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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期
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 朝食後、リリアが自室へ向かうと、部屋の前でアリサが立っていた。リリアに気が付くと、すぐに恭しく一礼する。リリアはそれを無視して、アリサを素通りして部屋に入った。


「お嬢様。学校はどうされますか?」


 ぴたり、とリリアが動きを止めた。

 この国には上級学校と下級学校の二つがあり、上級学校は貴族や名のある商人たちが通うものだ。学ぶものは文字の読み書きは当然で、国の歴史や数学果ては簡単な魔法なども含まれる。人の上に立つ人材を育てる学校だ。対して下級学校は最低限の文字の読み書きを学べば終わりというもので、少しの金を払えば誰でも入学することができる。

 リリアが通うのは当然ながら上級学校だ。王子と共に入学し、常に上位の成績を修めている。だが正直、今はあまり行く気になれない。


「行かない」


 リリアがそう言うと、アリサが短く息を呑んだ。


「いけません、お嬢様。もう一週間もお休みになっています。旦那様はまだ何も言っておられませんが、このままでは……」

「このままだと、なに?」


 目を細め、アリサへと向き直る。アリサは泣きそうな顔をして、うつむいてしまった。リリアは小さくため息をついて部屋の奥へと進む。見るからに高そうないすに座ると、目の前のテーブルを指先で軽く叩いた。


「はい……。畏まりました」


 それだけで意図を察したアリサは小さく一礼すると部屋を出て行く。リリアは安堵のため息をつくと、いすに深く腰掛けた。


 ――リリア。学校には行かないとだめだよ。

 ――分かってるわよ……。


 このままではいけないとは分かっている。だが学校に行けば、見たくもない顔を見なければならないし、王子からはきっと軽蔑の眼差しを向けられることだろう。それだけは耐えられない。


 ――さくら。貴方に従ったら、王子を取り戻せる?

 ――ごめん。断言はしないけど、多分無理。


 予想していた答えだったが、改めて聞くとどうしても落ち込んでしまう。今まで王子は笑顔を向けてくれていたのに、今後はきっとそんなものは一切見せてくれないだろう。そう思うだけで、自然と涙が溢れてきた。


 ――リリア。貴方の気持ちも分からなくはないけどさ。

 ――なによ……。

 ――身から出た錆。自業自得。それ以上でも以下でもないよ。


 リリアが大きく目を見開き、そしてその瞳には怒りの炎が揺らめいた。リリアが口を開き、叫ぼうとしたところで、


 ――手段が悪い。


 言葉を止められた。


 ――貴方には婚約という事実があった。いくら王子といえども、その事実をなかったことにできないし、簡単に破棄なんてこともできない。腹に据えかねるものはあったと思うけど、王子の一時の気の迷いだと見守っておけば良かったんだよ。

 ――そんなの……。できるわけ、ないじゃない……。

 ――そうだね。それに、そんなものはもう過去の出来事だよ。


 さくらの物言いに、リリアは思わず眉をしかめた。確かに、今更起こった事実は変わらない。だがそんな言い方はないだろう。


 ――今は今の最善を尽くすしかないよ。


 そんなことは分かっている。それ故に学校に行かなければならないことも承知している。だが、どうしてもあの女と王子に会いたくない。


 ――だからさ、リリア。あの王子に、リリアを選ばなかったことを後悔させてやろうよ。

 ――そんなこと……。どうすれば、いいのよ……。


 確かに王子を見返すのは悪くないと思う。もう手の届かない人なら、せめてあちらが手を伸ばさなかったことを後悔させてやるのもいいかもしれない。しかしリリアには、そんな手段は思い浮かばない。

 だがさくらは、簡単だよと笑った。


 ――知識を深めればいいよ。誰からも認められるぐらいに、あらゆるものに詳しくなればいい。誰からも敬われる人になればいいよ。いろんな人に優しくして、けれど時に厳しくして。万人に、とは言わないけど、多くの人を味方につけよう。

 ――夢物語ね……。

 ――そうかもね。でも、目指してみるのも悪くないでしょ?


 さくらが言うのは全て理想だ。どれだけ勉学に励もうと、専門で勉強した者に勝てるはずがない。だがそれでも、ここで腐るよりはましだとも思える。リリア一人ではまず無理だと思うところだが、幸か不幸か、自分にはこのお節介もいるのだ。


 ――そう言うからには、当然協力してくれるのよね?


 リリアが問うと、さくらは楽しげな笑い声を上げた。


 ――もちろん。私は天使様だからね! リリアを賢者様にしてあげるよ!

 ――天使? 悪霊の間違いでしょう?

 ――ひどい!


 憤慨したかのように文句を言ってくるが、リリアはそれを無視。するとさくらは急に黙り込み、そして小さな声が聞こえてきた。


 ――いいよいいよ。悪霊でいいよ。ふんだ……。


 いじけたようなその声に、リリアは思わず笑ってしまう。ごめんね、と謝ると、すぐに機嫌を直してまた笑った。単純だな、と思ってしまうが、さすがにそれは口にしない。さくらと話していて自分も少し元気づけられた。

 だから。


 ――まあ当たらずも遠からずなんだけどね。


 さくらのそのつぶやきを、リリアは聞かなかったことにした。




「アリサ。申し訳ないのだけど、昼食は何か簡単に食べられるものを私の部屋に運んでくれる? それと、何か書くものを今すぐ持ってきて。ああ、学校? 来週から行くから」


 リリアの指示にアリサは怪訝そうにしていたが、すぐに指示通りに動いてくれた。屋敷のコックにリリアの要望を伝え、念のために屋敷の主であるケルビンに報告。そのままケルビンから紙とペンを借りて、リリアの部屋まで戻ってきた。


「お父様に報告したの?」

「いけませんでしたか?」

「そんなことないわ。むしろ私が言っておくべきことだったわね」


 リリアの指示がなくとも、自分で必要だと思って行動してくれるのは有り難い。リリアの想定外の動きをすることがいずれあるかもしれないが、今は気にする必要はないだろう。リリアはアリサからペンと紙を受け取り、退室するアリサを見送ってからいすに座った。

 テーブルに紙を広げる。少し大きめの白紙の紙だ。


 ――いい紙だよね。これが無料で配られてるってのがすごい。

「そうでしょう。これはお母様の努力の結晶よ。紙を作る魔法を作り上げたのはお母様なんだから」


 材料さえあれば、詠唱と魔法陣だけで紙を大量生産することができる。これはリリアの母、アーシャが作り上げた魔法であり、数年前まで紙はとても貴重品だった。母の魔法のおかげで、庶民でも紙を簡単に手に入れることができるようになっている。

 もっともこれはいいことばかりではなく、今まで紙に関わる仕事をしていたものが路頭に迷ったりと問題も多かったらしいが、今は概ね落ち着いているらしい。


「それで? どうすればいいの?」

 ――うん。リリアには私が勉強を教えてあげる。作法や魔法とかその辺りは分からないけど、勉学だけならこの世界では誰にも負けない自信があるから。


 ずいぶんと大きく出たものだ。はっきり言ってその言葉の全てを信じることはできないが、それでもリリアよりはきっとできるのだろう。


「まあ、期待しておくわ」


 適当にそう言っておくと、さくらは、任せてと嬉しそうに言った。

 もっとも、さくらの言っていることがあながち間違いではないとすぐに知ることになるのだが。



 一週間、リリアは再び引きこもっていた。ただ今回は自室にずっと引きこもるというわけではなく、食事時には必ず食堂には行っている。食事のたびに両親から心配されたり、兄からは軽蔑の視線をもらったりしたが、それら全てを無視してリリアはひたすらに勉学に取り組んだ。

 食事。就寝。そして勉学。一日のほぼ全てがこのどれかに使われている。唯一の例外が、早朝にできた日課だ。


「まだ芽は出ないの?」

「植えたばかりですから」


 屋敷の裏の、リリアとアリサの二人の花壇。リリアは水をやったばかりの花壇を、飽きることなく見つめている。その様子がおかしいのか、アリサはいつも笑っていた。


「リリア様。ずっと見つめていても早く育ったりはしませんよ」


 いつからか、アリサはリリアのことを名前で呼ぶようになっていた。特に悪い気はしないのでそのままにしている。


「分かってるわよ。気にしないで」

「ふふ……」


 アリサは微笑ましそうな笑顔だが、実際のリリアの考えは少し違う。

 この息抜きの時間を、少しでも長く取りたいだけだ。せめて、さくらに言われるまでは……。


 ――リリア。そろそろ勉強しようよ。まだまだ先は長いよ。


 案の定、さくらが勉学へと促してくる。リリアは小さくため息をつくと、重たい腰を上げた。


「リリア様。今日も勉強ですか?」

「ええ。まだまだ教わることは多いから」

「教わる……?」


 アリサが怪訝そうに眉をひそめ、リリアは慌てて咳払いをした。こっちの話よ、と首を振り、逃げるように自室へと向かう。


「あとで簡単につまめるものを持ってきて」


 屋敷に入る前にアリサへと言うと、アリサはかしこまりましたと一礼した。


せっかくのファンタジーなので魔法をちらっと。


何とかなりそうなので、偶数日の投稿に切り替えてみます。

ただちょっと短くなるとは思います、よー。

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