46
友人、と聞いたクリスがわずかに驚きを顔に出し、次いで小さくため息をついた。分かりました、と頷き、
「ですが、せめてどこか別の場所で集まることをおすすめ致します。あまりに悪目立ちがすぎますよ。よからぬ噂が立つかもしれません」
「あら、その心配こそ無用でしょう。そんな噂を流した者など、潰せばいいだけですから」
楽しげなその言葉に、クリスのみならずティナたちも頬を引きつらせた。リリアなら本当に実行することが分かっているためだろう。クリスはやれやれと首を振ると、それでは、と頭を下げてきた。
「それだけ分かっているのでしたら私からは何も言うことはありません。失礼させていただきます」
「はい。ありがとうございました、クリスさん」
優雅に笑うリリアに苦笑を返し、クリスはきびすを返して立ち去っていった。それを見送ってから、ティナが不思議そうに首を傾げた。
「噂だったけど、リリアとクリステル様は仲が悪いと聞いてたんだけど……」
「あら、そんなことはないわよ。幼馴染みだし」
――ええ!?
――どうして貴方が驚くのよ。
――いや、私も普通に仲が悪いと思ってたから……。まさかとは思ったけど、幼馴染みなんて……。
知らなかった、と呆然と呟くさくら。驚いたのはさくらだけでなく、ティナたちもだ。基本的に彼らは上級貴族のクラスの内情を噂でしか知ることができない。その噂の中でも、リリアとクリスの不仲の噂はかなり信憑性が高いものだったはずだ。
だが、実際はそれほど険悪な間柄ではない。現在は学校があるために付き合いは少なくなったが、それまではお互いの屋敷でお茶を飲む程度の付き合いはあった。その時からお互いに辛辣な言葉を投げ合っていたりしていたが、それは悪意があってのことではなく、お互いの悪いところを指摘しあっていただけだ。
もっとも、かなりきつい言い方をお互いにしていたがために、時折本気で喧嘩をしたり、周囲から誤解されることも多かったが、今でもまだ同じ付き合いが続いている、とリリアは思っている。
「ああ、そうそう。ご飯だったわね。行きましょうか」
リリアが思い出したように手を叩き、先を歩く。ティナたちも驚きから覚めないままではあったが、大人しくついてきた。
「一応言っておくわ」
歩きながらリリアが口を開く。声を小さくして、しかし三人にはしっかり聞こえるように。
「今回のことで、クリスは貴方たちを私の友人として認識したはずよ。何かあった時に私がいなければ、クリスを頼りなさい。あの子はああ見えて面倒見がいいから」
――そうなの?
――そうよ。敵対した者には容赦はないけど、そうでない人には優しいわよ。だからあれだけ慕われているんだし。
――人は見かけによらないものだなあ……。
しみじみと呟くさくらにリリアは小さく首を傾げながら、食堂へと歩いて行った。
リリアが食堂に入ると、案の定部屋中が静まり返った。空気が緊張してくるが、しかし続いてティナたちが入ってくると自然とその緊張は霧散し、誰もが雑談を再開し始めた。リリアは不思議に思いつつも、先導を始めたティナたちの後に続く。
ふと食堂の隅で手が上がったのが見えた。ティナたちも気づいたようで、そちらへと足を向ける。そしてそこまで行ってみると、食事を終えた生徒たち六人ほどが席を離れるところだった。
「よければこの席をどうぞ」
男子生徒が笑顔で言う。唖然とするリリアの目の前で、ティナは、ありがとう、と礼を言って空いた席の一つに座った。悪いね、などと言いつつアイラたちも座る。
「それではリリアーヌ様、失礼いたします」
男子生徒たちがにこやかに頭を下げて離れていく。今までなかったその反応にリリアは目を丸くするばかりだ。
「なによこれ……?」
――うん。ティナたちのおかげかな。聞いてみれば?
どうやらさくらには見当がついているらしい。ティナへと視線を投げるが、彼女は、料理をもらってくる、とアイラと共にカウンターに向かってしまった。仕方なくケイティンへと視線を向けると、ケイティンはびくりと体を震わせた後、おずおずといった様子でいすを引いた。
「あの……。とりあえず、どうぞ……」
「ええ……。失礼するわ」
そうして座らされたのは、気を遣ったのかティナの席の隣だった。それで、とケイティンをじっと見ると、ケイティンは困ったように眉尻を下げた。
「この一週間、ですけど……。ティナはリリアーヌ様のことばかり話していました」
「それは……。どういう風に……?」
「えっとですね……。リリアーヌ様は実はとても優しい人で、私にとても良くしてくれている、とか。友達になれて本当に良かった、とか。そんな話ですね」
「あの子は……また勝手なことを……」
それはティナに対してだけであり、他の者にまでするつもりはない。むしろ他の見知らぬ者がティナのような態度を取ってくれば、間違いなく叱責するだろう。
ケイティンは薄く苦笑すると、大丈夫です、と頷いた。
「皆さん分かっています。ティナに対してだけ特別なのだと。だからこそ、二人が過ごしやすいように手を回して、気持ちよく帰ってもらおうとしているんですよ」
――扱いが完全に猛獣のそれだね。触らぬ神に祟りなし。
――都合がいいとは言えるけど、気分がいいとは言えないわね。まあ利用させてもらいましょう。
リリア自身、今のところはティナとアリサを守ることができればそれでいい。はっきり言って他のものには何の興味もない。強いて言えば、ティナが親友だと言うアイラとケイティンも庇護する対象だと思う程度か。
そこまで考えて、リリアは凍り付いた。突然動きを止めたリリアにケイティンは首を傾げるが、リリアは愛想笑いをして誤魔化すばかりだ。
――守りたい? 私が、ティナを? メイドでもない、ティナを? どうして? 友達、だから?
思考がぐるぐると回る。自分で自分の感情が理解できない。それはティナたちが戻ってくるまで続いていたが、料理を前にしてさくらが騒ぎ始めたので、その思考は中断せざるを得なくなってしまった。
☆
リリアが料理を食べている間、さくらはその『味』を堪能していた。上級貴族用の食堂はともかく、こちら側の食堂は自分の生まれ故郷の料理と似ているものが多いため、とても懐かしく感じられる。
さくらは幸福感に浸りながら、先ほどのリリアの様子を思い出し、自然と笑みを浮かべていた。
当初はなかなか変わらない、変えることができないと思っていたが、どうやら少しずつ変わってきているらしい。リリアはティナとアリサを守るべき対象として見ている。自身のメイドで協力者であるアリサはともかく、一先ず友達になっておいただけのティナも、だ。その変化を、素直に嬉しく思った。
これでいい。このままでいい。この調子でいい。
「んふふ」
さくらは楽しげに笑い、愉しげに嗤った。
☆
らいばるさんと仲が良くてもいいじゃないか、と思います。
……だったらライバルじゃないよね、と言われそう……!
ライバルじゃないです、らいばるです!
あと。突っ込まれる前に今回のお話の補足をば。
Q.リリアとクリスの対面時もっと険悪じゃなかった?
A.会って、嫌みを言って、喧嘩をする。二人にとっての挨拶です。
基本リリア視点に近いのでリリアにとっての当たり前が書きづらいですね……。
どうにかしなければ、と少し思います。
こっそりさくらの黒い部分を出してみました。
さくらにも目的があります、ということで。
でもすごくダークに書いていますが、彼女の本質はあくまでこれです。
「はろーおはようこんばんは。さあ、お勉強だ、がっつりいくよ! その前に苺大福を食べてもいいよ! というより食べようよ!」
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




