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――認めましょう。あれは私の友人よ。その友人が迷惑しているなら、私が黙っているわけないでしょう。
――うん。いいことだよ。でもね、リリア。さっきのお説教、リリアにも未だに時々当てはまってるからね。
――それは……。気をつけるわ。気が付いたら言って。
リリアもそんなことは分かっている。自分の今が、さくらにとっての理想から遠いことも分かっている。それでも、リリアにはさくらが常に共にいるので、間違えずに済む。
そう考えると、ずいぶんと不公平だと自嘲してしまう。王子は、常に側にいて注意してくれる者がいないのだから。
「殿下」
リリアが呼びかけると、王子がゆるゆると顔を上げた。ものの十数分でずいぶんと憔悴してしまったものだ。
――ひどい顔だね。誰だこんなにかわいそうなことしたのは!
――あら、何か問題があったの?
――何もないよ。もっとやればいいと思います!
そう言って、さくらが楽しげに笑う。何故だろうか、その笑い声はどこか薄気味悪いものだった。気のせいだ、と内心で首を振り、改めて王子に顔を向けた。
「取り乱してしまいました。申し訳ありません」
そう言って、頭を下げる。王子が目を丸くして、そして力無く微笑んだ。
「いや、お前の言うことは正しかった。確かに私には考えが足りなかったようだ。次からはもう少し、周りのことも考えるとしよう」
「はい。よろしくお願い致します」
「ああ。それにしても……」
王子がまじまじとリリアのことを見つめてくる。リリアが首を傾げると、王子はどこか面白そうに微笑んだ。
「ティナに嫌がらせをしていたとは思えないな。人は変われば変わるものだ」
「やめてください。私もまだ教わっているところですから」
「教わる? 誰にだ?」
リリアは言葉に詰まり、しかしすぐに取り繕うように微笑んだ。こちらの話だ、という意味を込めて。王子はそれを見て、肩をすくめただけだった。
「優秀な指導役でも見つけたのか。紹介してほしいところだが、聞いても無駄だろうな」
――紹介できればしてあげてもいいけど……。
――物理的に無理だね。
さくらとともに内心で苦笑する。本当に、さくらがいて良かったと今なら心から思える。
「殿下。また週明けにでもお話をしましょう。あまり時間は取れませんが、今後のことをもう少し考えた方がいいでしょう」
「ああ……。そうだな。すまないがティナにはよろしく伝えておいてくれ」
「はい。畏まりました」
丁寧に頭を下げて、扉へときびすを返す。視界の隅で見た使用人たちは、誰もが苦笑していた。王子の暴走を知りつつも、彼らではどうしても言うことができなかったのだろう。リリアと目が合った数人は、王子に気づかれないようにそれとなく頭を下げていた。
扉の前まで来て、王子へと振り返る。王子はいすに深く腰掛けたまま、身動き一つしておらずただただ項垂れ、黄昏れていた。さすがに少しやり過ぎたかもしれないが、中途半端よりはいいはずだろう。
いつの間にか王子の隣に立っていたグレンと目が合った。グレンは微苦笑しつつ、気にするなとでも言いたげに手を振ってくる。リリアは小さく頭を下げ、後のことはグレンに任せてそのまま退室した。
翌日。リリアは昼前にアリサと共に部屋を出た。アリサの手には木箱があり、この中にいつもの服が入っている。昼前ということもありリリアとアリサの二人に興味を示した者が何人かいたようだが、誰も進んで関わろうとはしてこなかった。
「あら」
いつもの教室に入ると、普段とは装いの違うシンシアがそこにいた。とても質素な服で、リリアがこれから着る服と比べても見劣りするものだ。ただ、何故かよく似合っている。褒め言葉にはなりそうにないので口にはしないが。
「リリア様」
シンシアに名を呼ばれ、リリアは顔を上げた。シンシアが続ける。
「私はリリア様の小間使い、ということで同行します。よろしいでしょうか?」
なるほど、とリリアは頷いた。シンシアがあの服を選んだのは意図的なのだろう。小間使いが主より上等な服を着るわけにはいかない。ただそれでも、もう少し何かあったのではと思ってしまう。
だが今更言っても仕方のないことだ。リリアは諦めて小さくため息をついた。
「行きましょうか」
「はい」
そうして、シンシアを連れてリリアは南側へと向かった。
――リリア! あのお団子が食べたい!
――はいはい。
最近のリリアの食べ歩きは、主にさくらの指示に従って動いている。さくらが食べたいものを巡る形だ。リリアではどれが美味しいのか全く分からないのでこの形を取っていた。
ただ、共に行動しているシンシアにとっては大変だろうと他人事のように思ってしまう。さくらの指示は、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと統一性がない。その規則性のない動きに、シンシアは戸惑っているようだった。
――ああ! リリア! あれ! あれ!
突然のさくらの大声に、リリアはびくりと体を震わせた。それを見ていたシンシアがすぐに周囲を警戒する。当然ながら何もないので少しばかり申し訳なく思ってしまった。
――さくら。どうしたのよ。
少しばかり険の含んだ声で問いかけると、さくらは照れくさそうに笑った。
――ごめんね。あれが食べたい。
さくらの指示に従って近くの店に向かう。串に刺さった団子に何かの液体がかかっていた。
――いや、間違ってないけど、たれって言ってほしいなあ……。みたらし団子、だよ。
――みたらし団子? 美味しいの?
――食べてみたら分かるよ!
それもそうかと頷き、リリアはその団子を三本購入した。そのうちの一本をシンシアへと渡す。シンシアは戸惑いながらも、それを受け取った。
「ありがとうございます」
シンシアが串を持ち、団子を頬張る。リリアはそれをじっと見守っていた。それに気づいたシンシアが不安げに首を傾げた。
「あ、あの……。リリア様……?」
リリアは何でもないわと首を振ると、シンシアと同じように串を持ち、団子を頬張る。謎の液体に警戒していたが、これがどうして、なかなか美味しい。
しばらくはゆるゆるとした日常(?)が続きます、よー。
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ではでは。




