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「どうしたの? せっかくお友達が遊びに来ているのだから一緒にいてあげないと」
「はい。すぐに戻ります。ですがその前に、ティナの部屋についてですけど……」
さくらから聞いたことをほぼそのまま伝えた。すると母は眉間にしわを寄せ、なるほどねと頷いた。
「確かに貴方の言う通りね……。あの部屋では過ごしにくいでしょうね。私としても本意ではないのですぐに用意させましょう」
そうして次にティナのために用意された部屋は、一回り小さな客間だった。母と共にティナを案内して、二人でティナの顔色を窺う。まだ引きつっていたのでさらに別の部屋を、と思ったが、
――もういいと思うよ。これ以上すると、逆に気を遣われすぎていることに辛く感じると思うから。
――分かったわ。部屋選びも難しいものね……。
まだ幼い頃の話だが、クリスなどが泊まりに来た時や自分がクリスの家に泊まりに行った時など、どちらも遠慮などしなかったものだ。育ち方の違いなのだろうか。
「ティナ。テオ……弟に任せている花壇を見に行くけど、どうする?」
荷物を移動させている使用人たちに恐縮そうに頭を下げていたティナが、勢いよく振り返って顔を輝かせた。それだけで答えは分かる。
「見たい!」
「分かった。案内するわね」
「あ、でも……」
未だ働き続けている使用人たちに視線をやる。手伝った方がいいのでは、と思っているのかもしれない。リリアは小さくため息をつくと、ティナの手を取った。
「気にしなくていいから。行くわよ」
「あ、待って、分かったから……!」
そうして部屋を出て行くリリアたちを、使用人たちがいってらっしゃいませ、と恭しく頭を下げて見送った。
裏口から庭に出る。すぐ側の花壇に立つ少年が、満足そうに頷いていた。
「テオ」
リリアが声をかけると、テオが勢いよく振り向いた。リリアを認めると、花が咲いたような笑顔になりリリアへと飛び込んでくる。リリアはそれを受け止めると、よしよしと頭を撫でた。
「おかえりなさい、お姉様! もう帰っていたんですね」
「結構前なのだけどね。昼食もここで食べたし。ところでテオ、そろそろ離れてくれないかしら?」
テオは慌てたように飛び退いた。そしてすぐに頭を下げてくる。
「ごめんなさい! 嬉しくてつい……」
「別にいいわよ。気にしなくても」
引き籠もる前は懐いてくるテオがとても煩わしく思えていたが、今は少しだけ考え方が変わり、これも悪くはない、程度には思っている。もっとも、やはり煩わしいと感じてもいるのだが。
「テオ。紹介するわ。私の友人のティナ・ブレイハよ」
「初めまして、テオ君。ティナです。よろしくね」
ティナがテオへと笑顔を向ける。テオは挨拶をしようと口を開き、そしてティナを見て固まった。怪訝そうに首を傾げるリリアとティナ。テオは未だ言葉を発せず、口を開けたまま凍り付いている。
――あー……。こうなるのか。
さくらの、どこか納得したような言葉。それはつもり、テオが固まってしまった原因を知っているということだろう。
――どういうことよ。
――えっとね……。リリア。怒ったらだめだよ? ティナは悪くないからね?
一体何だと言うのだ。リリアが眉をひそめると、テオが動き出した。ティナへと向き直り、姿勢を正して、しっかりと頭を下げる。
「初めまして! テオ・アルディスです!」
そんな元気な挨拶。そして。
「好きです! 一目惚れしました!」
告白だった。
「は……?」
「え……?」
今度はリリアとティナが固まった。たっぷりと十秒以上も凍り付いた後、先に動いたのはティナだった。
「えっと……。ごめんね、聞き間違いだと思うから。もう一度、お願いできるかな?」
なるほど。聞き間違い。そうだろう、聞き間違いだとも。まさか先ほど自分に抱きついてきた弟が、いきなり告白など。
「好きです! 一目惚れしました!」
聞き間違いだと信じたかった。
そうか、とリリアは頷き、そしてティナへと『笑顔』を向けた。
「だ、そうよ。ティナ」
「え、あ、まって、まってリリア……。あの……」
「私は先に部屋に戻るわね。ごゆっくり」
にっこりと。『笑顔』で告げて、その場を後にする。
「リ、リリア!?]
ティナが呼び止めるように名前を呼ぶが、リリアは無視して自室に戻った。
リリアはテオと仲が良かったかと聞かれると、決してそんなことはなかった。テオが一方的に懐いてきているだけで、リリアとしては適当に相手をしていた記憶がある。だが、それでも。自分以外の誰かを好きになるテオを見ると、どうにも不愉快だった。
当然ながら恋からくる嫉妬というわけではない。どうにも気分が悪い。それだけだ。
――そう言えば、さくら。こうなることが分かっていたみたいね?
さくらへと問いかけると、さくらは苦笑したようだった。
――うん。確信があったわけではなかったけど、ね。ごめんね。前もって言っておくべきだったね。
――いいわよ、別に。
聞いていたとしても、こればかりは信じなかったかもしれない。冗談の類いだと思ったはずだ。リリアは深くため息をつき、天を仰いだ。
――あのね。リリア。ティナは何も悪くないからね。怒ったらだめだよ?
――怒ってないわよ。
――えー……。
怒るつもりはない。ティナに非がないことは分かっている。こればかりは自分の問題だ。リリアが気持ちを落ち着かせようと深呼吸しようとして、不意に扉がノックされた。
「どうぞ」
扉が開かれ、ティナが顔を出した。
そんなわけで? フラグが立ちそうです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




