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「それは思っていないと言うんだ」
「そんなことより、リリア。何か用があって来たのでしょう?」
母の言葉にリリアは頷くが、しかしすぐに首を振った。
「お忙しいようですし、後にします」
「いや、気にしなくていい。ティナさんのことで話していただけだ」
リリアが眉をひそめ、そして目が細められた。何を感じたのか、兄の頬が引きつる。父と母はさすがというべきか、軽く流していた。テオはきょとんと首を傾げている。
「何か、ありましたか?」
ゆっくりと笑顔を浮かべる。家族向けの笑顔ではなく、学園でも見せる笑顔だ。思えば、家族に対してこの笑顔を向けるのはこれが初めてかもしれない。だがこれはリリアには譲れない領域のことだ。
「あの子は私の友人です。手は出さないでいてほしいのですが」
「そう警戒するな。少し調べただけだ」
「そうよ。だからリリア、そんな怖い顔しないで、私の可愛いリリアに戻ってほしいわね」
リリアはまだしばらく両親を見つめていたが、やがて小さくため息をつくと表情を和らげた。もとより、この二人を敵に回すつもりなどない。『リリアーヌ・アルディス』の名はこの二人がいてこそのものだ。勝ち目などあるはずもなく、今のはただの意思表示だ。
それを分かっているからこそ、この二人も注意などせず流したのだろうが。
「ああ、それでいいのよリリア。やっぱり可愛いわ!」
母が抱きついてくる。抵抗しても仕方がないので、リリアはされるがままだ。
母、アーシャはリリアに対して家族で一番甘い人だと言える。さすがに使用人たちの目がある場所では控えているが、誰もいなくなるとすぐにリリアに抱きついてくる。煩わしい、と感じることも確かにあるが、素直に嬉しくも感じている。
「ああ、リリアのほっぺたはやわらかいわねえ……。羨ましいわあ……」
「…………」
訂正する。少しばかり怖いかもしれない。
――リリアの性格がこうなったのはこの人が一番の原因かもしれないね。
――さくら。お母様を悪く言うのは許さないわよ。
――あ……。ごめんね、そんなつもりじゃなくて……。
思った以上に低い声でさくらに言うと、さくらは狼狽えながら謝ってきた。ごめんね、と小さな声で謝ってくる声に、リリアの方が慌ててしまう。
――私の方こそ、ごめんなさい。それほど怒ってはいないから。
――うん……。ごめんね。
――それはそうと、助けてくれない?
――無理。
即答だった。リリアは頬にすり寄ってくる母をちらりと見てから、父と兄に視線だけで助けを求める。二人共に目を逸らした。頼りにならない男共だ。
「お母様。話ができません。離して下さい」
リリアが母を離そうとすると、あっさりとリリアを解放した。満足満足、と父の方へと歩いて行く。リリアは重いため息をつくと、改めて父に視線を向けた。
「それで? ティナがどうかしましたか?」
「少しだけ彼女の実家について調べただけだ。アルディスの名を利用しようとしている家なら、潰さなければならないからな」
「学園にいる間に密偵の方に調べてもらいました。……ああ、そうだ。お兄様」
リリアが思い出したように兄を見る。なんだ、と兄もリリアを見ようとして、
「あの密偵たちはどういうことでしょうか?」
兄が視線を逸らした。
「お兄様の指示だと聞いています。できれば詳しく、お伺いしたいのですが」
「いや、それはまあ、その……」
兄の視線が泳ぎ、次いで助けを求めるように父へと移動する。父はあっさりと目を逸らした。今の動きから父も関わっていることが分かるが、どうやら兄は父に見捨てられたらしい。
「許せ、クロス。お前の犠牲は無駄にはしない」
「いや、犠牲を出す前にできることがありますよね!?」
兄が父に詰め寄り、父は軽く流していた。その後も兄が何かを言おうとしたが、母が咳払いをすると二人同時に、ぴたりと止まった。
「リリア。話を戻すけど」
母がリリアへと言う。リリアが頷き、母が続ける。
「ティナさんに関しては疑っていません。ただ、彼女の家を通して別の誰かが出てこないとも限らないので調べています。その程度なので気にしないように」
「そうですか。分かりました」
その程度を調べることぐらいは、この家では日常茶飯事だ。気にしても仕方がないことだろう。
「むしろここからが本題ね」
「本題、ですか?」
「テオがティナさんを気に入ったようでね」
困ったものだ、と言いたげに片手を頬に当てる。リリアはわずかに頬を引きつらせ、テオを見た。テオはにこにこと無邪気な笑顔を浮かべている。
「いきなり告白したとか」
「そうですね。私も居合わせました。テオ、ティナが困っていたから気をつけなさい」
テオへと注意すると、テオは大人しく頷いた。それでも笑顔は変わらなかったが。
「それに公爵家の者が男爵家の者と一緒になるなんて……」
「ん? 別に構わないぞ」
「は……?」
「少なくとも私とアーシャは反対しない。その時点で問題はないことになるな。周囲の貴族も、むしろアルディスが弱体化すると喜ぶことだろうよ」
「もっとも、そう思った連中は軽く潰しておくことになるけど、ね?」
くつくつと、うふふと、父と母が笑う。それを見た兄はため息をつき、首を振った。リリアはわずかに眉をしかめ、しかし何も言わずにおく。
「リリアのあれは、親に似たのだな……」
ぽつりと零した兄の言葉は聞こえなかったことにした。
「まあ、だから私たちにとっては問題ない。むしろ早めにブレイハ男爵殿に話をしなければと思っていたところだ」
「それはまだ早いと言っているでしょう、父上」
口を挟んだのはクロスだ。そしてそれを聞いて、なるほどとリリアは納得した。ブレイハ男爵に話を通そうとする両親に、兄が反対しているのだろう。その話し合いをここでやっていたらしい。面倒な場面に出くわしてしまったと少しばかり後悔する。
「リリア。お前の友人だろう。お前はどう思う」
兄の問いかけに、リリアは迷うことなく即答した。
「本人に聞いてください」
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ではでは。




