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「クリステル、様?」
「私がいるのがそれほど意外ですか?」
「あ、いえ! 失礼致しました!」
勢いよく頭を下げる三人。クリスはやれやれと首を振ると、席を立った。
「騒がしくなってきましたね。私は先に……」
「あ、クリステル様! よければ一緒にどうですか?」
ティナの明るい声に、クリスは訝しげにティナを見る。
「どうも何も、何をするのか聞いていないのだけど」
「あ、そうでした。実はですね……」
「その前に、ティナ」
説明しようとするティナに割って入ったのは他でもないリリアだ。ティナが首を傾げてこちらへと向いて、そして笑顔が固まった。
「とりあえず、来なさい」
テーブルを指で叩く。かた、と天井から音が漏れてきた。セーラは誰にも気づかれないように、そっと距離を取っている。
――怖いよ、リリア。
今だけはさくらの言葉は無視だ。ティナを真っ直ぐに見ると、ティナののどが小さく動いた。
「は、はい……」
おずおずといった様子で、ティナはリリアの前に立った。そのティナへと、リリアは『笑顔』を向けた。
「ティナ・ブレイハ」
「はい!」
「人の部屋を待ち合わせにする前に、まず許可を取りなさい。いいわね?」
「はい! ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げるティナに、リリアは満足そうに頷いた。
「あら。どうしたの?」
リリアの視線の先は、アイラとケイティンだ。二人はそろって曖昧な笑顔を浮かべるだけだった。クリスとセーラに視線を向けると、こちらも笑顔が引きつっている。どうしたというのだろうか。
――もう何も言わないよ……。それよりリリア、用件を聞こうよ。
さくらは何かしら納得しているようだったが、それ故にやはり気になってしまう。だがまあいいかとすぐに切り替えて、ティナへと用件を問うた。
「えっとね……。ご飯、行かない?」
「改めて聞いてくること? いいわよ、行きましょうか」
そう言った瞬間、何故かクリスとセーラが目を瞠った。今度は何だとばかりに視線を投げると、
「時折、庶民用の食堂にリリアーヌ様が入っていったと聞くことがありましたが……」
「本当にリリアーヌ様ご本人だったのですね。驚きました」
そう言えばこの二人には言っていなかった。言う必要もないと思っていたためでもある。
「そういうことでしたら、私は行けませんね」
クリスが少しだけ残念そうにそう言って、ティナがどうしてかと首を傾げる。その様子に、クリスは苦笑した。
「リリアーヌ様で慣れているとは思いますが。私たち上級貴族がそちら側に行くことは望ましくありません。他の方も緊張するでしょうし」
「でしたら私も遠慮した方がいいでしょうか」
「いえ、セーラさん。貴方は大丈夫だと思いますよ。私は良くも悪くも、この学園では有名ですから」
クリスの目がリリアへと向く。リリアは何も言わず、そっと目を逸らした。クリスが学園内で有名になっている原因は、間違いなくリリアにある。リリアーヌ・アルディスと対立している生徒は王子を除けばクリスぐらいのものだ。それも仕方がないだろう。
「あ、でも食堂にはお弁当をもらうだけで、実際に食べるところは違います」
「まあ、お弁当ですか。どちらへ?」
「え? えっと……。その……。わ、私の部屋?」
自信のなさそうな言葉に、そこまで考えていなかったのだろうと自然とため息をついてしまった。ティナが慌てて言う。
「わ、私の部屋なら誰も来ないから、みんなで集まるならちょうどいいかなと思って、ですね!」
「そんなに慌てて言い訳を並べなくてもいいわよ」
苦笑しつつクリスを見てみれば、どうにも難しい表情をしていた。二階の者はリリアには慣れたが、さすがにクリスが行くとまた騒ぎになるだろう。クリスもそれが分かっているはずだ。
――ここでやればいいと思うけど、だめなの?
さくらのそんな声。なるほど、とリリアは頷いた。
「ティナ。お弁当、というのは貴方以外が行ってももらえるの?」
「え? うん。多分大丈夫だと思うけど……」
「それじゃあアリサ。ちょっともらってきてくれる?」
アリサを指名すると、予想ができていたのかすぐに頷いた。持っていたものをテーブルに素早く並べ、では行ってきますと部屋を出て行った。
「い、いつの間に……」
アイラが口を半開きにしてテーブルを見る。人数分のカップに紅茶が満たされていた。
「一緒に話を聞いていませんでした?」
ケイティンが不思議そうに聞いて、リリアは何故か少し嬉しくなり、頬が緩んだ。
「私のメイドは優秀なのよ」
「いいですね。リリアーヌ様、私のメイドと交換しませんか?」
「絶対に、嫌よ」
あれは自分のメイドだ、とクリスを睨むと、クリスは分かっていますとばかりに笑いながら肩をすくめてみせた。クリスが本気でないことは分かるので、リリアもすぐに、鼻を鳴らして姿勢を戻した。
――いい傾向だとは思うけど、物扱いになってる気がする。
さくらのそんな小さな呟きは、リリアには聞き取れなかった。
全員で紅茶を飲んでいる間に、アリサは人数分の木箱を抱えて戻ってきた。器用に扉を開けて中に入ってくる。それを見たティナとアイラ、ケイティンが慌てて手伝いに行った。
「一人で行かせるのはかわいそうだったかしら」
「私たちが手伝うとまた周囲が騒ぐでしょう。仕方がないことです」
そう話している間に、弁当箱がテーブルに置かれた。ふう、と短く息をつくアリサに労いの言葉をかけてやる。
「ありがとう、アリサ。お疲れ様」
「いえ。一先ずこちらに置きましたが、他の場所が良ければまた運びますので」
「大丈夫よ。ここでいいわ」
畏まりました、と恭しく一礼して、そのまま数歩下がった。
日曜日です。余裕があれば、昼前にもう一話投下します。
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ではでは。




