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レイに手伝ってもらい、どうにかサンドイッチを残さず完食することができた。明日からは一人分だと念押しすることを心に決めつつ、レイを見る。食事を終えたレイはリリアのためにと紅茶を用意した後、机の上の教材を開いて勉強をしていた。
ちなみにこの紅茶は、部屋の隅の机で用意されたものだ。机には小さな魔法陣が描かれている。リリアには何の魔法陣か分からなかったが、さくらによると熱を発する魔法陣らしい。弁当箱を持参している点といい、本当にこの部屋から、そして図書室から出ないようだ。
リリアはレイの参考書に目をやり、さくらへと問う。
――さくら。午後の授業、出なくてもいいわね?
――ん? まあリリアは成績いいから何も言われないと思うけど、どうしたの?
さくらの問いには答えずに、リリアはいすごとレイの隣に移動した。教材に目を落としているレイは気づかず、さて、とリリアが教材へと身を乗り出したことでようやく気が付いたようだった。
「え? わわっ!」
体を仰け反らせるレイを無視して、リリアは教材をのぞき込む。少しだけ読んでから、レイへと顔を向けた。
「で? どこが分からないの? ……どうしたの?」
リリアが怪訝そうに眉をひそめた。その原因は、レイが顔を真っ赤にしていたためだ。リリアがレイのことを真っ直ぐ見つめると、あ、ともう、ともつかない曖昧な音を出しながら目を泳がせている。一体どうしたのか、とリリアは首を傾げるばかりだ。
――リリア。一応聞くけど、意図的?
――は? 何が?
――うわこの子天然だ……。リリアも一応女の子なんだからさ、男の子に近づきすぎたらだめだよ。
――一応ってどういうことかしら?
――ひい! そっちに反応された! ごめんなさい流してください!
――許さない。あとでピーマンを食べましょう。
――やーめーてー!
ようやく立ち直ったのか、レイがリリアの隣に戻ってきた。しかしどことなく戸惑いの色を浮かべ、リリアの顔色を窺っている。リリアは肩をすくめ、教材を指先で叩いた。
「私は別に午後の授業には出なくても問題ないわ。簡単すぎて退屈していたところなのよ。だから、午後は貴方の勉強を見てあげる」
「え……。でも、その……。僕は嬉しいですけど……。いいんですか……?」
「私がいいと言えばいいのよ。さあ、時間は有限なのよ。始めましょう」
リリアはもう一度教材を指先で叩くと、レイはびくりと体を震わせた後、しかしすぐに笑顔になった。
――まあ、気晴らしも大事だよね。リリアが忘れてるところがあったら言ってね。教えてあげるから。
――ないとは思うけど、その時はお願いするわ。
レイが開いたページを読みながら、リリアは頷いた。
午後の授業が終わる間際に、ここまでにしましょう、とリリアは教材を閉じた。疲れた表情のレイが安堵のため息をつくが、リリアはそれを見なかったことにした。
――スパルタだ。鬼だ。オニリアだ。
――ピーマン。
――ごめんなさい!
まるで魔法の言葉だな、とさくらをからかいながら、リリアは内心で笑う。ただあまりやりすぎるとさくらが本当に怒りそうなのでほどほどにしなければならないだろう。今となっては、さくらはリリアにとって数少ない味方の一人だ。一人、と言っていいのかは分からないが。
「ありがとうございました、リリアさん。とても分かりやすかったです」
レイがそう言いながら頭を下げてくる。リリアは、なら良かった、と頷いた。
「レイ。嫌なら断ってくれてもいいんだけど……」
「何でしょう?」
「貴方はずっとここで勉強をしているのよね?」
リリアの問いに、レイは遠慮がちに頷いた。リリアが続ける。
「良ければ、だけど……。午後からはこちらに来てあげましょうか? 私で分かる範囲でなら教えられるけど」
レイが目を丸くし、さくらは絶句した。二人が驚いているのが手に取るように分かり、リリアは少しだけ不機嫌そうに目を逸らした。
「私が来ても息が詰まるなら、無理強いはしないわ。私にとっても気晴らしになるから、提案してみただけ。忘れてちょうだい」
リリアはそれだけ言うと、帰り支度を始めた。といっても、バスケットに自分のゴミを少し入れるだけで終わる程度のものだが。そうして扉へと向かおうとしたところで、
「リリアさん!」
レイに呼び止められた。リリアが振り返ると、レイが小さくのどを鳴らした。
「本当に……お願いしても、いいんですか?」
おずおずといった様子の問いかけに、リリアは薄く苦笑して、もちろんと頷く。するとレイは満面の笑顔になって頭を下げた。
「よろしくお願いします!」
「ええ。ではまた明日、今日と同じ時間に来るわね」
そう言い残して、リリアはそのまま部屋を退室した。
少し早い時間で戻ってきたためか、寮にはまだ生徒の姿はほとんどなかった。知り合い、特に王子がいないかを確認してから、リリアはエントランスを通り過ぎてそのまま自室に向かう。自身の部屋にたどり着いて、リリアは安堵のため息を漏らした。
――今日も無事に戻ってこられたわね……。
――まるで戦場から帰ってきた兵士みたいだね。リリアにとっては戦場かもしれないけど。逃げに徹しているとはいえ。
――うるさいわね……。
リリアがいすに座ると、寝室が勢いよく開いた。リリアが目を丸くしていると、アリサが息を切らして立っていた。アリサは少し蒼白になりながらも、勢いよく頭を下げてくる。
「遅くなりました……! おかえりなさいませ、リリア様!」
「別に……」
気にしなくてもいい、と言おうとしたところで、リリアは眉をひそめた。微かに見える寝室へと視線を向けると、アリサは慌てたようにすぐに閉めた。その行動が何かを隠していると答えているようなものなのだが、分かっているのだろうか。
リリアは無言で立ち上がると、素早くアリサの隣まで歩き、彼女が止める暇もなく寝室への扉を開けた。
語彙力ってどうやれば身につくのでしょうね。似通った表現があまりに多すぎます……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
 




