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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期

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さくら

※始まりの前の終わりのお話です。登場人物が死んでしまう描写がありますので、苦手な方は飛ばしてください。

 日本のとある町。都会というほど大きくもなければ、田舎というほど小さくもない、そんな町で冬月さくらは生まれ育った。名前の由来は、生まれた日に桜が満開に咲いていたから、とのことだ。それを知った幼いさくらは両親に言ったものだ。


「適当だ!」

「適当じゃねえ!」


 ものすごく怒られた。理不尽だ。


 そんなさくらは、小さな頃から人気者だった。女の子なのに体を動かすことが大好きで、よく男の子とまじって鬼ごっこやかけっこをしていた。女の子と仲が悪かったかと言えばそうでもなく、おままごとや人形遊びにも参加していた。

 誰とでも遊び、すぐに仲良くなる。相手が誰であろうと物怖じせず、積極的に関わる。それがさくらの幼少時代だ。


 小学生、中学生となってもそれは変わらなかった。相変わらず外で遊ぶことが好きで、女性の特徴が出始めてもそれは変わることなく、一緒に遊ぶ男子たちが困惑したほどだ。

 学校での成績も優秀で、塾などに通っているわけでもないのに常に一桁の順位を維持した。本人曰く、真面目に授業を受けていればだいたい分かるよ、とのことだ。これには仲の良い友人から敵意のこもった目を向けられ、それ以来口には出していない。


 そんなさくらに嫉妬する者も当然いたが、しかしさくらはそんな人にもやはり分け隔てなく接していた。勉強が分からないという子には積極的に教えていたし、内向的な趣味の子とも話をする。

 そんなさくらに対する周りの評価は様々だ。

 天真爛漫を絵に描いたような女の子。誰に対しても優しく、面倒見が良い。いつも元気だがそれ故に時折空気が読めない。勉強に関して他者の苦労が分からないらしい。

 多くの人に愛され、一部の者に嫌われる。それが冬月さくらだ。




 高校受験の時にもさくらはいつも通りだった。周囲が勉強を始めても決して成績を落とすことはない。だからこそどこの高校に行くのかと誰もが興味を持ったが、さくらが選んだのは自宅から一番近い公立高校。成績は可も無く不可も無く、という高校だ。理由は単純、近いから。あとは制服が中学と似ていたから、というものもあったらしい。黒を基調としたセーラー服で、周囲からは地味だと言われていたがさくらはそれが気に入っていた。




 中学の卒業式。さくらは後輩たちに囲まれて何度も挨拶され、ようやく抜け出した時には仲の良い親友が苦笑していた。


「さくらは相変わらず人気者ねえ。羨ましいわ」

「からかわないでよ。さすがにちょっと疲れたんだから……」


 さくらを待っていてくれた友人に同じ苦笑で答え、共に家路につく。帰り道は途中まで同じだ。他愛のない話をしながら帰るのが二人の日課となっている。その日課も今日で終わりだと思うと、少しばかり寂しく思えた。


「もうすぐ高校かあ……。さくらはいいよね、近くて」

「それだけで選んだからね!」

「その潔さにむしろ感心するわ」


 呆れたような口調だが、友人はいつもの笑顔だ。さくらの性格をよく知っているが故だろう。

 その後も友人の家にたどり着くまで、二人はいつものように会話を楽しむ。大きな話題があるわけでもない。家で飼ってる犬のことや、兄のことなど、そんな話だ。


「到着、と」


 気づけば友人の家にたどり着いていた。友人がドアへと駆けていく。


「さくら、明日の約束は忘れてないでしょうね?」

「だいじょぶ! 十時に駅前集合、お買い物!」

「よろしい。じゃあ、また明日」


 手を振ってくる友人へと、さくらも手を振り返す。そうしていつものようにその場で別れ、さくらは一人で家路についた。

 歩きながら、通りすがりの人にもしっかりと挨拶をしていく。さくらはこの辺りではそれなりに顔を知られているので、誰もがにこやかに挨拶を返してくれる。とてもいい町だと思う。

 機嫌良く、楽しそうな笑顔で、いつもの帰り道を歩く。

 そして、ふと気づいた。

 人通りが完全に途絶えていることに。


「むむ! これは事件のかおり!」


 そんなことを言ってみる。当然ながら応えてくれる人はいない。


「うん。寂しい」


 小さくため息をついて、家路を急ぐ。冗談で誤魔化そうとしたが、少しばかり怖く感じている。まだ昼過ぎという明るい時間だというのに、誰もいないような静けさだ。不安に思わないわけがない。

 そうして少し歩き、


「……?」


 さくらは、足を止めた。


「あ、れ……?」


 足が動かない。歩こうとしても、まるで縫い付けられたかのように動けない。恐怖でつばを飲み込み、助けを求めて叫ぼうとして、


「……かっ……!」


 声が、出ない。


「な、ん……」


 息も、できない。

 ふらりと、その場に座り込んだ。のどを押さえ、どうにか息をしようと呼吸を試みる。しかし、何をしても呼吸が戻ることはない。

 ここにきて、明確な死というものを意識してしまった。途端に、恐怖から胸が苦しくなる。自然と涙が溢れてきた。


 ――やだ……どうして……!


 何故、こんなに苦しいのか。分からない。何も分からない。

 自分はこれまで、真面目に生きてきたつもりだ。多くの人と仲良くした。ずっとがんばって生きてきた。なのに、どうして突然、こんなことになったのか。

 何も分からない。けれど命は消えていく。

 体から力が抜ける。その場に倒れ伏し、それでも諦められずに人の姿を求めてしまう。しかし、誰もいない。


「いや、だ……。だれか……」


 声を絞り出すが、それを聞き取ってくれる者は誰もいない。

 死にたくない、と強く思う。まだやりたいことがたくさんあった。明日は友達と買い物に行く約束をしていたし、来月からは高校生だ。新しい生活に胸を躍らせていた。

 それがどうして、こんなことに。


「たす、け……」


 必死に手を伸ばす。誰もその手を取らないとは知りつつも、それでも何かを掴もうと手を伸ばす。



 やがてその手は、何も掴むことができずに地に落ちた。



 冬月さくらは、こうして理由も原因も分からず、誰に看取られることもなく短い生涯を終えた。




 神を名乗る者が『暇つぶし』のためだけに自分を殺したと知るのは、もうしばらく後のことだ。


さくらの過去、リリアに取り憑く前のお話でした。

残酷描写有の注意書きを当初はつけておりましたが、必要ないだろうとのことなので消しております。


これがさくらの生前です。

この後、いろいろとあってリリアに取り憑くことになるのですが、その経緯はまた後日。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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