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「シンシア。貴方、庶民の服は持っているわね?」
「え? ええ、まあ……。持ってはいますけど……」
「では週末は私に着いてきなさい」
シンシアがわずかに目を見開いた。言葉を失ってしまったかのように固まるシンシアに代わり、アリサが口を開いた。
「リリア様。それはつまり、シンシアに護衛をしろということでしょうか?」
「そうなるわね。どうかしら?」
命令、という形は取ったが、シンシアが不安に思うなら今まで通りでも構わないと思っている。今までも、男の密偵がリリアの側にいたことは分かっている。あの密偵はどうやら荒事の対処もできるようだった。
シンシアはしばらく考えているようだったが、やがてしっかりと頷いた。
「畏まりました。ご一緒させていただきます」
シンシアの顔は、仕事のそれに変わっていた。なぜこれほど違いが出るのかと不思議に思いながらも、よろしく、と言っておいた。
翌日からはいつもの授業だ。リリアの行動もいつものものになる。王子のリリアに対する対応も、宣言通りに今までと同じものだった。
唯一変わったのはレイだろうか。今までのような話し方ではなく、気安いものになっていた。
「リリアさんは前回の試験で一位だったんだよね」
ある日、いつも通りにレイに勉強を教えていると、突然そんなことを聞いてきた。リリアが怪訝そうに眉をひそめながら頷くと、じっとリリアを見つめてきた。
「どうやって勉強してるの?」
何かを探るような目だった。さすがに不審に思ったのか、あるいはあの王子に聞いてくるように頼まれたのか。どちらにしても、答えることができるはずもない。
悪霊に教わっていますなどと誰が信じるというのか。
――リリアひどい。
――冗談よ。
さてどう答えるべきか。考えてみるが、しかし良い言い訳が出てくるはずもない。仕方なく、ありきたりな言葉で済ませることにした。
「努力よ」
「え? 努力?」
「そう。努力」
間違ったことは言っていない。あの時から、リリアは自分なりにがんばってきたつもりだ。
レイは、そうですか、と笑ってそれ以上は追求してこなかった。
「それじゃあ僕も、努力をしてみるよ……!」
「すでに一位じゃないの」
「リリアさんを越えてみせる!」
ちなみに身分はレイの方が高いのだから呼び捨てでいいと言ったのだが、何故かかたくなに拒否されている。その方が呼びやすいから、とのことだ。
「そう。楽しみに待っているわ」
リリアはわずかに口角を上げ、そう答えておいた。
週末、自習日の前日の夜にはティナが遊びに来た。今日買ってきたという苺大福の入った箱を持って。
――苺大福だ! なんていい子なんだ! ティナ様と呼びたい!
――貴方は安上がりね。
苦笑しつつ、苺大福を食べながらティナと談笑する。苺大福を食べている間、さくらはとても幸せそうに鼻歌を歌っている。さくらは歌がうまいのか聞いていて心地よいので、特に止めることはしない。聞いているリリアも、少しだが幸せな気持ちになれる。
そうしてまた苺大福を口に入れると、どこか楽しそうな笑顔を浮かべているティナと目が合った。
「知らなかった。リリアって苺大福が好きなんだね」
「え? いえ、私は……」
違う、と答えようとしたところで思いとどまった。ティナがそう言ってきたということは、表情に出ていたということだろう。今更誤魔化すことは難しい。
「ええ、そうね。今まで食べたものの中では好きな方ね」
「そうなんだ! じゃあまた苺大福を持ってくるね!」
ティナが屈託無く笑う。少しばかり罪悪感を覚えてしまうが、嫌いなわけではないので嘘とは言えないだろう。
――だめだよリリア、嘘なんて!
――誰のせいだと思っているのよ。だいたい、貴方は誰の味方なの?
――苺大福。
――人ですらないわね……。
内心でため息をつくが、不愉快というほどでもない。最近はさくらとの軽口が少しばかり楽しく思えている。
――うう。そんなことを真面目に考えられるとちょっと恥ずかしい……。そ、そんなことより、リリア、王子のことを言っておかないといけないよ。
あからさまに話題を変えてきたが、リリアはそれに付き合うことにした。そろそろ話しておくべきかと考えていたので丁度良い。
「ティナ。殿下のことで少し話があるのだけど……」
そうして、王子と話したことをティナにも説明しておく。そう簡単には納得しないだろうとは思っていたが、案の定ティナは不機嫌になってしまった。
「殿下の言いたいことは理解できるけど……。納得はできないよ」
可愛らしく頬を膨らませてティナが言う。リリアとしては王子と親しくしたいとは今更考えていないことなので正直どうでもいいのだが、ティナがそう思っていないのは見ているだけで明白だった。人のことでよく怒れるものだと感心してしまう。
「ティナ。少なくとも私はそれで構わないと思っているの。貴方が怒る必要はないわ」
「でも……!」
何かを叫ぼうとして、しかしティナはそれ以上は何も言わずにうつむき、いすに座り直した。上目遣いにリリアを見つめ、
「リリアは殿下のことはもういいの……?」
そう問うてきた。
「今更ね。私はもうあの人のことはどうでもいいわよ。そう言うティナはどうなの?」
「私は……よく分からない……。殿下がどうして私なんかに良くしてくれるのかも未だに分からないし……」
「私なんか、とは言わないでほしいわね。私は自分を卑下するような子を友人にした覚えはないわよ」
「う……。ごめん……」
消沈したようにティナが落ち込む。リリアはため息をつきながら、紅茶を飲むふりをして顔を隠した。
――恥ずかしいなら言わなければいいのに。
――放っておいて。
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ではでは。




