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――謎の液体って……。だからたれだってば。
さくらが苦笑するが、すぐに機嫌良さそうに鼻歌を歌い出した。みたらし団子、というのも好物なのだろう。リリアも美味しいとは思うが、今まで食べたものより手が汚れやすいのが難点か。
――さくら。これどうにかならないの?
――ん? ああ、べたべただね! 舐めちゃえば?
――それはさすがに……。
――だよね。まあ他に買い食いしていればそのうち取れるよ。
どうにも無責任なようにも聞こえるが、リリアも一先ず気にしないことにした。帰る時に取れていなければその時に考えればいいだろう。気持ちを切り替えると、リリアはまたさくらの指示に従って歩き出した。
「リリア様はこちら側に来る度にこうして食べ歩いていたのですか?」
それなりに腹も膨れたのでそろそろ帰ろうかと思っていると、シンシアがそう聞いてきた。さくらに帰り道の案内を頼みながら、シンシアへと頷いた。
「そうよ。当然だけど、誰にも言わないように。もちろん、家族にも」
「はい。畏まりました」
小さく頭を下げるシンシア。リリアはそれに満足そうに頷き、さくらが示した帰り道に従い歩き始める。
「父上から食べ歩きをしているとは聞いていましたけど、正直半信半疑でした」
「そうでしょうね。私も他の人が……。そうね、クリスあたりが食べ歩きをしていたら目を疑うわね。こんな私に仕えるのは嫌かしら?」
シンシアの顔を見ずに、そう聞く。シンシアは一瞬言葉に詰まったようだったが、すぐに勢いよく首を振ったようだった。
「いえ。むしろより身近に感じられました」
「そう……。貴族として喜んでいいのかは分からないけど、良しとしましょう」
「あ……。そうですよね。申し訳ありません」
離れられるよりはましなので、いいことなのだろう。そう結論づけて、リリアは学園へと歩いて行く。
――リリア! 苺大福忘れてるよ!
いつも苺大福を買う店を素通りしかけたところで、さくらが大声で呼び止めてきた。
――ああ、ごめんね。すぐに買うわ。
間違いなくこの買い食いはさくらの影響だろう、と頭の片隅で考えながら、特に不快ではないので苦笑するに留めた。なにより、
――ふああ……。幸せ……。
さくらの幸せそうな声を聞いていると、それらの些細なことはどうでもいいかと思えるようになっていた。
食べ歩きを終えて自室に戻り、夜会までは勉強でもしようかと考えているとティナが部屋を訪れてきた。どうしたのかと首を傾げながら招き入れると、部屋に入るなり勢いよく頭を下げた。
「リリア! ありがとう!」
突然のお礼にリリアはしばらく唖然としていたが、さくらの忍び笑いで我に返り、誤魔化すように咳払いをした。いつもの席に座らせて、リリアもその対面に座る。
「あ、これ、お礼になるか分からないけど……」
そう言って差し出してきたのは小さな箱。最近では見慣れたその箱は、
――苺大福だ!
――さっき食べたでしょう。
内心で呆れながらも、リリアはティナへと笑顔を見せた。
「ありがとう。ところで何のお礼かしら?」
「夜会のこと。今朝方、殿下のメイドさんが来て、殿下からですってお手紙をもらったんだ。リリアが言ってくれたんだよね?」
「ああ……。それとなく伝えただけよ」
――それとなく?
――うるさいわよ。
「それで? 何て書いてあったの?」
そう聞いてみると、ティナはとても嬉しそうに微笑んだ。首を傾げるリリアへと、ティナが教えてくれる。
「えっとね。長々と書いてあったんだけど要約すると、配慮が足りず申し訳ない、夜会には欠席して構わない、また会いに行くって」
「へえ……」
「あと、花束だと迷惑だろうからって、花を一輪だけもらったよ」
「殿下のお手紙にそう書いてあったの?」
「うん」
わずか一日でそこまで変わるものなのか、と表情には出さずに内心で驚いた。直接言ったかいはあったというものだろう。花の種類も気になるところだが、これで何か意味のある花だと妙なことに巻き込まれかねないので聞かないでおく。
――まあこれでしばらくは大丈夫だろうね。あとは本人たちでうまくやるんじゃないかな。
――そうだったらいいのだけど。
――あの王子だからねえ……。
さくらと苦笑を交わしながら、リリアはティナと談笑を続けた。
気が付けば、夜会が始まる時間となっていた。リリアは顔見せだけして帰ってくるつもりなのでそれほど気にしていないのだが、ティナの方がリリアをずっと捕まえてしまったと何度も謝罪を口にしていた。
「気にしなくていいと言っているでしょう」
「でも……」
「ティナ。しつこいわよ」
「うう……」
本当に気にしていないのだが、どうやらティナは気遣っていると思っているようだ。まずアリサたちすら何も言ってこないことから察してほしいものだと思う。
「ほら。私はそろそろ顔を出しに行ってくるから。貴方は部屋に戻りなさい」
「うん……。ごめんね、リリア」
「だからいいと言っているでしょう」
さすがに少しばかり苛立ちを覚えてしまう。それを察したのか、ティナはそれ以上は言ってこなかった。またね、と言い残してリリアの部屋を退室していった。意気消沈したままだったが、大丈夫だろうか。
「リリア様」
心配そうに扉を見つめていると、アリサが声をかけてきた。
――リリア。心配なのは分かるけど、そろそろ行こうよ。
――ええ……。そうね。
さくらにも促されたので、リリアは大人しく用意してもらったドレスに着替えるために寝室に向かった。
エピローグ的な、何か。終わらないですよ。
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ではでは。




