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――お父さんにお手紙送ってみようよ。
――別にいいけど、家にいるとは限らないわよ。
――いる。間違いなくいる。断言する。
リリアはわずかに眉をひそめる。父はあれで忙しい立場なのだから普通はいないと思うのだが、さくらはいると確信を持っているようだ。不思議に思いながら、アリサに便せんとペンを持ってくるように命じた。
アリサがすぐに便せんとペンを持ってくる。それを使って、すぐに手紙をしたためた。書いた内容は三つのことだ。明日帰る旨と、成績のこと。そして、下級貴族の友人を連れて行ってもいいか、ということ。さくら曰く、友人の前に成績を書いておいた方がいい、とのことだった。心証を良くするため、だそうだ。
「シンシア」
リリアが呼んだ名前に、ティナが首を傾げた。ここにいない人の名前を呼んだことを不思議に思っているのだろう。そして、シンシアが天井から下りてきたことにさらに驚いていた。
「これをお父様に届けてもらえる? 多分だけど、家にいるわ。すぐに返事をもらってきて」
「畏まりました」
父は多忙だ。本来なら、すぐに返事をもらってこい、というのは無茶な命令になる。だがシンシアは迷いなく頷いた。簡単なことのように。
――事実、簡単だしね。
さくらの言葉に、リリアは首を傾げた。
返事が来るまでの間、リリアはティナの試験の答案を見ていた。ティナと共に行動できるなら、教える時間も作れるだろう。今のうちにティナの苦手なところを把握しておきたい。
全てを見終えて、さくらと相談しながら今後の方針を決める。そうしている間に、シンシアが戻ってきた。
「どうぞ」
シンシアから渡された手紙に目を通す。
――わくわく。
――いちいち言葉にしなくていいわよ。えっと……。
手紙ありがとう。愛する娘よ。リリアからの手紙が届けられた時は本当に嬉しく天にものぼるような……。
――とばすわよ。
――お父さんが大好きアピールをしてるのにかわいそうだよ! とばして!
――どっちなのよ。
苦笑しながら、三枚ある便せんの最後の一枚を見る。驚くべきことにまだ喜びの表現が続いていた。さすがに頬を引きつらせながらも、最後の文章に目を落とす。友達なら例え庶民でも歓迎だ、是非連れてきなさい、と短く書かれていた。
――手紙とかになると性格が変わる人ってどこにでもいるものだけど、これほど違う人は初めてだよ。
――私も知らなかったわよ。知りたくもなかった。
リリアの中では、父はとても厳格な人だった。それがこのような手紙を書いてくるとは。正直、少しばかり幻滅してしまう。他の人、特に仕事での手紙ではまともであることを願うばかりだ。
――大丈夫だよ。リリアにだけだから。
――どうして言い切れるのよ。
――秘密。
どうやら答えてくれる気はないらしい。いつものことなのでそれほど気にはならないが。
手紙からティナへと視線を移す。ティナはどこか緊張しているような面持ちでリリアを見つめていた。
「お父様から許可が下りたわ。歓迎するそうよ」
「本当!? どうしよう、すごく嬉しい!」
満面の笑顔で喜ぶ。そこまでのことかと呆れてしまう。自分たち二人がどのように見えているのか、アリサとシンシアはこちらを見ながら微笑んでいた。
「それにしても、もっと前々から言ってくれれば良かったのに。どうしてこんなに直前なのよ」
「迷惑かけると思って、どうしても言えなかったんだ……。でも、リリアならもしかしたら、と思ったりもして、悩んでいるうちに試験が終わってました」
あはは、と照れ笑いを浮かべる。リリアは呆れてため息をついた。
「それで直前になっていたら意味がないでしょうに。そんなに私の家に来たかったの?」
冗談交じりにそう聞くと、予想に反してティナは真剣な表情で頷いた。目を丸くするリリアに、ティナはまた照れくさそうにしながら言う。
「ただの憧れ、なんだけどね。一度でいいから友達の家に遊びに行きたいなって……」
「大げさね。貴方の家がある町に友達ぐらいいるでしょうに」
「何人かはいたけど、遊びには行けないよ」
言いながら、ティナは悲しげに目を伏せた。リリアには意味が分からないことだ。まだそれほど長くない付き合いとはいえ、ティナは社交性がある方だと思っている。学園に来て無理矢理に性格を偽っているなら話は別だが、少なくともリリアにはティナはいつも自然に振る舞っていると感じている。ティナの性格なら友達がいないということはないはずだ。
答えが分からずに内心で首を傾げていると、いつものようにさくらが教えてくれた。
――リリア。男爵家が庶民からどう見られているのか、知ってるよね。
――成り上がり、でしょう。それぐらい知っているわよ。
――うん。その成り上がりの家の子供を自宅に招きたいと思う?
その問いに、リリアは即答した。
――別に構わないと思うけど。
――あはは。うん。リリアがそう思うことはいいことだよ。でも、残念だけど普通は思わないよ。関わり合いになるのも嫌だと思う。
――そうなの? 極端ね。
――うん。例え理解のある大人でも、やっぱり関わり合いにはなりたくないよ。だって男爵とはいえ立派な貴族だからね。もし何かあって怪我でもさせてしまうと大きな問題になるし、下手をすると疑われる。庶民は男爵家を嫌っている、ただそれだけの理由で。だったらやっぱり、最初から関わりがない方がいいよ。
なるほど、とリリアは頷いた。無論、他の理由のある人もいれば、そんなことは一切気にせず家に招く者もいるかもしれない。だが残念ながら、ティナの周囲にはそういった人はいなかったのだろう。
「今まで遊びに行ったことも、来たこともなかったの?」
「来たことはあったよ。でもその子も、ご両親にばれちゃった後は来なくなったけど……」
――面倒ね。何を気にしているのやら。
――こればっかりは仕方ないよ。だから怒ったらだめだよ。
――別に怒ってないわよ……。
気持ちを落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸する。さくらが、やっぱり怒ってる、と笑ってくるが無視しておく。
「よく分かったわ。まあ、私はそんなことは気にしないから。明日は準備ができたらこの部屋に来なさい」
「うん。ありがとう、リリア」
ティナの笑顔が直視できず、リリアはそっと視線を逸らした。
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ではでは。




