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今度はしっかり頷くと、王子も納得したのか満足そうに頷いた。行こうか、とレイに声をかけてきびすを返そうとしたところを、
「ああ、待ってください。殿下。一つだけいいでしょうか」
「ん? なんだ?」
立ち止まり、振り返ってくる。
「私に対する態度はそのままで構わないのですが、ティナの前でだけは控えてください。嫌われかけていますよ」
王子の表情が凍り付いた。何故、と言いたげにリリアを見つめてくる。しかしリリアにはこれ以上説明するつもりはない。というより、自分で言葉にするのは少々恥ずかしい。
――リリアが可愛い。
――うるさいわよ。
お互いに無言で見つめ合っていると、見かねたレイが助け船を出してくれた。
「仲の良い友達が悪く言われていたら、誰だって怒るんじゃないかな」
「仲の良い……? ああ、そうか。そう言えば最近、リリアーヌに良くしてもらっていると言っていたな……」
納得したように頷き、そしてすぐに頭を抱えてしまった。何も言えずに静かに見守っていると、やがて王子はとても苦しそうに声を絞り出した。
「仕方ない……。ティナには、私から説明しておこう……」
どうやらそういうことにしたらしい。だがティナの性格を考えると、それで納得はしないだろう。王子もそれが分かっているからこそ、苦しそうにいているのだろう。仕方がない、とリリアはため息をついた。
「元は私が発端のことです。私から説明しましょう。殿下は今まで通りで構いませんよ」
「そ、そうか? 助かる……」
心底ほっとしたような安堵の表情をする王子に、リリアの目が少しばかり細められる。本当に、ティナのことが好きなのだろう。ティナの身分を考えれば難しいことは分かっているだろうが、それでも諦められない程度には。
それならば、少しばかり手助けするのも悪くないかもしれない。
――本音は?
――殿下に貸しを作っておけば、後々便利でしょう。色々と、ね。
――さすがリリア。腹黒い。
――失礼ね。
そんな軽口を交わし、リリアは改めて王子へと視線を向けた。
「殿下。私で良ければ、協力しましょう」
「は……? 何をだ?」
「ティナさんと仲良くなりたいのでしょう?」
リリアが笑顔でそう言うと、王子が目を見開いた。次いで疑わしそうにリリアを見てくる。失礼だと思いつつも、リリアは気づかない振りをして続けた。
「ティナさんの好きなものなどをそれとなく聞いておきましょう。あとは、誰かと出かけるならどこに行きたいか、などですね。他にも私に協力できることがあるなら協力しましょう」
「何が目的だ?」
「いえ、別に。必要がなければいいのです」
王子はしばらくあごに指を当て、考え込んでいた。急かすようなことはせずに、じっと待つ。やがて王子は小さく頷き、リリアへと言った。
「頼めるか?」
「はい。畏まりました」
リリアが丁寧に頭を下げると、王子は少し驚きながらも一度だけ頷いていた。
王子たちと別れ、自室へと歩いて行く。途中ですれ違う生徒たちからは、今まで以上の畏怖の視線が感じられた。あの五人とのやり取りの話が早くも広まっているのだろう。誰からも畏怖の視線を向けられている。
ただ、その中にも例外はあった。何故か一部の生徒は、リリアに対して尊敬とも憧れともつかないような視線を送ってくる。どうにも意味が分からずに、リリアは足早に廊下を歩いて行く。
――どうなることかと思ったけど、悪い方向ばかりじゃなくていい方向にも働いたね。
――どういうことよ。
――リリアを支持してくれる子が増えたよ。話しか聞いていない人はやっぱり怖い人だって思ってるみたいだけど、直接見た人は何となく分かったんだろうね。レイを助けようとしてたってことは。
リリアは首を傾げながら、視線を感じる方へと目を向ける。三人の下級生がいて、二人は顔を青ざめさせたまま凍り付き、一人はきらきらとした目でリリアを見つめていた。
そう言えば、と思い出す。この子は確か王子と共に来た生徒のうちの一人だ。当然ながらリリアとクラスメイトではない方だ。その子もリリアに見られていることに気づいたのか、すぐに嬉しそうに破顔すると、こちらへと駆けてきた。他の二人が呼び止めるように手を伸ばすが、一歩も止まることなくリリアの目の前まで来てしまった。
「アルディス先輩!」
顔にそばかすのある女生徒だ。その女生徒が言った言葉に、リリアは少し目を開き、次いで逸らした。
――あ、照れてる。
――うるさい。
――今まで先輩なんて言われたことなかったからね。うんうん。
――黙りなさい。
――尊敬の視線は初めてかな! アルディス先輩!
――…………。
――うあ……。ごめんなさいごめんなさいピーマンを思い浮かべないで食べないでお願いだから!
さくらの声が慌て始め、リリアは溜飲を下げた。改めて女生徒を見る。変わらずきらきらという音が似合いそうな目でリリアを見つめている。
「どこかで会ったかしら?」
リリアが聞くと、女生徒は少しだけ悲しそうな表情になったが、すぐに笑顔に戻った。
「先ほど殿下と一緒にいました。レイ君が嫌がらせを受けていたので教師の方を探しに行ったんです。そうしたらたまたま殿下とお会いして。何事かと聞かれたので事情を説明したら、一緒に来てくれました」
王子の登場のタイミングが良すぎると思っていたが、この子が助けを求めて呼びに行ったのだろう。さくらが大丈夫だと言っていたことから、もしかするとこうなることが分かっていたのかもしれない。そう思っていると、
――違うよ。
他でもないさくら自身が否定してきた。
胃が痛い……。感想返しは夜にでも。気力があれば。
なんとなく、2,3話前からこうなるだろうなとは思っていましたけども。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




