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受付を通り、夜会の会場に入る。テーブルには豪華な料理が所狭しと並んでいた。さくらが好きそうだなとそんなことを考えながら、それらは一瞥しただけで手は出さない。さくらもそれについては承知しているのか、何も言ってこなかった。
言ってこなかっただけで、残念そうにしているのは何となく分かるのだが。
――リリア。このまま真っ直ぐ行けば、いるよ。
さくらの指示に従い、会場を歩いて行く。すぐに目的の人物を見つけることができた。
王子はクリスと談笑していた。リリアが近づくと先にクリスが気づいて、あら、と声を上げた。
「それでは殿下、私はそろそろ」
「ああ。すまないな」
クリスがにこやかに王子に対して頭を下げて、リリアの方へと歩いてくる。特に挨拶はせずに通り過ぎようとしたところで、
「お疲れ様でした」
そんな小さな声。リリアがクリスを横目で見ると、うっすらとだが苦笑しているようだった。そしてそのまま歩き去ってしまった。
王子の側まで行くと、王子は不愉快そうに眉をひそめた。
「何をしにきた」
「挨拶に、です。お気になさらずとも、すぐに帰りますよ」
「なら早々に立ち去るがいい」
そこで王子の言葉が止まった。しかしそれも一瞬のことで、すぐに続ける。
「貴様のおかげで私が計画していたものは台無しになってしまった。また考えねばならん」
「あら。それは申し訳ありません。ですが殿下のお側には優秀な方がいるではありませんか」
ちらりと王子からつかず離れずの場所にいるグレンを見れば、グレンはさっと目を逸らした。え、と一瞬だが呆けてしまい、すぐに慌てて笑顔を貼り付ける。
「あれはだめだ」
「そのようですね」
ため息をつきたくなるのを何とか堪え、リリアはそのまま頭を下げた。
「それでは、失礼致します」
「ああ」
素っ気ない王子の言葉にリリアは満足そうに頷き、きびすを返した。そうして立ち去ろうとしたところで、
「リリアーヌ」
呼び止められるとは思っておらず、怪訝に思いながらも振り返る。
「手土産を全員に用意してある。忘れず持って帰れ」
わざわざ言うことか、と思いながらも、ありがとうございますと頭を下げて今度こそ出口へと歩いて行った。
出口で手土産を配っていたのは、王子の使用人たちだ。リリアが雷を落とした時に部屋の隅で震えていた者たち、だ。さすがに少し気まずく思いながらも、顔を逸らすようなことはせずにそのまま歩く。
「アルディス様。こちらをどうぞ」
リリアを見つけた一人が、他とは少しだけ色の違う紙の箱を差し出してきた。よく見ると他のものよりも少し大きく見える。渡してきた者を見ると、満面の笑顔を浮かべていた。
「感謝の印としてください。私たちはもちろん、殿下からでもあります」
「私は何もしていませんが?」
「ふふ。そういうことにしておきますね」
意味ありげに微笑むと、元の場所へと戻っていく。リリアは首を傾げながらも、自室に戻った。
部屋にたどり着き、アリサに紅茶を淹れてもらってから手土産として渡された紙の箱を開ける。中には丸形のケーキが入っていた。すでに切れ目が入っており、六等分されている。小さく折りたたまれた紙片も入っており、広げてみると王子の字で文章が書かれていた。
――王子が壊れたよ!
――さすがにひどいわよ、さくら。
――あ、ごめん。
――元から壊れているのよ。ようやく修理されたの。
――どう考えてもリリアの方がひどいよね!
王子からの手紙に目を通す。今までの謝罪と、今後もよろしく、といった内容のものだった。ケーキはリリアの部屋にいる全員で分けて食べてほしい、とのことだ。
――一個余るわね。まあこちらの人数なんて把握していないでしょうから、当然だとは思うけど。
――いや、多分把握してるよ。ティナに届けてほしいんじゃないかな。でも持って行ってほしいとは書けなくて、結局諦めた、と推測してみる!
――なんて回りくどい……。でも何となくやりそうだと思ってしまうわね。
少し考えて、リリアはアリサに皿を五枚と小さめの紙の箱を持ってくるように指示を出す。アリサはすぐに言われたものを用意してくれた。その紙の箱へ、ケーキを一個だけ移し替えてもらう。
「シンシア。悪いけどこのケーキをティナに届けてもらえる? 一応、誰にも見られないように」
そう言うと、天井からシンシアが下りてきた。畏まりましたとケーキを入れた箱を持って、再び天井へと戻っていく。それを見送ってから、リリアはアリサに残りのケーキを移すように言った。
移し終えて、アリサが紅茶の準備を終えて、少し待つ。
――これがおあずけされてる犬の気分か! わんわん!
――さくら、気持ち悪いわよ。
――ひどい! 最近リリアが冷たい気がするんだけど、もしかして私のこと、嫌い?
――好きよ。
――え……。あ、うん……。えへへ……。
だらしなく笑うさくらの表情が目に浮かび、リリアは苦笑を漏らした。
さらにもう少し待って、シンシアが戻ってきた。未だにケーキが手つかずで並んでいることに対してか、不思議そうに首を傾げている。リリアが指でテーブルを叩くと、意味を察したアリサがシンシアへいすに座るように促した。三人分の紅茶を用意してから、アリサも座る。
「ああ、シンシア。先に二つを上の二人に。いるのでしょう?」
「はい。畏まりました」
少しだけ驚きながら、シンシアはケーキの載った皿を持って天井へと再び消えた。そして今度はすぐに戻ってきた。
「では、いただきましょうか」
簡単に祈りを済ませ、フォークを手に取った。
「もしかしてリリア様……。私を待ってくれていたのですか?」
「気のせいよ」
わずかに目を逸らしてそう言う。シンシアはさらに目を丸くし、そして笑顔になった。
「ありがとうございます、リリア様」
「何のことかしらね」
リリアが目を逸らしても、シンシアはやはり嬉しそうに笑っていた。
今日は日曜なので、お仕事から一時帰宅した時にもう一話投下します、よー。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




