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ブクマ、評価、ありがとうございます。とても嬉しいですよー!
暇つぶし程度になってくれているといいな、と思いつつ、ちまちま書いていきますよー。
さくらですらリリアのこの一連の行動には驚いている。まさかさくらが何も言っていないにも関わらずアリサを専属のメイドにすると言い出すとは思わなかった。何かしら思うところでもあったのだろうか。そう不思議に思うのと同時に、おかしくもあった。
専属のメイドにする、と言われた時のアリサの表情。喜んでいいのか悲しんでいいのか分からないといったものだった。それもそのはず、アリサはもともとリリアの専属のメイドとして雇われている。そのようにリリアにも紹介されている。それを覚えてもらえていなかったことに悲しみ、同時に改めて本人から専属のメイドにすると言われ、喜んでいるのだろう。
その時の反応を思い出し、また笑いそうになるのを耐えながら、さくらはこれからのことに思いを馳せた。
簡単にだが湯浴みを終えたリリアは、アリサが用意してくれたドレスを着て、彼女を伴って屋敷の外に出た。一人で大丈夫だから仕事に戻れと言ったのだが、アリサは絶対についていくと譲らなかった。どうやら自分は信用がないらしい。
屋敷の周囲には花壇が並んでいる。これはメイドたちが育てているもので、それぞれで受け持ちがあるらしく、花壇によって違う花が咲いている。花壇そのものの並びは整然としているのに咲いている花には統一性がない。中には季節が違うのか、芽だけが生えているものもある。
「改めて見たけど……。これ、どうにかならないの? お客様が一番最初に見るものなんだから、もっと見栄えを気にした方がいいと思うのだけど」
リリアがそう言うと、アリサは困ったような笑顔を浮かべた。
「旦那様が私たちに与えてくれたものでして……。旦那様曰く、気にしなくていいから好きに使え、とのことでした。見栄えとか、そんな些細なことは気にしなくていい、と」
「ふうん……。それはつまり、私はそんな些細なことを気にする心の狭い女だと言いたいの?」
「え? そ、そんなこと思っていません! 本当です!」
どうだか、とリリアは顔を逸らすと、庭の奥へと歩いて行く。その後ろを、肩を落としたアリサが続く。
――リリア。優しく。優しくだよ?
――分かっているわよ。ちょっとからかっただけ。
今まで気にもしていなかったのだが、このアリサという少女は喜怒哀楽がはっきりとしているようだ。話していてなかなかにおもしろい。
「アリサ。貴方の花壇はどれ?」
「私の、ですか? 見てもつまらないですよ。見ない方が……」
「いいから案内しなさい」
「うう……。分かりました……」
何故かアリサは自分の花壇をリリアに見せたくないらしい。不思議に思うが、見られたくないと態度で示されると逆にどうしても見たくなってしまう。さくらが呆れているのが分かるが、そんなものは無視だ。
アリサがリリアを先導して歩いて行く。途中、何人かの他の使用人とすれ違ったのだが、誰もがぎょっと目を剥いてリリアとアリサを見ていた。中にはアリサを心配してかすれ違った後もこちらを盗み見る者までいた。
別に取って食いはしないのに、とも思うが、それが伝わることはない。
そしてアリサに案内された場所は、屋敷の裏口の側だった。主に使用人や商人が使う出入り口だ。その側に小さな花壇があった。
「なにこれ。何もないじゃない」
アリサがこれだと示した花壇にあるのは、土のみだ。雑草すら生えていない。説明を求めてアリサに視線をやると、アリサは頬を引きつらせながら答える。
「いえ、その……。時間がなくて、ですね……。何も植えていないんです。以前はがんばってみようと思ったんですが、枯らしてばかりで……」
「どうして時間がないの? 貴方だけ仕事が多いとでも言うつもり?」
別にアリサを助けようとは思わないが、もしそうなら彼女の上司に意見ぐらいしてやってもいいだろう。なにせ自分の専属のメイドだ。それぐらいはしてもいいと思える。
だがアリサは首を振ると、小さな声で告げた。
「私が遅いから、です。もっと先輩たちみたいに動けたらいいんですけど……」
どうやらアリサ自身の問題らしい。思わずリリアはため息をついてしまった。さらにアリサが言うには、先輩たちはアリサの花壇が雑草だらけにならないように手入れまでしてくれているそうだ。いつでも何かを植えられるように、ということらしい。
「それで? 何かを植える予定はあるの?」
「いえ……。まだないですね……」
「そう」
そこで会話が途切れてしまう。何もない花壇をじっと見つめるリリアが何を思っているのか不安なのだろう、アリサはそわそわと挙動不審になっている。もっとも、リリア自身は本当に何も思っておらず、ここで花を育てるのか、程度のことしか考えていない。
――リリア。
さくらの声。リリアは無言で先を促す。
――アリサと一緒に花を育ててみよう。きっとアリサは喜んでくれるよ。
それを聞いたリリアが渋面になり、それを見ていたアリサの表情は見る間に青ざめていく。
――嫌よ。面倒くさい。
確かにリリアはアリサを専属のメイドに据えたが、別に彼女に尽くそうなどとは思っていない。はっきり言ってしまえば、年が近い者を確保しておいた方が今後のことを考えると便利そうだからだ。それ以上でも以下でもない。
そのことをさくらに告げると、どこか落胆したようなため息をつかれてしまった。
――きっかけは何でもいいよ。リリア。従って。
今度はリリアがため息をついた。何の意味があるかは分からないが、さくらの指示には従うと言った自分の言葉を曲げたくはない。仕方なくリリアはアリサへと振り返った。すっかり萎縮してしまっているアリサへと告げる。
「この花壇、しばらくは使う予定はないわね?」
「あ……。はい」
「じゃあ私がもらうわ」
突然放たれたその言葉に、さくらがなぜと息を呑み、アリサはぽかんと呆けてしまった。徐々に意味が分かってきたのか、見ていておもしろいほどに狼狽え始めた。その様子をしばらく見つめていると、やがてアリサは短く嘆息して、分かりましたと頷いた。
「私には使う予定がありませんし、この花壇はお嬢様に差し上げます。旦那様には私の方から伝えておきますね……」
「いいえ。お父様にはお願いしたいことがあるから私が言うわ。お父様に会ってくるから、ここで待っていなさい」
怪訝そうに眉をひそめるアリサを残し、リリアは裏口から屋敷へと戻った。
――リリア。どういうつもり?
――何が? ちゃんと指示には従っているわよ。
――むう……。まあどう従うも従わないも、貴方の自由だけど……。
父の元へと廊下を歩く。この時間なら、父は執務室で書類に目を通しているはずだ。朝食の前に今日の仕事を確認するのが父の日課となっている。二階にある執務室のドアをノックすると、果たして父の声が聞こえてきた。
「誰だ?」
「私です、お父様」
「リリア……? 部屋から出てきたのか。入れ」
無愛想な言い方だが、とても嬉しそうな雰囲気がある。あまり人に感情を悟らせない父だけに、父の様子にリリアは少なからず驚いた。そして少しばかり反省する。それほどまでに心配をかけていたのかと。
リリアが執務室に入ると、部屋の最奥、執務机のいすに父は座っていた。リリアを真っ直ぐに見つめる瞳は冷たいもののように見えるが、頬がわずかに動いている。笑顔を堪えるかのように。
「おはようございます、お父様」
「ああ、おはよう。それで何の用だ?」
嬉しそうな雰囲気とは裏腹に、会話を急いでいる。父が貴族の中でもかなり多忙な方だと知っているリリアは、すぐに用件を切り出した。
「父様はメイドに花壇を差し上げているそうですね」
「ああ。気晴らし程度になるだろうと思ってな。それがどうした?」
「一つお願いがございまして。アリサの花壇をいただきたいのです」
父の表情が失望のそれへと変わった。父が首を振って、リリアを見つめる目を細める。それだけで室温が一気に下がったような気がしてしまう。
「リリア。お前はまだ、そんなことを言っているのか……」
父は自分が何をしようとしているのか分かっているのか。さすがお父様と感心しながら、リリアは告げる。
「何かおすすめの種はございませんか? あれば譲っていただきたいのですが」
父は何も言わず、静かに立ち上がると、壁際にある棚へと向かう。棚を開くと、その中から小さな紙袋を取り出した。どうしてあんなところに花の種をしまっているのかと不思議に思うが、父がそれを持ってこちらへと歩いてきたのでその思考は放棄した。
父がその紙袋を差し出してくる。リリアはそれを、恭しく受け取った。
「リリア。あまり度が過ぎると、私も庇いきれなくなるぞ」
「まあ、おかしなことを言うのですね。私は何もやましいことはしていませんよ?」
父が大きくため息をついて、下がれ、と短く告げて部屋の奥へと戻っていく。リリアはその場で深く一礼すると、部屋を退室した。