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――さくら……。
――待って待って! ちゃんと考えがあるから! 今思いついたから!
――行き当たりばったりね……。どんな?
――持つべきものは友達、だよ。ティナに会いに行こう!
なるほど、とリリアは少し納得した。この国において、男爵という位は限りなく庶民に近い貴族というものだ。ティナなら庶民に溶け込める服をいくつか持っていることだろう。ただ、やはり問題もある。
――私が行かないといけないわよね?
――まあね。変装するんだし、アリサとかに行ってもらうのはだめだと思うよ。いや、アリサなら協力してくれるかもしれないけど、間違いなく心配されるよ。
リリアがはっきりと命じれば従うだろうが、アリサに対してはそれはしたくはないと思っている。リリアのメイドであると同時に、数少ない協力者だ。大切にしたい。そう思っている自分に気がついて、少しだけ驚いた。
――仕方ないわね……。周りから何か言われそうだけど、行くとしましょう。
――がんばれー。
――気楽でいいわね……。
リリアは招待状に記載されている時間を確認して、小さく舌打ちした。夜会が開かれるのは今晩となっている。もっと早めに連絡してほしいとは思うが、どうせこれを計画したのはあの馬鹿王子だろう。あいつなら、ティナを誘う口実として夜会を急遽開催することぐらいしてもおかしくはない。
ただ、他に夜会の予定がなかったことから事前に計画はあったのかもしれないとは思う。ティナに断られないように、知らせるのを直前にしたのだろうか。
ともかく、リリアにはその辺りの事情は関係のないことだ。あまり時間もないので、準備を急がなくてはならない。
「アリサ。少し出かけてくるわ」
慌ただしく働き始めているアリサにそう告げると、リリアは部屋を後にした。
リリアが二階に下りて、そしてエントランスに出ると騒がしかった部屋が途端に静かになった。周囲を見ると、談笑していたと思われる生徒たちがそろってリリアを見て固まっている。上級貴族がこの階層に足を踏み入れることがないことを考えると、当然だろう。
――仮にも公爵家だから余計にだね。とりあえずティナの部屋を聞いてみようよ。
――そうね……。誰なら知っているでしょうね。
――誰でも知ってるんじゃないかな。有名人だし。どこかの馬鹿王子のせいで。
――ろくでもない馬鹿王子ね。
さくらと共にかつての想い人を罵倒しつつ、とりあえず側のテーブルへと向かう。そこにいたのは男子生徒が三人で、リリアが自分たちの方に向かっていることを知った三人が顔を青ざめさせた。まだ何もしていないのに、と少しだけ不愉快に思いながらも、少年たちへと問いかける。
「ティナ・ブレイハの部屋を探しているのだけど、知っているかしら?」
三人が顔を見合わせ、そしてためらいがちに頷いた。よろしい、とリリアは頷いて続ける。
「では案内しなさい。今すぐに」
「それは、構いませんけど……。何をしに行くのですか?」
「貴方に関係あるのかしら?」
リリアがわずかに目を細めると、三人が体を震わせる。どうにもこの三人だと話にならないと思っていると、
「ちょっといい?」
背後から声をかけられた。振り返り、その声の主を視界に納める。ショートカットの栗色の髪に気の強そうな赤い瞳が印象的な、リリアと同年代と思える少女だった。珍しいことにリリアを睨み付けている。それが少し新鮮で、リリアは思わず笑みを浮かべた。
「何よ」
その少女が口を開き、リリアは微笑のまま首を振る。
「いいえ。何でも無いわ。それで私に何か用?」
「そうだ。あの子に……ティナに何の用? 答えによっては叩き出す」
「へえ……。叩き出す? 貴方が? 私を? へえ……」
ゆっくりと、笑みを深める。少女が頬を引きつらせ一歩後退るが、しかし気丈にもリリアを睨み付ける目にさらに力がこもった。少しばかり驚きながらも、少女の反応を窺う。
「あたしは、貴族なんかに屈しない! ティナはあたしたちが守るんだ! 帰れ!」
なるほど、とリリアは内心で頷いた。どうやら完全に誤解されているらしい。今までの行いを考えるとそれも仕方のないことなので、怒りは覚えない。
――友達のためにリリアを睨み付けるなんて、なんて健気な子なんだ! リリア、その子の爪をもらっておこうよ。煎じて飲もう。
――それを飲んだら貴方がもう少しましになるの?
――え? その返し方は予想してなかったけど……。え、あれ? リリアの私に対するイメージって……。
悩み始めたさくらを無視し、少女に視線を向ける。どうやって誤魔化そうかと思ったところで、
――え? 誤魔化すの? そのまま言えばいいじゃない。悪いことしてないんだから。
なるほど、とリリアは頷いた。確かに今回はティナに協力を仰ぎに行くだけだ。何も後ろ暗いことはない。
「何か誤解しているようだけど、私はティナさんに少しお願いしたいことがあって訪ねるだけよ。何か問題があるかしら?」
「は? そんなこと信じられるわけないでしょ! いいからさっさと出て行きなさい!」
そう語気を荒げて言うが、しかし手を出してくるわけでもない。仮にもこの学園に通っている以上、貴族の、しかも公爵家の人間に手を出すことがどういうことかよく分かっているのだろう。リリアが身じろぎせず少女を見つめていると、少女の表情がどんどんと険しくなっていった。
「それだったら……あたしにも考えが……」
「も、もうやめようよ、アイラ」
「ケイティンは黙ってて!」
少女の奥にもう一人、青い長髪の少女がアイラの袖を掴んでいた。この国においても珍しい髪の色なので記憶にある。もっとも、見覚えがあるという程度で名前も家名も分からないが。
アイラと呼ばれた栗色の髪の少女が再びリリアを睨んでくる。時間の無駄だと思い始めたところで、
「アイラ、どうしたの?」
さらに第三者の声。ただしこちらの声はよく知っているものだった。
いつになれば南側に出発するのでしょうか……。
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ではでは。




