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さくらにそう言われたが、いくら考えたところでリリアにはどうしても理解することができない。考えるだけ無駄だと思ってしまう。
「ねえ、アリサ」
リリアが対面に座るアリサに声をかけると、すぐに、はい、と返事を返してきた。
「私にはいまいちテオの意図が分からないのだけど。アリサは分かるの?」
「その……。何となく、ですし正しいかは分かりませんが」
「そう……」
アリサが分かる。なら今までの行動を全て思い出せば、きっとリリアもたどり着くことができるだろう。今日一日のことを思い出し、ついでにテオと会った時のことも思い出せるだけ思い出し、そして出した結論は、
「私と仲良くしたいから……?」
そう呟いて、すぐにリリアは自嘲した。
「なんて、そんなわけないわね。自意識過剰にもほどがあるわ」
それを聞いたさくらが小さくため息をつき、アリサが悲しげに眉尻を下げたのだが、リリアはそれには気が付かなかった。
アルディス公爵家の屋敷から学園までは馬車で三時間ほどの距離だ。それを考えれば昼過ぎに屋敷を出ても今日中には余裕を持ってつけるのだが、今日ぐらいは寮でゆっくりとしたいと思い、誰にも会わないようにするために昼前に屋敷を出た。授業が終わって寮に人が戻るのが夕方なので、今から寮の自室に入れば誰にも見咎められることはないだろう。
リリアが王子から婚約破棄を言い渡されたことはすでに知れ渡っているはずだ。周囲の視線を想像するだけで恐怖を覚える。かといって学園に通う以上は誰にも会わないということはあり得ない。今日しか通用しない手段だ。
――逃げても仕方がないよ?
――うるさいわね……。
そんなことはリリアも分かっている。だから、今日だけだ。学校の空気の中で一晩、じっくりと覚悟を決める。それが自分に対する言い訳にしかならないと分かってはいる。それでもリリアには、これ以外の選択はできなかった。
昼を少し過ぎた頃、学園の建物が見えてきた。
学園の敷地はとても広い。勉学のための巨大な校舎の他にも、訓練など、何かしらの運動をする場所もある。雨が降った時のために、屋内で運動ができる建物もある。さらには、敷地の隅にだが、校舎以上の大きさを誇る寮もある。
「リリア様。私は……」
アリサは学園を一瞥した後はリリアの方に向き直っていた。アリサが言葉を続ける前に、リリアは問いを予想して先に答えを言う。
「貴方は私と同室よ」
「え……」
「あら、何か文句があるの?」
目を細めてアリサへと問いかけると、アリサは慌てたように首を振った。リリアは、ならいいのよ、と目を逸らす。
――うるさいわがままさんと寝る時まで一緒だなんて、かわいそう。
――誰のことよ。
――誰のことだろうね?
にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていそうな、そんな口調だった。リリアは眉をしかめ、
「どうせ私はうるさくてわがままよ」
ふてくされたようにそう言う。冗談だよ、とさくらが笑うのと、
「そ、そんなこと思っていません!」
アリサが叫んだのは同時だった。リリアが驚いて固まり、さくらもアリサがリリアの小声に反応するとは思わなかったのか、言葉を詰まらせている。
真剣な表情でこちらを見つめてくるアリサ。リリアは少し考え、そして小さく頷いた。
――今も夜も変わらないでしょう。
――うん。任せるよ。
さくらの了承を得て、リリアは口を開いた。
「ねえ、アリサ。貴方は本当に、そう思っているの?」
「もちろんです! 今のリリア様にそんなこと、全く思っていません!」
「じゃあ、今までは?」
「それは……もちろん思っていませんよ」
アリサがわずかに言葉を途切れさせたのを、リリアは聞き逃さなかった。だが別に不快だとは思わない。予想していた答えだ。
「アリサ。ここの声は御者台には聞こえないわね?」
「え? はい、聞こえませんが……」
「では腹を割って話しましょう」
リリアが姿勢を正してそう言うと、アリサが表情を険しくした。
「私はね。変わると決めた。そのためならやりたくない勉強もするし、短気も直していく。でも、私個人では限界があるし、周囲の人はきっと納得しないでしょう」
というのはさくらの言葉だったりする。リリア自身は未だに、自分のどこが悪かったのか理解しきれていない。それでも、この一週間で屋敷の人間の、自分を見る目が少し変わっていたのは確かだ。故にリリアはさくらに従う。だからさくらの言葉をそのまま借りる。
「私は、私が変わるために、協力者が欲しい。以前の私をよく知っていて、なおかつだめなことはだめと言ってくれる人が」
「それを……私に求めるんですか?」
「そうよ。でないとこんな話、するわけがないでしょう」
アリサが目を閉じ、黙り込む。表情は険しいままだ。リリアはアリサの思考を遮ることはせずに、彼女の答えを静かに待つ。そのまま馬車の振動に身を任せ、学園が目と鼻の先に迫ってきた時、ようやくアリサが口を開いた。
「リリア様。一つお聞かせください」
「なに?」
「貴方はまだ……殿下を狙っていますか?」
ずいぶんと直接的な表現だな、とリリアは内心で苦笑する。表情にはおくびにも出さず、リリアは首を振った。
「殿下のことはもういいの」
「本当ですか?」
「未練がないと言えば嘘になるけどね」
自嘲気味に答えると、アリサはようやく笑顔を見せた。分かりました、と頷いて、
「私でよければ、協力させていただきます。私はリリア様専属のメイドですから」
アリサの答えに、リリアも満足そうに頷いた。さくら曰く、協力者がいるのといないのとではかなり違うらしい。それは精神的なことであり、ある意味では一番重要なことだ。
よろしく、とリリアが言って、馬車の外へと視線を戻す。少しばかり嬉しく、そして恥ずかしさからそうしたのだが、アリサは気にすることなく言葉を続けてきた。
「それで、私から見た今までのリリア様がどういった人か、お答えすればいいのでしょうか?」
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ではでは。