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「あら、殿下」
リリアが王子へと笑顔を貼り付ける。王子はしばらくリリアを警戒していたようだったが、ごくりとつばを飲み込み、取り繕うような笑顔を向けてきた。
「突然だったから驚いたぞ。何か用か?」
「はい。大事な、大事なお話があります。とても大事なお話です」
リリアの声音から怒りの感情を察したのか、王子は頬を引きつらせながら頷いた。
「聞こう。入るといい」
王子に許可をもらったので、リリアは部屋に入った。
部屋はリリアの部屋とそれほど変わらない造りだ。訪問してくる者が多いためかいすやテーブルの数が多いが、それ以外に変わるところはない。リリアは部屋の隅へと視線を投げ、怪訝そうに眉をひそめながらも頭を下げた。
「ご無沙汰しております、グレン様」
「いや毎朝会ってると思うんだけどな?」
部屋の隅にいたのはリリアのクラスメイトの一人で、燃えるような赤い髪が特徴の男子生徒、グレン・クレシェンドだ。学園を卒業後には王子の護衛役となることが決まっていて、剣の腕は大人顔負けだと聞いている。そんなグレンは、リリアの顔を見て弱り切った笑みを浮かべていた。
「リリアーヌ様よ。顔が怖いんだけどな。やめてくれ」
「申し訳ありません。正直に言うとこの怒りを抑えるので精一杯なのです。それともグレン様が代わりに受け止めていただけますか?」
「殿下ならそこだから俺に当たらないでくれ」
「グレン!?」
見事に裏切られた王子が驚きの声を上げ、そしてゆっくりとリリアの方へと視線を動かした。リリアがにっこりと満面の笑顔を見せると、王子は一歩後退った。
「い、怒りか。聞こう」
「はい。ではこちらをご覧下さい」
リリアは部屋の中央のテーブルに、ティナから受け取った招待状を置いた。王子がそれを見て首を傾げる。グレンもそれを見るために側までやってきた。
「これは私がティナに送った招待状ではないか。どうしてお前が持っているのだ?」
「いやちょっと待て! また送ったのかよ!」
グレンが思わずと言った様子で大声を出し、王子はきょとんとした表情でグレンを見た。
「ああ。もちろん送ったぞ。でなければティナに会えないからな」
「ああ……。そういうことか……。リリア様も怒って当然だよ……」
この言葉にはリリアが驚いた。今の言葉はつまり、グレンにはまともな思考があったということだろう。少なくとも王子のように馬鹿ではない。
――まともな人がいるじゃない。
――みたいだね。なのにどうしてこうなった。
リリアがグレンへと説明を求めて睨み付けると、うお、と情けない悲鳴を上げて王子を間に挟んだ。おい、と王子が抗議するが、グレンは素知らぬ顔だ。
「リリア様が何に怒ってるか、よく分かる。普通は想像できるよな。下級貴族の男爵家が王家主催の夜会に呼ばれるんだ。何が起こるか、馬鹿な俺だって想像できるよ」
でもな、とグレンは色々と達観したような表情になり、
「こいつは恋が絡むと俺以上に、いや世界一馬鹿になるんだ」
「おい……」
「はい。それは承知しております」
「…………」
王子が不機嫌そうな仏頂面になり、それを見たリリアが眉尻を上げた。グレンがそっとその場を離れる。
「殿下」
「なんだ」
「そこに座りなさい」
そう言ってリリアが指差したのは、目の前の床だ。いすではなく、床だ。当然のように、何を言っているんだと王子がリリアを睨むが、
「何か、文句がありますか?」
「い、いや……。何も……」
リリアの笑顔を見て、大人しくその場に座った。助けを求めるように周囲を見るが、部屋にいるはずの使用人たちは部屋の隅で集まり震えていた。兵士ですら部屋の中に入ってこようとしない。
「殿下。誰も助けてくれないからな。自業自得だから大人しくリリア様の怒りを受けておけよ。大丈夫だ、骨は拾ってやるから」
「ま、待ってくれ、グレン。せめて側に……」
「それじゃあリリア様。遠慮なくどうぞ」
そっと下がるグレン。王子の顔が絶望に染まり、その王子へと。
リリアーヌ・アルディスの雷が落ちた。
・・・・・
桜の木の下で、さくらは腹を抱えて笑っていた。ひいひい苦しそうに笑い、地面を何度も叩いている。
「あっはは……! ひひ……!」
『外』では未だにリリアの雷が落ち続けている。手元を見れば、グレンを始め、使用人たちや兵士が隅で震えているのが分かった。
「ふふ、あはは……! 気持ち、分かるよ。怖いね、これはほんとに怖い!」
リリアの怒りは基本的に静かだ。静かに、笑顔で、相手を萎縮させる。そんなリリアでも、本気で怒れば爆発するらしい。良い発見だ。
『私は前に言いましたね! ティナさんのことを考えろと! 周囲のことを考えろと!』
リリアの雷が続く。さくらはそれを聞きながら、少しだけ懐かしくなった。
リリアの言葉は、さくらがリリアに言ったことが多くを占める。しっかりと覚えてくれていたらしい。そのことが素直に嬉しく、そして。
順調だ。
くすくすと。リリアの怒声を聞きながら、さくらは嗤っていた。
そのさくらを見ている者は誰もおらず、手元の薄く黒い機械だけがさくらを照らしていた。
・・・・・
「ああ……。分かった、よく分かった……。どうやら私は間違えていたようだ……」
リリアが落ち着きを取り戻して一息ついた頃、一先ず解放された王子はいすに深く腰掛け、長々とため息をついていた。そんな王子を見ていると少しばかりやり過ぎたかと思ってしまうが、後悔もなければ反省もない。リリアは自分の感情に従い、動いただけだ。リリア自身はいつも通りと言える。
――友達のために、はいつもと違うところだけどね。
からかうようなさくらの口調に、リリアは仏頂面になった。目の前の王子が顔を強張らせるが、知ったことではない。
お説教を長々と書いても読むのが面倒なだけだと思うのでさくらサイドを入れてみました。
壁|w・)今日で投稿2ヶ月経過しました。時が経つのは早いですね。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




