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「ティナ! 来ちゃだめ! 部屋に戻りなさい!」
アイラが叫ぶが、足音は何も気にすることなく近づいてくる。
「来ちゃだめだってば!」
そう叫ぶアイラの横から、ティナが顔を出した。そして、あ、と嬉しそうな声を上げる。
「リリア! こんなところにどうしたの?」
親しげな声に、アイラとケイティンが目を丸くした。それどころか、周囲の誰もが口を間抜けに開けている。その周囲の反応にティナは首を傾げていた。
「あれ? どうしたの? アイラもケイティンも、そんな変な顔して」
「いや、その、えっと……」
アイラの視線がリリアへと向く。困惑の色を浮かべているアイラにリリアは笑みを送り、そしてティナへと声をかけた。
「ティナ。少し時間いいかしら? 少しお願いしたいことがあるのよ」
「お願い? リリアが私に!? もちろん大丈夫だよ! 私の部屋に……。あ、片付けてくるからちょっと待ってて! すぐに戻るから!」
そう言って慌ただしく駆けていく。後に残されたのは呆然としているアイラとケイティンたちと、それを少しおかしそうに見つめるリリアだけだ。リリアを見ていたアイラは気まずそうに視線を逸らし、
「その……。ごめん」
「いいわ。許しましょう。改めて、案内してくれるかしら?」
「うん……。こっち」
しおらしく頷いて、アイラが奥へと歩いて行く。ケイティンがそれに続き、リリアもその後を追った。
二階の各部屋に続く廊下には、三階よりもかなり短い間隔で扉が並んでいた。それだけでそれぞれの部屋の広さが分かる。リリアにあてがわれている部屋の寝室程度の広さがあればいい方だろう。噂には聞いたことはあるが、本当に狭い部屋で生活しているようだ。
――むしろリリアの部屋が広すぎるんだよ。私が住んでいた部屋よりも広いよ。
――へえ……。さくらはどんな部屋に住んでいたの?
――ワンルームだよ。でもちゃんとお風呂はあった! いいでしょ!
――そうね。私の部屋にもあるけどね。
――これだからお金持ちは! 羨ましくなんてないよ!
そう言っているわりには、小声ながらあのお風呂に入ってみたいな、などと聞こえているのだが、聞こえないふりをするのが優しさだろうか。そんなことを考えていると、アイラが一つの扉の前で立ち止まった。
「ここ」
そう言って扉をノックする。
「ティナ。とりあえず連れてきたけど……」
「も、もう少し待って!」
ばたばたと何かを片付けている音が聞こえてくる。そんなに散らかっているのかと意外に思っていると、ケイティンが苦笑して、
「誤解しないであげてくださいね。散らかっているといっても勉強道具ばかりで、それを片付けているだけなんだと思います」
「へえ。熱心なのね。感心だわ」
やはりティナは勉強をしている側だったようだ。想像通りではあるが、何故か少しだけ嬉しく思ってしまう。そんなリリアをアイラとケイティンが珍獣を見るような目で見てきているのだが、リリアは全く気づいていない。
しばらく待って、ようやく扉が開いた。ぎこちない笑顔を浮かべたティナが顔を出し、えへへと愛想笑いをしている。
「ごめんね、待たせちゃって。どうぞ。あ、アイラとケイティンは……えっと……」
「私は別にいいわよ。この二人も心配そうだし」
リリアの言葉に、アイラとケイティンはばつが悪そうに目を逸らした。いつまで疑っているのかと不愉快になりそうにもなるが、それだけティナのことを心配しているのだろう。ティナは良い友達に恵まれているようだ。
ティナの部屋はリリアの部屋と比べるととても小さな造りだった。真正面の壁に窓があり、左側にベッド、右側に勉強机がある。机の隣には教材などが並ぶ本棚もあった。それ以外には何もなく、ベッドの机の間は人が一人通るだけのスペースしかない。
「狭いわね……」
リリアが呟くと、ティナが苦笑いをしつつ、
「リリアの部屋は広いからね。実はちょっとだけ羨ましいかな。せめてあと一部屋分広ければいいんだけど、そうなると部屋数が足りないのは分かってるから……」
「どっかの貴族連中がもっと狭い部屋に移れば解決するだろうけどね」
アイラの棘のある言葉にケイティンがぎょっと目を剥き、ティナは何とも言えない微妙な表情でリリアの顔色を窺ってくる。リリアは、
「それでお願いのことなんだけど」
一切聞こえていない振りをして話を切り出した。
――成長したね、リリア。ちょっとうれし……。
――あとでどう調理しようかしらね……。
――してなかった! 口に出してないだけだった! リリアだめだからね、ティナのお友達なんだから潰したらだめだよ!
――つまり友達でなければ良かったのね。
――よくないよ! 極端だよ!
――ああ言えばこう言う、我が儘ね……。
――私!? 私が悪いの!?
うがあ、と叫ぶさくら。リリアはその声を意識から追い出し、改めてティナに顔を向けた。
「さっきも聞いたけど、リリアがわたしにお願いだなんて……。わたしにできることなら力になるよ?」
「ありがとう。でもそんなに難しい話でもないわ。貴方にとってはすぐに終わることだし」
どういうことかと不思議そうに首を傾げるティナ。リリアはちらりと本棚に並ぶタンスを見ながら、
「服を一着、貸してもらえないかしら」
ティナが驚きで目を見開き、アイラとケイティンも絶句していた。しばらくしてティナが先に我に返り、遠慮がちに言う。
「えっと……。わたしの持っている洋服はリリアが普段着ているようなものじゃないんだけど……。その、庶民、というか、そんな人が着る服がほとんどだよ?」
「構わないわ。というよりね、そういった服を貸してほしいのよ。あとできれば、帽子なんてあればなお良いのだけど」
何に使うのだろう、とティナは不思議そうにしながらも、タンスの方に向かった。ちょっと待ってね、とタンスを開いて唸り始める。
「あのさ、リリアさん」
アイラの声。リリアが振り返ると、神妙な面持ちのアイラが続けた。
友人は(一応)大切、その友人には容赦しない、それがリリアクォリティ。
さくらに止められたので未遂になりましたが。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




