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「あ、あの……。リリア……」
「あら。どうしたの?」
「……っ!」
ティナが息を呑み、表情を強張らせた。リリアが首を傾げ、さくらがため息をついた。
――リリア。顔が怖いよ。落ち着いて。
――あら……。ごめんなさい。
意識していなかったが、どうやら顔に出ていたらしい。リリアは今度こそ深呼吸をして、そして普段の笑顔を貼り付けた。
「ごめんなさいね、少し思うところがあっただけなのよ」
ティナに謝ると、ティナはまだ警戒していたようだったが、恐る恐るといった様子で部屋に入ってきた。リリアへと近づき、頭を下げた。
「ごめんなさい」
まさか謝られるとは思っておらず、リリアは口を半開きにしてしまう。すぐに表情を取り繕うと、首を傾げた。
「どうして貴方が謝るのよ」
「だって……」
「別に気にしなくていいわよ」
さくらの言う通り、ティナは何も悪いことをしていない。それなのにティナに当たるわけにはいかない。
「それで? あの後はどうしたの?」
「ちょっとだけお話して、戻ってきたよ」
「へえ。よく逃げられたわね」
まだあれからあまり時間が経っていない。テオが話を切り上げたとは思えないので、ティナがテオから逃げてきたのだと判断する。だがティナは苦笑すると首を振った。
「通りかかったクロスさんが助けてくれたんだよ。テオ君の襟首を掴んでどこかに連れて行っちゃった」
「お兄様が?」
兄はリリアには厳しいが、テオには甘いところがある。というのも、テオは家族の中では体が弱い方だ。父と母はそんなテオにもある程度厳しくしているが、兄はいつもテオを甘やかせているような気がする。その兄が、テオを無理矢理連れて行くとは思わなかった。
――気を遣ってくれたんだろうね。
――は? お兄様が? 誰に?
――リリアに。
――あり得ないわね。
想像すらできずに鼻で笑ってしまう。さくらは、そうだろうね、と楽しげに言う。
――お父さんもお兄さんも、すごく不器用だからね。
さくらの言葉に、リリアは首を傾げるしかなかった。
ふとティナを見る。何も言わず、こちらの様子を窺っていた。リリアは小さくため息をつくと、テーブルを指で叩いた。
「気分転換に勉強でもしましょうか。教材を持ってきなさい」
「あ、うん! 持ってくるね!」
ティナがすぐに部屋を出て行く。リリアはそれを見送って、ゆっくりとため息をついた。
その後、しばらく待ってもティナが戻ってこず、探しに行ってみれば迷子になってメイドに保護されていた。お菓子と紅茶を出されてもてなされているティナは、とても居心地悪そうに小さくなっていた。
その日の晩の夕食は、何があったのかと思うほどに豪華なものになっていた。それほど見栄を張りたいのかと呆れてしまう。目の前に並ぶ高級料理の数々にティナは目を白黒させていた。
「気にせず食べなさい」
両親に言われて、ようやく食べ始めていた。
翌日。朝食を済ませた後、リリアとティナはリリアの部屋で勉強をしていた。せっかくの休みなので、ティナの苦手分野を徹底的に勉強する。ティナが自宅に戻る前に終わらせてしまおう、そう思ったところで、そう言えばとリリアは思い出した。
「ティナ。貴方はいつまで滞在するの?」
「え……。早く帰った方がいい?」
少しだけ泣きそうな表情になって聞いてくる。リリアは慌てて首を振った。
「そういうことじゃないわよ。馬車とかの手配が必要だから聞いているだけよ」
「あ。そっか……。どうしようかな……」
どうやらしっかりと考えてはいなかったらしい。ため息をつきたくなるのを堪え、ならどうするかと視線で問う。少し考え、そして言った。
「リリアは、その……。私の家には来てくれるの?」
宿のことだろうか。そう言えばリリアもそれはまだ聞いていない。
「そうね。これからお父様たちに聞いてみましょう」
「うん。それでね、もし来れるなら、一緒に行きたいと思ってるんだけど……」
つまりはそれまでここに滞在するつもりだということだろうか。リリアは特に問題はないが、父たちがどう答えるかは分からない。
――これは今すぐ聞いてきた方がいいわよね?
――うん。早めに聞いておいた方が予定を作りやすいしね。
「ティナ。聞いてくるから、少し待っていなさい」
「え? あ、でも、今行くと迷惑じゃないかな。お仕事、とか……」
「それならまた夜にでも聞くわよ。とりあえず行ってくるから、ここからここまで、解いておきなさい」
ティナの目の前にある教材をつまむ。え、とティナの動きが止まった。そのティナを置いて、リリアは出口へと向かう。
「私が戻ってくるまでに終わっていなければ、さらに追加するから」
「ええ!? わ、分かった! リリア、ゆっくり行ってきてね!」
ティナが慌てて問題を解き始める。リリアは満足そうに頷くと、自室の扉をそっと閉じた。
――リリア。さすがに多いと思うんだけど……。十ページぐらいなかった?
――大丈夫でしょう。すぐに解ける問題ばかりよ。
それでも、確かに多すぎたかもしれないとは思う。父の部屋までゆっくり歩くことにした。
父の部屋の扉をノックして、少し待つ。入れ、という声に従い部屋に入ると、兄と母、テオの姿もあった。
「あら……。私だけ仲間外れですか?」
悲しげに眉を下げてそう聞いてみると、両親と兄が苦笑した。
「思ってもいないことを言うな」
「失礼ですね。思っていますよ。針の先ほどぐらいには」
父の言葉に軽口で返すと、兄がため息をついた。
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ではでは。




