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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期

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 先ほどまでの真面目な空気はどこへやら、さくらは苺大福の味にご満悦だ。リリアは、仕方ないなと苦笑しつつ、もう一個購入して次の店に向かった。

 その後はどうでもいいような雑談を交わしつつ、アイラの紙に書かれた店を巡る。途中、気になる店や料理は数多くあったが、それらは一つの例外を除いて全て無視している。その例外が苺大福なわけだが。

 そうしてぐるっと一周して最後の店で買い物をしていた時に、


「お嬢様。そろそろよろしいでしょうか」


 男の声。振り返らなくても声だけで分かる。密偵三人のうちの一人だ。そう言えば密偵の少女はこの男のことを父上と呼んでいたが、やはり親子なのだろうか。少しだけ気にはなるが、詮索するようなことでもないので口には出さなかった。


「分かっているわ。これを買ったら帰るわよ」


 リリアの目の前で小さな紙箱が包まれていく。それを店員から手渡されたリリアは、わずかに口角を上げながら目の前に見えている学園に向かう。

 門にたどり着くと、兵士はリリアを一瞥すると何も言わずに道を空けた。リリアも特に何も言わずに、そっとその場を通る。いつの間にか密偵の男はいなくなっていた。そしてそのまま着替えた教室に戻ると、出た時と同じようにアリサが待っていた。


「お帰りなさいませ、リリア様」


 アリサが丁寧に頭を下げる。リリアは頷きを返し、持っていた紙箱を机に置いた。


「これを私の部屋に持って行っておいてくれる? 私は夜会に顔を出してくるわ」

「はい。畏まりました」

「ああ、ちなみにこのうちの一個はアリサのものだから。先に食べておいていいわよ」


 アリサが驚きからか大きく目を見開いた。少しだけ声を震わしながら、


「よろしいのですか……?」

「いいと言っているでしょう」

「ありがとうございます!」


 アリサが勢いよく頭を下げる。リリアは不思議に思いながらも、着替えの手伝いだけ命じて、後はそのまま部屋に戻らせた。

 夜会に戻ると、入口に立っている男がわずかに目を見開いた。


「お帰りなさいませ、リリアーヌ様。その、申し訳ないのですが……」

「もう少しで終わりなのでしょう? 構いません。挨拶をするだけですから」

「失礼しました。では、どうぞ」


 男の側を通り、会場に入る。ここを出た時と違い、大勢の人がその場にいた。テーブルには未だに数多くの料理が並んでいる。


 ――リリア。食べないの?

 ――さすがにもう食べられないわよ……。

 ――まあ、それもそうだね。


 街を回っている間に食べたお菓子ですでに腹は満たされていた。食べられないことはないが、無理して食べる必要はないだろう。

 ふと視線を感じて周囲を見回す。こちらを見ている何人かと目が合ったが、すぐに相手の方から逸らしていた。少しだけ不機嫌になりつつ、用事を済ませるために目的の人物を探す。その人物を中心としてちょっとした集まりができているので、すぐに見つけることができた。

 そちらへと向けて歩き出す。リリアに気づいた周囲が静まり返り、リリアのために道を空ける。いつもの光景だ。その中にはティナの姿もあった。


 ――え?


 さくらとそろって心の中で声を発し、不自然にならないように視線だけで右前方を見る。確かに、ティナだ。豪奢なドレスを着ているティナは、とても居心地が悪そうに見えた。


 ――馬鹿王子の仕業だろうね。

 ――ほんっとうに……。ろくでもない……。


 少しはティナの立場を考えろ、と今なら思える。確かにティナは男爵家だが、王家主催の夜会に呼ばれるほどの家柄ではない。周囲のほぼ全員が上級貴族の中、ティナはどのような心境でここにいるのだろうか。王子は、嫌なら断れば良いと思っているかもしれないが、男爵家のティナが王子の誘いを断れるはずもない。

 そんなことにも頭が回らないのか、と軽く失望しつつも、リリアは目的の人物、王子の目の前で立ち止まった。


「リリアーヌ。何しに来た」


 開口一番のそのような言葉に、リリアは思わず眉をひそめた。周囲からも戸惑いの声が漏れている。リリアはすぐに笑顔の仮面を貼り付けると、


「まあ、招待状を届けさせておいて、その言い方はあんまりですわ」


 笑顔は笑顔でも嘲笑ではあったが。


「こちらも送りたくて送ったわけではない。公爵家の者を呼ばないわけにはいかないとうるさかったのだ」

「私だって来たくはありませんでしたけどね。王家から招待状を受けて欠席するわけにもいかないでしょう。私としては、貴方を視界に入れることすらしたくありませんのに」


 王子が眉を吊り上げた。怒鳴るために息を吸い込み、


「少しは立場を考えていただけませんか、殿下」

「貴様に言われたくはないわ!」


 王子の、怒鳴り声。周囲の空気が張り詰めるが、リリアにとっては知ったことではない。


 ――いやでも、一応場所が場所だし、リリアも自分の立場を考えないと。家族に迷惑がかかるよ。

 ――それは……。そうね、気をつけるわ。


 荒み始めていた心を何とか落ち着かせ、リリアは王子を睨み据える。それはやめないんだね、とさくらが苦笑するが、さすがにこれは直せない。


「そうですね。私も場所を考えずに言い過ぎました。申し訳ありません」


 そう言って頭を下げる。周囲から驚きの声が漏れる。滅多に頭を下げないリリアが素直に下げたのだから当然とも言える。


「ふん。分かればいいのだ」

「はい。反省しましょう。反省した上で申し上げます。少しは立場を考えてください」


 な、と王子が絶句し、そして顔を怒りで赤くする。リリアは今度は謝罪せずに、ちらりと背後を振り返り、すぐに王子へと視線を戻した。


「殿下。どうしてこの場に男爵家のティナ様がいらっしゃるのでしょうか」

「そんなものは決まっている。私が呼んだからだ」

「何故?」

「貴様には関係ないだろう!」

 ――馬鹿だ。馬鹿がいるよ。

 ――だめよ、さくら。失礼じゃない。

 ――誰に?

 ――馬鹿に。


 心の中でさくらと軽口を交わしつつ、それを清涼剤にしてリリアは微笑んだ。さくらのおかげで、怒りすぎないでいられる。


こっそり街巡りはまた別の機会に行く予定、かもです。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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