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ティナが退室してから、リリアは図書室に向かった。目的は当然、レイだ。彼からは未だにテストの結果を聞いていない。試験の解説は自由参加のために図書室に向かう間に何人かの生徒とすれ違うが、誰もがリリアを見ては道を空けていた。
――まだまだ、だよね。ほらほらみんな、リリアは怖くないよ。かみつかないよ?
――失礼ね……。仕方ないわね、一人ずつしっかりとお話して……。
――やめて。公爵家と二人きりの会話とか完全にいじめだよ。
――残念。
わりと本気だったのだが、どうやらさくらは反対らしい。もっとも、何を話すかなどは一切考えていなかったのでいざやろうと言われても何もできなかったのだが。
図書室の扉を開けると、何人かの生徒がリリアに気が付き、凍り付いていた。リリアがここに来るのは意外なのだろう。リリアはそれらの生徒には何も言わずに、小部屋に続く扉へと向かう。
――そう言えばリリア。図書室は初めてだね。
――は? いつも来ているじゃない。
――いや、見られるのが。
言われて、リリアはそう言えばと思い出す。ここへ来る時も、当然ながら帰る時も、人目の少ない時間に移動している。午後は昼食をもらって、皆が昼食を食べている間に移動、帰りは授業が終わる前に移動、といったように。誰かに図書室に来ている姿を見られるのは確かに今日が初めてかもしれない。
――何か問題ありそう?
――大丈夫だよ。むしろもっとアピールしようよ! 本棚で本を読む姿を見せて知的なイメージを……。
――本は座って読みなさい。
――リリアに言われるとは思わなかった言葉だよちくしょう。
軽口を交わしながら、レイがいつも使っている部屋に入った。
部屋には昨日と同じで誰もいなかった。ただ、テーブルには試験の結果と答案があることから、少し前まではこの部屋にいたのは間違いないようだ。リリアはいすに座ると、その答案をのぞき込んだ。
「へえ……」
レイはリリアの一学年下のようだ。一位、となっている。どうやら継続的に、しっかりと勉強を続けていたらしい。少しばかり誇らしく思いながらも、しかし首を傾げてしまう。
何故ここにいないのか、と。
――さくら。レイがどこにいるか分かる?
――ごめん、さすがに無理だよ。少なくともこの近辺にはいないみたいだけど。
リリアは小さくため息をつくと、立ち上がった。さくらで分からないのなら、自分にはどうすることもできない。少しばかり心配に思うが、手段がなければどうしようもない。
――いいの?
――…………。
さくらの問いに、リリアは難しい表情になった。悩むリリアに、さくらが告げる。
――使えるものは使おうよ。
――そう、ね……。私が使えるものは使いましょう。
リリアは頷くと、足早にその場を立ち去った。
自室に戻ったリリアはテーブルまで向かうと、さくらの指示に従い天井へと目を向けた。
「依頼したいことがあるのだけど」
リリアがそう言うと、天井の一部が動き、男と少女の二人が顔を出した。リリアの前に下りて、膝をついて頭を下げてくる。リリアは満足そうに頷くと、二人を順番に見ながら口を開いた。
「校舎のどこかに、レイ、という子がいるはずよ。探してきなさい」
二人ともに怪訝そうに眉をひそめる。何故、と男が問うてきて、
「いつもいるはずの図書室にいないからよ」
簡潔に答えるが、しかし男は再度首を振る。訝しげに目を細めるリリアへと、男が言った。
「その者はリリア様にとってどのような人物なのですか?」
「は?」
「申し訳ありませんが、我らが第一にすべきことはリリア様を守ることです。赤の他人を助けることではありません」
なるほどね、とさくらだけが納得したようだった。どういうことかと問いかけると、さくらが説明してくれる。
――この人たちはここにいる間はリリアの指示に従うように言われているけど、それよりも先に命令されていることがあるんだよ。
――それが私を守るということ?
――そう。その命令がある以上、この人たちをこちらで動かすことはできない。今はまだリリアの周りの人の身辺調査をしてるから、これ以上人員を割くと人手が足りなくなるんだよ。
つまりは先の命令がなければ、今回は協力してもらえたということか。ほどほどのところで切り上げさせておくべきだったと後悔するが、今はもう遅い。この二人を動かすことができなければ、リリアには本当に手段がない。
リリアは目を閉じると、小さくため息をついた。
――どうするの?
――探すわよ。
ここは学園内だ。明日には戻ってきているかもしれない。だが、どうしても放っておくことはできなかった。学園の敷地は広いが、夜になるまで探し続ければどこかで見つけられるかもしれない。
そう考えて扉へと向かおうとしたところで、
「待ってください」
声がかかった。振り返ると、シンシアが覆面をはずしてリリアを見つめていた。
「シンシア。何をしている」
隣の男の厳しい声。しかしシンシアはそれには一切答えずに、じっとリリアを見つめてきていた。
「リリアーヌ様、一つだけよろしいでしょうか」
リリアは首を傾げながらも、シンシアへと向き直った。シンシアが続ける。
「その、レイ、という方は、リリアーヌ様にとってどういった方でしょうか」
今関係があることなのか、と思いつつも、素直に答えておく。
「そうね……。友達、かしらね。あちらがどう思っているかは分からないけれど」
「ご友人、ですか。そのためだけに自ら動くのですか?」
「当然でしょう」
何をわけの分からないことを聞いているのか。シンシアを睨むと、しかしシンシアは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。その表情が意外で、リリアは毒気が抜かれたように唖然としてしまった。
交渉再開、なのです。
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ではでは。




