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そう言って、レイは肩をすくめてみせた。いつもの丁寧な口調ではなく、馴れ馴れしい口調だ。それを王子に対して使ったことに、リリアもさくらもただただ驚くしかない。
「いじめはさすがに初体験だよ。なるほど、あれは辛いね」
「まずそんな状況を作るな。何のために留学しに来たんだ?」
「いや、はは……。それを言われると辛いと言うか……」
リリアを置き去りにして二人の会話が進んでいく。当然ながらリリアにとっては面白くない。それ故にリリアの目が細められ、怒りが漏れ出しても仕方のないことだろう。
それに最初に気づいたのは、対面にいる王子だった。
「あー……。リリアーヌ? どうした?」
王子の頬が引きつっているが、当然ながら知ったことではない。レイもリリアへと振り返ろうとしたところで、リリアが肩を掴んだ。
「ひっ……!」
何か感じるものでもあったのか、レイが短い悲鳴を漏らす。ゆっくりと、リリアへと振り返ってくる。
「えっと……。リリアさん? どうかしたんですか?」
取り繕ったような、わざとらしい演技。それを受けて、
「説明してもらうわよ」
リリアの、先ほどよりもさらに低い声に、声を向けられていない王子ですら青ざめていた。
リリアがいすに座り、その向かい側にレイが床に直接座る。かわいそうなほど震えているが、王子も関わりたくないのか少し距離を取って見守るだけだ。
「えっと、まず改めて自己紹介が必要、ですね」
「そのとってつけたような敬語をやめなさい。いらいらするわ」
「はい! すみません!」
背筋を伸ばし、叫ぶように謝罪する。顔色は悪いままだ。
――気持ちは分かるけど、もうちょっと優しくしようよ。
――これでも精一杯優しくいているけれど?
――あ、あはは……。うん。意識するだけでいいよ……。
諦めよう、とさくらの苦笑が聞こえるが、リリアはそれを無視した。レイを睨む視線に力を込め、あごの動きだけで先を促す。
「あ、えっと……。それじゃあ改めて……。レイフォード・クラビレスです。クラビレスは分かる、よね……?」
「隣の国ね。それが家名ということは、そういうこと?」
「うん。第三王子、ということになってるよ。王位継承権も一応あるけど、まあ兄たちがしっかりしてるから、予備の予備の予備、みたいな感じだね」
例えそうであっても、正真正銘の王族、ということらしい。なるほど、とリリアは頷くと、立ち上がった。丁寧に頭を下げて、言う。
「知らぬこととは言え、これまでの無礼、申し訳ございませんでした、レイフォード王子殿下」
「うあ……。いや、あの、リリアさん、そのですね……」
「王族同士の相談もあるでしょう、私はお先に失礼させて……」
「待って待って! ごめんなさい隠していたことは謝りますだから行かないで!」
きびすを返していたリリアの袖を掴み、お願いしますと涙ながらに訴えてくる。リリアはレイを一瞥すると、男二人にしっかりと聞こえるように大きく舌打ちをして、再びいすに腰掛けた。一先ず安堵のため息をつくレイと、最早見ていられないとばかりに手で目を覆う王子。リリアはその王子に視線を投げ、そして睨み付けた。
「殿下」
「な、なんだ?」
「何を自分は関係ないという顔をしているのですか? 貴方がこの方のことをしっかりと紹介しておいてくれていれば、このようなことにはならなかったでしょう」
「そ、そうだな。だがなリリアーヌ、これはレイフォードの希望だったんだ。一般人として学校の様子を見たい、と。まあその結果、嫌がらせを受けた上に図書室に籠もってしまっていたようだが……」
「私にも言えなかったと? そうですかそうですか、なるほどなるほど」
にっこりと微笑むリリア。そして一言。
「覚えておきますね」
「……っ!」
王子が何も言えずに絶句する。ただ単純に覚えておくと言っただけで何を震えているのかとリリアは不思議に思うが、レイに視線を戻した。
――ねえ、リリア本当? 本当に分からないの?
――何がよ。急にこの馬鹿が震えているだけでしょう。
――うわあ、天然で王子を脅しちゃったよ……。
さくらが頭を抱えるように呻いているが、やはり理由は分からないので気にしないことにした。
「それで? 私はどう接すればいいの?」
リリアが聞いて、レイは引きつった笑みのまま答える。
「できれば今まで通りで……。お願いします……」
「そう。ならそうさせてもらうわ」
それを聞いたレイが、安堵の吐息を漏らした。そうだ、と思い出したように声を出した。
「できれば勉強も今まで通り教えてほしいんだけど……」
その依頼は予想外のものだった。眉をひそめると、レイが慌てて付け加える。
「もちろん忙しければいいんだ。時間があれば、でいいから……。だめかな?」
「構わないけど……。私に教わらなくても、貴方の立場なら他の人を雇えるでしょうに」
リリアはさくらのおかげで、それなりに知識を得ることはできている。しかしだからといって、決して教えることが得意というわけではない。本職を雇った方がよほど効率が良いと思うのだが、しかしレイは大きく首を振った。
「リリアさんがいいんだ」
しっかりとリリアの目を見てレイが言う。さくらが、おお、と嬉しそうな声を上げ、リリアの視界の隅で王子が目を丸くした。リリアはそれらの反応を見て、そして首を傾げた。
「まあ、別にいいけど」
それだけだった。
――ああ、うん。リリアだから仕方ないね。
――は? どういう意味よ。
――何でもないよ。気にしないで。
いまいち納得はできないが、追求しても答えはしないだろう。少しばかり気になるが、これもやはり諦めた。
「でも、僕も驚いたよ。リリアさんがリリアーヌ・アルディスだとは思わなかった」
「いや、それは普通気づくだろう」
王子が呆れたように言って、リリアも不本意ながら同意するように頷いた。う、と唸り、だって、と続ける。
「僕はこの国の生まれじゃないんだよ。分からなくても仕方ないじゃないか」
というわけで? レイ改めてレイフォードはお隣の国の王子様です。
ただし第三王子、継承権も当然ながら高くなく、よその国の学校に通えてしまうほど。
ちなみに王子がレイを助けないのは、庶民だと身分を偽っているためですね。
庶民一人のために王族が動くはずがない、というわけで。ティナ? 例外です。
活動報告の感想の返信について少しばかり書いておきました。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




