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ティナが帰った後、リリアは図書室に顔を出した。相変わらずリリアに気づいた生徒たちがぎょっとするが、気にしても仕方がないので真っ直ぐにいつもの部屋に向かう。
部屋の中には、いつものようにレイがいた。リリアに気が付いたレイが顔を上げ、表情を輝かせる。そしておもむろに手元の紙を掴むと、それを広げてリリアに見せてきた。
「一位だ!」
「そうね。おめでとう」
「反応悪くない? 結構がんばったんだけど」
レイはどこか不満そうだった。リリアが冷たい目で睨むと、レイがびくりと体を震わせた。
「前回も一位だったじゃない。私に教わって順位を下げるなんて許さないわよ」
「え……。あれ? なんだかすごいプレッシャーを与えられた気が……。あ、あの、お聞きしますが、もし下げてしまった場合はどうなるのでしょう……?」
「二度と私の視界に入らせないわよ」
「ええ!? うわ絶対に落とせない……。もっと勉強しないと……!」
少しばかり顔を青ざめさせながら、レイが呟くように言った。
実際のところ、二度と会わないというのは嘘だ。リリアもそこまで鬼ではない。教える時に厳しさを増すだけだ。だが何故かすでにやる気を出しているのだから、訂正する必要はないだろう。
――哀れだ……。がんばれ、レイ。私は応援しないから。
悲しそうにさくらが言う。応援しないのか、と言いたくなるのを堪え、レイの対面に座った。
「心配しなくても勉強は教えてあげるわよ」
「だから成績を落とすなってこと?」
「当然ね」
「うわあ……。僕の国の先生よりよっぽど怖いし厳しいよ……」
レイの頬が引きつる。リリアは気にすることもなく、指でテーブルを叩いた。
「さあ、教えてあげるから早く出しなさい」
「はい……」
レイが試験の答案を差し出してくる。それを見ると、ほとんど正解になっているのだが所々で点を落としていた。なるほど、と頷きながら答案を返す。受け取ったレイは、どこか緊張した面持ちでリリアを見つめていた。
「まずはその間違った問題の解説からいきましょう」
「はい!」
レイがしっかりと頷いたことを確認して、リリアは問題の解説を始めた。
時間が経ち、日が傾き始めた頃。リリアは持っている本に視線を落としながら、ちらりとレイの様子を窺う。レイはリリアが指定した問題を解いているところだ。もう少し時間がかかるだろう。おそらくはこの問題の解説が終わったら、帰る時間となるはずだ。
――じゃあきりもいいし、今日の講義はここまでだね。
さくらの声に頷き、リリアは本を閉じた。いつもと同じように読んでいるふりをするための本なので、中身は全く覚えていない。その本をテーブルに置き、レイを待つ。
見られていることに気づいたのか、ふとレイが顔を上げた。
「リリアさん、どうしたの?」
「いえ、別に。それよりもまだかしら? そろそろ帰りたいのだけど」
「も、もう少し……」
慌てたように視線を落とす。リリアは小さくため息をつきながら、いすに深く腰掛けた。
「あの、一つ聞いてもいい?」
レイの声。リリアは手の動きだけで先を促す。
「休暇の予定は何かあるの?」
またか、と思ってしまった。リリアがため息をつくと、レイが慌てたように言う。
「ご、ごめん! 答えたくなければ別にいいから……」
「大した予定なんてないわよ」
「え……?」
きょとんと、不思議そうに首を傾げてくる。リリアはレイと目を合わせないようにしながら、
「友人が訪ねて来る予定もあるし、遠出の予定も入りそうだけど、今のところはその程度ね」
それがどうかしたのか、と目線でレイに問うと、レイは曖昧な笑顔を浮かべて問題に戻った。
「そうなんだ……。ないんだ……」
レイの声はどこか嬉しそうだ。リリアは首を傾げながらも、それ以上は聞かなかった。
翌日。私物などが片付けられた部屋で、リリアは紅茶を飲みながらティナを待っていた。リリアの荷物はすでに屋敷から来た使用人たちが運び出している。今頃は馬車の上で屋敷に向かっている頃だろう。本当ならリリアもその馬車に乗って帰るつもりでいたのだが、ティナがまだ来ていないために部屋で待っていた。
ゆっくりと時間をかけて飲んでいた紅茶を飲み終えたところで、扉がノックされた。いつも通りにアリサが出迎える。
「おはよう、リリア」
ティナが満面の笑顔で入ってきた。両手には私物が入っているのだろう大きなかばんを持っている。私服姿で、リリアがもらった服よりもさらに地味だ。
「多いわね」
ティナの荷物を見ながら言うと、ティナは困ったように眉尻を下げた。
「忘れ物をしても取りに戻れないからね。あれもいるかも、これもいるかも、と思ってかばんに入れたら、いつもこうなってるんだよ」
「そう。他の子も?」
「うん。でもやっぱり私は多い方みたいだけど」
あはは、と照れたように笑う。リリアには他の基準が分からないので何も言うことができないのだが。
――こうして考えてみると、家が近いというのは便利ね。
――リリアは忘れ物しても使用人の人に言えばすぐに持ってきてくれるからね。
リリアがアリサに目配せすると、アリサはすぐに頷いた。失礼します、とティナの荷物の一つを受け取る。ティナは驚いていたようだったが、ありがとうございますと手を離した。
「行きましょうか」
リリアがそう言って立ち上がる。先ほどまで飲んでいたカップはそのままテーブルに置いておいた。寮の備品なので後ほど誰かが回収するだろう。
リリアが部屋を出て、アリサ、そしてティナがそれに続く。そのまま寮を出て、アルディス家所有の馬車に乗り込んだ。
「今からだと着くのは昼過ぎになるわね。ティナ、何か買っておいても……」
対面に座ったティナの表情を見て、リリアは眉をひそめた。ティナはにやにやといたずらっぽく笑っている。最後まで手放さなかった荷物から、小さな紙の箱を取り出した。いつもの見慣れた箱だ。
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ではでは。




