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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期

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 そう、とリリアは頷きつつ、だがあまり嬉しいとは思えない。リリアにとってはどうしても地味なように思えてしまう。これで外を出歩くのか、と思うと少しだけ気分も落ち込んでしまう。


「ちゃんと庶民に見えるかしら?」


 リリアがそう聞くと、アリサと密偵の少女二人ともが目を逸らした。え、と固まるリリアに、慌てたようにアリサが言う。


「だ、大丈夫です! 庶民、とはまた違いますが、お忍びで来ているお嬢様、ぐらいには見えますよ!」

「そうです、少なくとも公爵家のご令嬢には見えません!」


 それは安心していいのだろうか、喜んでいいのだろうか。リリアにはどうにも答えが分からず、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


「リリア様。これもどうぞ」


 そうして渡されたのは麦わら帽子だ。これも一緒に入っていたらしい。それをかぶると、少女二人は満足そうに頷いた。


「大丈夫そう?」

「ええ。大丈夫です」

「何かあってもお守りしますので安心してください」


 この少女に守られるのか、と少しだけ怪訝そうに見つめると、少女はリリアの考えを察したのかすぐに首を振った。


「何かあった時は私では対応しきれません。学園を出てからは、父上が陰ながら同行させていただきます」

「そう。一緒に歩いてくれてもいいのだけど」

 ――え? いいの? リリア、想像して。ちょっといいところのお忍びのお嬢様とそれに並んで歩く黒ずくめのおっさん。

 ――おっさん、て貴方ね……。


 苦言を呈しつつも、想像してみる。すぐに、これはない、と首を振った。


「ごめん。訂正するわ。一人で歩きたい」

「畏まりました」


 苦笑しつつ、では戻りますね、と少女が一礼して教室を後にした。その後ろ姿を見送りながら、ふと思い出したことがあった。


「そう言えば私、あの子もそうだし、他の二人の名前も結局聞いてないわね」

「そうでしたね。お答えしましょうか?」

「いえ、いいわ。機会があれば自分で聞くから」


 それよりも早く行かなければ帰りが遅くなってしまう。リリアが扉へと歩き出すと、アリサは黙したまま頭を下げた。



 学園の門には常に国の兵士が常駐している。門を通るためにはここで様々な手続きするのが普通だ。まずここでどうやって誤魔化すか、もしくはどう内密にしてもらうかを考えていたのだが、


「いってらっしゃいませ」


 何も言われずに通されてしまった。


 ――どういうこと?

 ――うん。あとで密偵の人たちにお礼を言っておいてね。先に話を通してくれたみたいだから。


 その言葉に、リリアは目を丸くした。そんな話は聞いたことがなかったのだが。


 ――この間のことがあるから、リリアの不興を買わないように必死なんじゃないかな。

 ――そこまで怒ったつもりはないのだけれどね。

 ――いや十分怖かったからね?


 そんなものか、と思いつつ、リリアは敷地の外に出た。

 学園の南側すぐは、左右に延びる広い通りと真南のさらに広い通りになっていた。そのどちらにも、何かしらの店が並んでいる。リリアはアイラから受け取った紙を広げると、地図に従って歩き出す。だがすぐに立ち止まった。


 ――さくら。この地図、分かる?

 ――うん。分かるけど……。ああ、そっか。これは要所要所しか書いてない地図だからね。案内してあげる。


 さくらの指示の元、リリアは南側の街の中へと繰り出した。



 ――この国にはね、百年前に賢者様がいたんだよ。賢者様は多くのことをこの国に伝えたんだけど、特に力を入れたのか食べ物なんだって。何でも、自分が好きなものが何一つないってことですごくがんばったらしい。なんて素晴らしい人なんだ! ところでリリア、聞いてないでしょ。あ、そこ右。

 ――聞いてるわよ。ただ私は貴方ほど食べ物に執着していないけど。


 さくらの案内に従い、リリアは賑やかな通りを一人で歩いて行く。行き交う人々がリリアをを見て振り返っているが、学園では当たり前のことでもあるので気にもしない。それ故に、何故注目を集めているかを考えることすらしていないのだが。

 さくらは案内を始めてからすぐに、この国の歴史について講義し始めた。歴史といっても、食べ物のことばかりだ。確かに美味しいものを食べたいという願望はあるが、さくらほど執着しているわけではない。食べ物に改革をもたらした賢者など興味もない。

 それはさくらも分かっているというのに、ずっと話し続けている。わざわざ、時折聞いているかと確認してまでだ。


 ――ねえ、リリアは不思議に思わないの?

 ――何がよ。

 ――塩のちゃんとした作り方も知らないのに、当然のようにどこにでもあるんだよ。


 ぴたり、とリリアは足を止めた。

 この国には様々な調味料が揃っている。当然ながら塩や砂糖もある。そしてそれらは、魔法陣で精霊たちにお願いすることにより、作成過程を省略して原料から作られているものだ。

 本来なら作成過程を知らなければ精霊たちに願うことすらできない。故に誰かは作成過程を知っているはずだというのに、作り方として知っているのは魔法陣によって作る、ということだけだ。それが当たり前だと思っていたが、指摘されると妙な話だと分かる。


 ――ね。不思議だね。


 楽しげに笑うさくらに、リリアは薄ら寒いものを覚えてしまう。この声の主は、それらの作成方法を知っていた。魔法陣に頼らず作る方法を。


 ――さくら。貴方もしかして、その賢者だったりするの?


 少しばかりの確信を込めてそう問うたが、しかしさくらは、違うと即答した。


 ――ただ、その賢者さんは私と似通った人なんだろうなとは思うよ。私みたいに誰かに取り憑いていたのかは分からないけど、ね。あ、リリアそこのお店! すごいよ苺大福だよ買って買ってねえ買って!

 ――真面目な話をしていたと思ったら……。もう少し続ける努力をしなさいよ……。


 口では文句を言いつつも、リリアはさくらの示した店へと向かう。店頭に大福と呼ばれている菓子が並び、苺大福というものはそれらの真ん中に、目立つようにして並べられていた。それを一個だけ購入して、その場で口に入れる。


 ――へえ……。苺そのものが入っているのね……。

 ――いちごだいふくだあ! 味もいちごだいふくだ!


少しだけ食文化に、というより賢者さんに触れてみました。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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