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――でもこれだと、私へのお祝いというよりさくらへのお祝いね。
――あ……。ほんとだ……。ごめんね、リリア。
――どうして貴方が謝るのよ。これはさくらのおかげなのだから、間違っていないでしょうに。
リリアがそう言うと、しかしさくらは勢いよく否定してきた。
――リリアががんばったから、だよ。私が何を言っても、リリアががんばらなかったら意味がないから。だからこれは、リリアががんばったからこその結果だよ。
そういうものか、と思うが、しかしリリアにとってもさくらがいなければこの成績はなかったものだ。だがそれを言っても、さくらは納得しないだろう。少し考えて、なら、とリリアが頷いた。
――この苺大福はさくらへのご褒美。私はさくらの歌が聞ければいいわ。
――ええ!? う、歌かあ……。改めて言われると、照れちゃうけど……。よ、よし、がんばる!
――次の週末を楽しみにしているわ。
いたずらっぽく笑ってやると、むむ、とさくらが唸り始めた。そして、あ、と思い出したように声を発する。
――リリア。挙動不審です。
リリアの頬が引きつった。そっと顔を上げると、アリサがとてもいい笑顔でリリアを見つめていた。
「リリア様が嬉しそうで、私としてもとても嬉しく思います」
「いえ、違うのよ、あ、嬉しくないというわけではなくてね……」
どうやらアリサは見事に誤解をしたらしい。リリアはどうやって誤解を解こうかと考えるが、いい案は思い浮かばないので諦めることにした。
苺大福を食べ終えて、さてどうしようかと考え始めた頃。部屋の扉がノックされた。すぐにアリサが扉を開けて応対する。それを見守っていると、アリサが振り返って言った。
「リリア様。クリステル様がお見えになりました」
「クリスが? いいわよ、通して」
アリサが一礼して扉を開ける、部屋に入ってきたクリスはアリサに案内されて、リリアの対面に座った。
「どうしたの? まだ試験の解説中でしょうに」
「あとで分かる者に聞けば十分ですよ」
確かクリスはほぼ全ての授業を真面目に出席していたはずだ。そのクリスの珍しい言葉に、リリアが驚きで目を丸くする。それに気づいているのかは分からないが、クリスが続ける。
「明日から学生は実家に帰り始めます」
「ええ、そうね」
「その前に、リリアーヌ様に相談したいことがあります。聞いていただけますか?」
これもまた、珍しいことだ。クリスがリリアを頼ることなどそうそうない。それだけに、一体どういった内容なのかと自然と身構えてしまった。
「いいわ……。なに?」
「ええ。実は殿下のことなのですが」
まさか、とリリアは目を見開いた。
「殿下のことを好きになったの?」
「それはあり得ません」
即答だった。リリアが口を半開きにして間抜けな顔をさらし、クリスはすぐに自分の発言に気が付いて少しばかり慌てたように、
「違います! 殿下は魅力的です、ええ、魅力的ですよ! だからこそ私に振り向くことなどあり得ないという意味であり」
「で? 内容は?」
「くっ……! そ、そうですね。内容ですね」
こほん、と小さく咳払いをして、クリスはいすに座り直した。
――あれ、この子もしかして面白い子?
――時折自分で墓穴を掘ってくれるわよ。
――なんという天然! いや、天然とは少し違うかな。まあいいや。
クリスはどうにも言いにくそうに、視線をあちらこちらへと彷徨わせていた。いい加減煩わしいと感じ始めたリリアがテーブルを指で叩くと、クリスが慌てたように姿勢を正した。
「実はですね……。恋愛相談を受けているのです」
「は……? ああ、恋愛相談をしたい、ではなく受けている、なのね。貴方たちはそういった話もしているのね。いいじゃない、楽しそうで」
「友人からではなく、殿下からです」
「…………」
リリアが言葉に詰まり、そっと視線を逸らした。少し考え、よし、と立ち上がる。
「図書室に行ってくるわ」
「ちょっとリリア! 助けなさいよ!」
「クリス。素が出てるわよ」
はっとクリスが我に返り、咳払いをする。そして笑顔を貼り付けた。
「失礼いたしました。リリアーヌ様」
「私は別に素でも構わないけど」
「いえ。学園内であろうと、公爵家の方の部屋にいるのです。お心遣いだけいただいておきます」
――すごくかたい子だね。いや、いいことかもしれないけど。
――そうね。すごく面倒くさいわ。
――はっきり言うなあ……。
さくらの苦笑を聞きながら、リリアは小さくため息をついていすに座った。
あの王子がクリスに恋愛相談をしているとは思わなかった。しかしいい判断だとも思う。クリスなら妙な指示を出したりはしないだろう。しかし、わざわざここに来てそれを報告する意味が分からない。相談なのだから何かあるのだろうとは思うが。
「それで?」
「はい……。殿下に頼られて、私も嬉しく思います。殿下の動きをこちらで把握できるということですから。私も真剣に相談を受けています」
ならば何も問題ないように思える。リリアが困惑しているのを見て察したのか、クリスは真剣な面持ちで続きを口にした。
「リリアーヌ様。殿下の想いが成就すると思いますか?」
クリスの問いの答えは、決まっているものだ。
「無理よ」
ティナは男爵家だ。どう考えても、王の正妃になれるほどの身分ではない。少なくとも上級貴族でなければ、貴族連中は納得しないだろう。リリアからしてみれば、別にいいだろうと思うのだが。
――単純に興味がないだけだよね。
――そうともいうわね。
部屋での会話がしばらく続きそうです。
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ではでは。




