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目を覚ましたリリアは、少しの間ぼんやりと天井を眺め、そしてゆっくりと体を起こした。ぐっと伸びをして、ベッドから下りる。周囲を見ると、そのどれもに色がある。その事実に少しだけ安堵してしまった。
さくらは、あの黒い世界で、今も一人きりでいるのだろうか。
――さくら。
――ん?
――その……。私で良ければ話し相手ぐらいにはなるから……。夜にでもまた呼びなさい。
さくらの返事を待つが、返ってきたのは沈黙だった。どうしたのかと首を傾げると、さくらの少し気まずそうな声が届いた。
――ごめんね。気持ちだけでいいよ。
――どうして? 一人では退屈でしょう。
――いやいや、リリアを見ていると十分面白い……いや、何でも無いです。
――しっかり聞いたわよ。全く……。
罵声の一つでも浴びせてやろうかとも思ったが、あの場所を見た後ではどうにも強く言えなくなってしまう。リリアは代わりにため息をつくと、気を取り直して続けた。
――理由は? 何かあるの?
――えっと……。リリア。体の調子はどう?
突然何を聞いてくるのか、と眉をひそめ、そしてようやく気がついた。まさか、と思いつつも問いかける。
――そう言えば少しつらいけど……。まさか……。
――うん。ごめんなさい。私のせい、だよ。
リリアが思わず目を見開き、それに気づいたさくらが沈んだ声を出した。
――ごめんね。言っておかなくて。
――別にいいけど……。どういうこと?
――えっとね……。私もこれには詳しいわけじゃないけど。寝ながら色々できる、と思いそうなところだけど、そういうわけじゃないんだ。言うなれば、体は休んでるけど心は動いてる。そんな状態。当然だけど、体は休んでるから体力は回復するよ。でも、ずっと動いてる心はそうはいかないんだ。少しずつ疲弊して、最後には……。
――最後には?
――ごめん。知らない。
リリアの頬がわずかに引きつった。ここまできてそうくるのか、と。つまりは最終的なリスクは分からない、ということだ。それを踏まえてのリリアの結論は、
――いいわよ。
――え?
――貴方にはお世話になっているもの。少しぐらいの無茶ならしてあげるわ。
――リリア……。
さくらの声が震え始める。リリアは苦笑しつつ立ち上がった。
――この程度で泣かないで。寂しくなったらいつでも呼びなさい。
――うん……。ありがとう、リリア。
感極まったようなその声を聞くと、リリアの方が恥ずかしくなってしまう。リリアはわざとらしく咳払いをすると、そろそろ出るわよ、と扉へと向かう。
――じゃあ、ね。週に一回、休日の前の一時間。どうかな?
ドアノブに手を掛けて、リリアは動きを止めた。さくらの言葉が続かないことを確認して、小さく吐息を漏らした。
――別にもっと長くてもいいわよ。
――これでも十分すぎるよ。リリアも、辛くなったらいつでも言ってね。
――ええ。分かったわ。さくらも、遠慮せずにいつでも言いなさい。
――うん……。嬉しい。本当にありがとう、リリア。
さくらには珍しい、心のこもった感謝の言葉だった。気恥ずかしくなり頬が朱に染まるが、さくら相手には隠すことはできないので苦笑して誤魔化した。
扉を開けると、テーブルにティナとクリスが向かい合って座っていた。珍しい組み合わせにももちろん驚いたが、それ以上に二人そろって楽しげに笑っていることにさらに驚いた。
「リリア様。おはようございます」
リリアに真っ先に気づいたアリサが恭しく一礼をする。リリアはそれには応えずに、テーブルに座る二人を見ながら、
「アリサ。あれはどういうこと?」
「あ、その……。リリア様がお休みになられてすぐにいらっしゃいまして……。リリア様が起きてくるまで待つとあちらに……」
リリアは小さくため息をつくと、彼女たちの方へと歩いて行く。すると二人ともすぐに気が付いたようで、席を立った。
「リリア! 大丈夫? もしかして具合悪いの?」
そう聞いてきたのはティナだ。リリアは笑顔で首を振る。
「そんなことはないわ。少しだけ横になりたかっただけ。ところで、クリスはどうしてここにいるの?」
「この子の付き添いです。私自身、少しだけ用事があったのもありますが」
「そう。聞きましょう。何の用かしら」
「では回りくどいものはなしにして……。リリアーヌ様。どのような手を使いましたか?」
これがリリアなりのデレです。多分。
今日は少しばかり短くなってしまいました。
先日の連続投稿の影響、ということにしておいてください……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




