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そう言いながらも、さくらの言いたいことは理解できる。リリアも以前はこの紙を送りつけた者と似通ったことをしていたと言いたいのだろう。自分自身が情けないと今なら素直に思える。
――そう思えてるなら、リリアは大丈夫だよ。
――ならいいのだけど。
紙をめくりながら、とりあえず目を通していく。そして最後の一枚を見た時、リリアの動きが止まった。
「リリア? どうしたの?」
かわいらしく首を傾げるティナに、リリアは曖昧な笑みを返した。最後の一枚だけ抜き取り、他のものは元の場所に戻しておく。
「ティナ。これは捨てないようにね。不愉快なのは分かるけど」
「え? うん。いいけど……」
実に不本意そうだったが、これはいずれ使うかもしれない。捨てさせるわけにはいかないものだ。
「リリアが持ってるそれは?」
「これは……。ちょっと預かるわ。返せないかもしれないけど、いいかしら?」
「いいけど……。何をするの?」
不安そうに問いかけてくるティナ。今でこそティナと普通に話しているリリアだが、リリア自身、以前はもっと過激な行いをしていたものだ。そのリリアが、心無い言葉が書かれた紙を持って行くという。嫌な予感しかしないだろう。そしてリリアも、隠すつもりはない。
「この字には見覚えがあるから、本人に聞いてみるわ」
その言葉が予想通りだったのだろう、ティナはどうにも複雑そうな表情をしている。ティナにために動くというリリアに喜ぶべきか、この後を考えて怖がるべきか、と。
「あの、リリア。わたしはそんなに気にしてないから……。だから、ひどいことしないでね?」
「分かっているわ。貴方の意志を尊重する。注意するだけよ」
ティナの顔をしっかりと見て、笑顔でそう告げる。ティナは安堵のため息を漏らすと、ありがとう、と力なく微笑んだ。
「じゃあ私は行くから。そうそう、洋服だけど、もう少しの間借りていてもいいかしら?」
「うん。あ、そうだ。あの服で良ければ上げるよ。お父さんにもそうするように言われたから」
いつの間に父と会っていたのか。少しだけ驚きつつも、ティナの好意に素直に甘えることにした。ティナはともかく、その父は何か考えがあるのかもしれないが、直接会ったわけではないのであまり気にする必要もないだろう。何か言われれば、全力で叩き潰すまでだ。
――容赦ないなあ……。
さくらの苦笑を流しながら、リリアはティナに軽く手を振ると、その部屋を後にした。
部屋を出て、歩き出そうとしたところで、
「リリアさん」
声をかけられ、立ち止まった。振り返ると、アイラとケイティンがそこにいた。
「その……。ティナの様子、どうだったかな……」
アイラのその問いに、リリアはわずかに眉をひそめた。自分で確認すればいいだろうに、と思うが、とりあえず素直に答えておく。
「何も。いつも通りだったわよ」
「そ、そうか! 良かった……」
「まあ、明らかに無理はしていたけれど」
付け加えられたその言葉に、顔を輝かせていたアイラとケイティンの表情が凍った。少しずつ気落ちしたものに変わっていく。
「どうしよう……。あたしたちだと何も力になれない……」
「せめてもう少し上の貴族だったら……少しぐらい支えられたかもしれないのに……」
「心配するわりに部屋には入らないのね」
この二人はこの程度だったのか。若干の失望を込めてそう言うと、アイラがリリアを睨み付けてきた。
「朝から何度も会ってるよ。でもあたしから見てもあいつはいつも通りなんだ。無理をしてるってことは何となく分かってたけど……」
ティナの力になりたいとは思っているようだ。少しばかり安堵しつつ、その意志があるなら大丈夫だろうと頷く。ケイティンの方を見ると、じっとこちらを見つめていた。
「リリア様ならどうにかできませんか?」
「さて、ね……」
二人から視線を逸らし、ティナの部屋の扉を見る。物音の一切しないその扉。ティナは今、何を考えているのだろうか。
「貴方たちにお願いしたいことがあるのだけど」
ぽつりと漏らされたその言葉に、二人が大きく目を見開いた。そんなに自分がお願いするのが意外なのかと少しだけ腹を立てながらも、口にして仲違いをしても意味がないと口には出さない。しっかりと二人を見据えて、言った。
「今後、ティナが出歩く時は、貴方たちも一緒に行動しなさい。それだけでずいぶんと変わるはずだから」
「え……? そんなことで?」
「変わるのよ。一人きりを狙った方が嫌がらせっていうのはやりやすいもの」
――さすが経験者。
――うるさいわね。
「あとこれも渡しておくわ」
そう言いながらリリアが取り出したものは、複雑な魔法陣が描かれた大きめの紙だ。それを目の前で四つに折り、アイラへと差し出す。アイラは困惑しながらそれを受け取り、問いたげな視線をリリアへと向けてきた。
「風の精霊の力を借りて、声を任意の相手に届ける魔法陣よ。対象は私にしてあるから、何かあればいつでも連絡しなさい」
「い、いいのか?」
「ええ。ただしそれは私に届くだけで返事は送れないから。くだらないことには使わないように」
念のために釘を刺しておくのは忘れない。緊急の対応が必要な時以外に使われても正直困るだけだ。それも分かっているのだろう、アイラとケイティンはしっかりと頷いた。
「そろそろ行くわね。ああ、そうそう、アイラさん。地図をありがとう。また今度、お願いするわね」
「ああ、ちゃんと役に立ったなら良かったよ。あんなのでよければいつでも言って」
リリアは頷くと、今度こそその場を後にした。
リリアは自室に戻ると、寝室に入り、いすに深く腰掛けた。これからどう動こうかと考えを巡らせていく。
――やっぱり注意だけじゃないんだね。
――当然でしょう。あんな顔を見てしまうとね。
ティナは確かに平静を装っていた。実際にあの時はもう落ち着いていたように見える。だがリリアは気づいてしまった。ティナの目元に、泣きはらしたあとがあることに。それを思い出すだけで、怒りがふつふつとこみ上げてくる。
悪役スイッチ入りました。
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ではでは。




