竜興だって悩むんです!
13才、それは悩み多き年頃である。
永禄3年(1560年) 年末
俺は、城下の自分の屋敷に家臣たちを集めた。
土岐家”壱識組”の親睦を兼ねて、『大忘年会』を催したのであった。
「今年は、大変な年だったからな」
大きなイベントを成功させたお礼である。
様々な酒や飲み物、とりどりの食い物をとりそろえ、皆にふるまってやった。
多少ではあるが、料理人たちに未来の料理も作らせておいた。
天ぷら、唐揚げ、竜田揚げ。
そして、年越しそば。
子供たちには、蜜柑ジュースと、寒天で作ったお菓子である。
「本日は無礼講であるっ!」
俺の乾杯の音頭で宴会が始まった。
日々の『警備業務』の慰労会だ、無粋なことはしないでおこう。
小姓達には、正月に遊べるようおもちゃを渡してやった。
凧、独楽、カルタ、双六、けん玉、模造刀、など。 これで元気に遊ぶと良かろう。
大人達は、……まあ、酒とツマミさえあれば良いようである。
蒸留酒がかなりの人気だったみたいである。
ダントツは梅干し入り焼酎(お湯割り)であった。
賑やかで楽しい夜が更けていった。
今は戦国時代という辛い時代だが、なんとかコイツらの笑顔を守っていきたいものだ。
年が明けて、
永禄4年(1561年) 新春
「皆の者、新年おめでとう」
稲葉山城で恒例の年賀のお祝いを済ませた後、俺は皆からの年賀のあいさつを受けた。
大人の竹中重元、遠藤盛数、道家定重、森可行、明智光久。
それに与力の、西美濃3人衆 、明智光安(城代)、堀田道空、金森長近、川並衆は、それぞれの領地での用事ががあるので、俺との挨拶を済ませるとそれぞれの所領へと帰っていった。
側近の、明智十兵衛光秀、竹中半兵衛重虎
近習、明智光春、日根野高吉、加藤光泰、林通安
近習見習い、森可忠、道家清十郎
小姓組
氏家直昌、各務元正、原長頼、氏家行広、稲葉貞通、牧村利貞、遠藤胤俊、奥田直政
遠藤胤基、遠藤慶隆
小姓見習い
森可隆、森長可、可児吉長。
まあ、新年なのにもかかわらず、傍に仕えてくれるこいつらが、本当の旗本というわけだな。
いやあ、そうそうたる顔ぶれである。
『まあ、これだけの警備部隊長がいれば、土岐家も安泰であろう』
先日渡したおもちゃで遊ぶ小姓組を見て、なごみながらふとそう思う俺であった。
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
数ヶ月後
― 屋敷にて ―
「困ったなあ……」
俺は悩んでいる、物事はそう思った通り上手くいくものでは無いのである
さいきん、半兵衞がご機嫌ななめである。
一応、理由に心当たりはあるのであるが……、俺の力では 如何ともしがたいのである。
「はてさて、どうなることやら?」
~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~ ・ ~
”どさっどさっ”
音を立てるほどの大量の紙の束が、多少乱雑に目の前に積み上げられた。
几帳面な半兵衞らしくないし、この書類の数は正直どうよ……。
「若君、この書類に目を通しておいてくださいっ!」
半兵衞はそれだけ告げると、そのまま俺に見向きもせずに去って行く……。
「追い待…”ピシャン”…てよ~」
「半兵衞殿は、如何したのでございましょうか?」
他の者達が問いかけてくる。
「どうせ、あの日だろう?」
「はは、そのようなご冗談をおっしゃるから、半兵衞殿が怒るのでは?」
明智光春が、チクリと言う。
「はあ~っ」
「若、溜息をつかないでください。 お目出度い気分が台無しですぞ」
光秀が、したり顔で俺をたしなめた。
いろいろな問題を一気に片付けていった俺だった……。
夏休みの宿題は、30,31,9/1で一気に終わらせるのが俺のスタンスだ。
この追い詰められ具合が、作業効率を最大に引き上げるのである。
もし、自分がなろうに投稿していたら、きっとストックを持たずに”自転車操業”していただろう。
まあ、片付けなければならないイベントが、あるわけである。
さすがにそう言ってしまうと、相手に失礼か……。
つまりは、”俺の嫁取り”である。
「(俺には、泰香がいるんだがなぁ~)」
しかし、そんな事は関係が無いのだ、すでに話は決まっている。
数日後には、六角家から姫がやって来るのである。
土岐家と六角家の絆をさらに深めるための、いわば政略結婚である。
守護大名家の跡取りとして、避けては通れぬ現実なのである。
俺の意思は、そこには介在しえないのである。
ああ、この忙しさは、そのためなのであろうか?
「やっぱりキチンとしないといけないな」
悩み多き13才の春であった……。
さあ、いよいよ『修羅場』がはじまります。




