な顔をして病院を去ることになる。
そして、帰りの車内。
「うぅ……仁くん、ごめんね……?」
相川は後部座席に同じく座っている瑠璃の言葉を無視していた。瑠璃はじわじわその大きな瞳に涙を溜め始め、泣くエネルギーを準備するかのように浅く息を吸い始める。そんな様子をバックミラー越しに眺めて運転している高須が心配そうに声をかける。
「相川くん……何があったんだい?」
「……別に、結果的に俺が出て行けばいいだけですが? 恩を仇で返されたくらいどうってことないですよ。」
「行かないでね? ね? 瑠璃、やだよ……?」
「……俺に言うな。あの腐れ爺どもに言え。大損だ。最悪。」
一切信じなかった遊神と何とも言わなかった麻生田。謝礼は手術費を安心院に払うと睨みながら告げて冗談はやめてほしいとだけ告げ、面会は終わった。安心院から国からの補助分も入った手術費の全額を相川に回すとは言ってくれたが、それにしても大損だ。
「それで……瑠璃ちゃんは、大丈夫なのかな……?」
「知らん。金はあるらしいし、それでお菓子でも食って生き延びてろってネグレクト野郎が言ってたんだから好きにすればいい。」
「ヤダ……瑠璃、一人は、やだよ……」
「俺に言うな。」
「やっ……っく、ヤダぁ……いや……」
「知るか。」
端的に拒否された瑠璃の泣き叫ぶ声が車内に響く。相川はギミックで耳栓をして無視するが運転手の高須は堪ったものではない。
「やだぁぁあぁぁぁあぁっ! うえぇぇぇえぇぇぇえん!」
「あ、ヤバ……」
顰めっ面で外の景色を眺めていて相川がマズイことに気が付いて瑠璃の方を振り返ったその時にはもう遅かった。
相川の腕は絡みとられ、足にも両足が巻き付いて足先で逆の足まで固められていた。それを苦々しく見つつ相川は愚痴る。
「泣いたら、こうする癖をどうにかしてほしい……!」
「行っちゃヤダぁぁぁああぁぁぁあぁ! うわぁぁぁああぁぁん!」
「そして叫び終わったら、こいつ、このまま寝るんだろ……!」
短い手足が恨めしかった。解こうにも解くことが出来ず、瑠璃の体重に押されるがまま押し倒される。
「ぺっぺっ……涙が……」
至近距離で涙が顔に降り注ぐことしばし、瑠璃が落ち着き始める。
「んくっ……ぅえ……ふぇ……い、行かない……?」
「……行かない。」
お前の家には。と心内で付け加えると瑠璃はじっと相川の目を覗き込む。
「瑠璃と一緒に、居てくれる……?」
言質を取ろうとする姿勢の瑠璃に相川は割と本気でイラッと来た。
「泣いたら全てが思い通りになるとか思うなよ?」
「一緒、いて……?」
「モテモテだな相川くん。羨ましいよ。ハハハハハ!」
運転席で高須が笑いながらそう告げて来る。相川は嫌そうな顔をして瑠璃に更にキツく抱き着かれた。
「このっ……! ロリコンですか……? 彼女がいるなら密告します。」
「ハハハ。生憎、いないよ。馬鹿みたいに忙しくてね……はぁ……あー学会潰れねぇかな……」
「ガチのロリコンだったんですね……いてもいないと言わなければならないその心境……分かります。瑠璃、お前の運命の相手が運転席にいるぞー?」
「……運命の相手? 宿敵なの……?」
泣くのを一時的に中断し、不思議そうな顔をして相川に乗ったまま高須を見上げる瑠璃。彼女は病室の遊神の会話から察するに恋愛事に関しては疎すぎるようだ。
「瑠璃の、大好きな人ってこと。」
「……瑠璃、男の人嫌い……虐めるから……あっ、仁くんは大好き。……仁くんは瑠璃の運命の相手なの?」
「違う!」
「でも、瑠璃仁くん好きだよ? 何が違うの?」
爆笑する高須に相川は後で安心院に変な報告を入れてやることを決意して瑠璃を納得させるために懇々と説教した。
結果、その日も相川は瑠璃の家にまで入って怒り、諭しながら様々な雑事を済ませて泊まりになる。




