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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期

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 紅茶を飲み終えて、アリサが二人分のカップを片付けていく。さて、とリリアは席を立った。


「ではセーラ。貴方にはまずやってもらわなければいけないことがあるわ」


 セーラは少しだけ驚きながらも、しっかりと頷いた。少しだけ怯えた表情をしていることが気になるが、あえて無視する。


「ティナに謝りに行くわよ」


 それを聞いたセーラが絶句し、そしてすぐに顔を青ざめさせる。貴族の、特に上級貴族の分かりやすい反応だ。何故自分が下の人間に頭を下げなければならないのか。そんなことを考えているのだろう。庶民や下級貴族に頭を下げることを屈辱だと考えているはずだ。


「セーラ。先に言っておくわ」

「はい……」

「私の下につくのなら、下級貴族や庶民を見下すような考えはやめなさい」


 その言葉が意外だったのだろう、セーラは息を呑み、そして重々しく頷いた。


 ――リリアもがんばれ。

 ――分かってるわよ……。


 リリア自身、それほど見下しているつもりはないのだが、周囲からはそう見られているらしい。まだまだ努力が必要な部分だろう。


「それじゃあ、行くわよ。拒否は許さないから」


 そう告げると、セーラは力無く立ち上がった。




 二階のエントランスに足を踏み入れると、いつものことだが部屋中が静まり返った。しかし慣れ始めているのか、すぐにそれぞれの雑談に戻っていく。今回はセーラもいるのだが、リリアほどの驚きはないのか誰も気にも留めていない。


「リリアーヌ様がいらっしゃったというのに、挨拶もせず……!」

「セーラ。やめなさい」

「あ……。失礼、しました」


 セーラは素直に頭を下げた。リリアはため息をつきつつ、エントランスを横切る。少しだけ視線を感じるが、それだけだ。

 すぐにティナの部屋の前にたどり着き、リリアは扉をノックした。


「り、リリアーヌ様……!」

「何よ。心の準備なんて必要ないでしょう。自分の非を認めて謝るだけなんだから」

「それは……そうですけど……」


 セーラが口の中でもごもごと何かを言っているが、リリアは一切気にもしない。やがて扉が開き、ティナが顔を出した。リリアを見て笑顔になり、そしてセーラに気づいて首を傾げた。


「リリア。どうしたの? その人は……?」

「セーラ・ヴァルディア。ヴァルディア伯爵家の人よ。ティナにくだらない手紙を送った一人ね」


 そう告げると、ティナが目を見開き、まじまじとセーラのことを見つめる。セーラは気まずそうに視線を逸らしたが、リリアが軽く睨むとすぐに姿勢を正した。


「その……。ティナさん……」

「は、はい!」


 ティナが大きく返事をして背筋を伸ばす。セーラはともかく、ティナは何を緊張しているのだろうか。ちなみにさくらはリリアの中で笑うのを堪えている。こちらはこちらで何がそんなにおかしいのか。


「先日はとても失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


 セーラが頭を下げると、ティナはどうしていいか分からずに狼狽してしまう。リリアは助け船を出す、というようなことはせず、静かに成り行きを見守る。


「その……。私は気にしていませんから、大丈夫です……」

「ありがとうございます」


 ティナが絞り出した声に、セーラは頭を下げたままそう答えた。その後は無言の、気まずい時間が流れてしまう。助けを求めるようにティナがリリアを見てくるが、リリアはそれに気づかないふりをした。


「えっと……その……」


 ティナは少し考え、そして、


「よければ……どうぞ」


 二人を部屋へと招き入れた。

 さすがにいすが三つもあるはずもなく、ティナはセーラにはベッドを、リリアには勉強机のいすを勧めてきた。ティナなりに気を遣ったのだろうが、リリアはそれを無視してセーラの隣に腰掛けた。今度はセーラが狼狽してしまうが、知ったことではない。

 だがティナはさすがにかわいそうだと思ったのか、苦笑しつつも言った。


「リリア。セーラさんがすごい恐縮しちゃってるから、こっちに座ってよ」

「仕方ないわね……」


 リリアがいすに座ると、セーラは安堵のため息をついた。ティナはそれを見て笑っている。


「でも驚いたよ。まさか急に連れてくるなんて……」

「こういうことは本人に謝らせるべきでしょう。いずれ他の五人も連れてくるわ」

「いや、いいから。むしろやめて。すごい緊張するんだから……」


 そういうものか、とリリアは不思議に思いながら、仕方ないと頷いた。


「それにしても、ここまでしなくてもよかったんだよ、リリア」

「私はやりたいようにやっただけよ。ティナが気にすることじゃないわ」

「もう……。リリアってやっぱり、なんだかんだ言って優しいよね」


 ティナが苦笑しつつもそう言うと、隣に座っていたセーラが顔を上げた。勢いよく上げたためにティナが驚いているが、セーラはそんなティナを見つめたまま、


「ティナさん……。貴方、分かっているわね……」

「え、え? なにが?」

「リリアーヌ様がお優しいということよ!」


 セーラが立ち上がり、叫ぶ。リリアが唖然とする中、ティナは口角を上げた。


「うん! リリアって優しいよね! どうして他の人は分からないのかな?」

「まったくもってその通り! 他の人の目は節穴なのよ。私は誤解していたわ、ティナさん、貴方はリリアーヌ様をよく見てる。もっとお話しましょう!」

「うんうん! いいよいいよ! いっぱいお話しよう!」


 何故だろう。急にリリアの話題で盛り上がり始めている。しかも当人の目の前で、だ。少しはリリアの気持ちを考えてほしい。さくらもリリアと同じように最初は唖然としていたのに、今は爆笑してくれている。


 ――ちょっと、さくら。面倒なことになってない? どうしてこの二人は私を美化しているの?

 ――あはは! いいじゃない! リリアは優しいんだから大目に見てあげようよ!

 ――この方面ではティナだけでも面倒くさいのに……。さらに増えてるじゃないの……。

 ――むしろ話が合っちゃうせいで余計にたちが悪いね。化学反応を起こしちゃったよ、面倒くささが軽く三倍にはなってるよ。


 さくらはこの状況をとても楽しんでいるようだ。リリアは大きくため息をつくと、天を仰いだ。


 ――さくら。どうにかして。

 ――愛されてるのはいいことだよ。がんばれリリア。あ、ファンクラブができたら一番の番号は上げないでね、私だから。

 ――冗談に思えなくなってきたわ……。


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、リリアは重たいため息をついた。


リリアーヌ様ファンクラブ、会員募集。

参加資格。

1.リリアーヌ・アルディス様が好き、尊敬している。

2.集会中は身分を考えない。皆平等。

3.リリアーヌ様に迷惑をかけない。

参加希望は会長のティナ・ブレイハ、もしくは副会長のセーラ・ヴァルディアまで。


ティナ「これでどうかなリリア!」

リリア「やめなさい」

さくら『あはははは!』


こんな平和な時間も流れているかもしれません。

うん。ずっとこのファンクラブのくだりが書きたかったです。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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