労働体験
壁|w・)宣伝がてらたまには更新しておこう、と思いついたネタを書いてみました。
学園を卒業する少し前。さくらと一緒に苺大福を食べながら、ふと思った。
学園を卒業した後、リリアはこの国のために働くことになる。すでに王より打診があり、さくらもいいんじゃないかなと言ってくれたので、受け入れた仕事だ。その仕事を始めれば、自分は屋敷と王宮以外に出入りすることはなくなるだろう。
実際はそうでもないのだが、この頃のリリアは本当にそう思っていた。
この国のために尽くす。貴族として当然のことであり、打診された仕事も悪くないものだと思っている。だからそれはいい。いいのだが。
リリアはあまり知らない。この国の、平民の仕事というものを。彼らがどのように働いているかを。この国のために尽くすためにも、それを知りたいと思ってしまうのは悪いことではないだろう。
さくらにそう言うと、彼女は目を丸くして、
「リリアの言葉とは思えない」
「どういう意味よ」
リリアが不機嫌そうに言うと、さくらは少し考えて、
「うん。言葉通りの意味。リリアが成長してくれて私はとても嬉しいです。頑張ったかいがあったよ」
「それは、まあ……。その……。感謝しているわ」
「うっわ」
「……………」
すっと細められるリリアの目。リリアが右手をアリサへと差し出すと、アリサは黙って一つのものをその手に置いた。緑色の物体。それ即ち、ピーマン。
「わあああ! 冗談だよごめんなさいだからやめて!」
それを見た瞬間に謝ってくるさくらに、リリアはじっとりと冷めた目を向ける。引きつった笑顔のさくらに、リリアはため息をついてピーマンをアリサに返した。
「話を戻しましょう」
「はい。了解しました」
従順なさくらの返事に、リリアは満足そうに頷いた。ちょっとだけやり過ぎたかと思うが、悪いのはさくらだと思う。そういうことにしておく。
「で、どう思うのかしら」
「んー……。いいんじゃない? 公爵家の子が南側で働くとか前代未聞だろうけど、興味を持つのは大事だからね。いいと思う。いいと! 思う!」
さくらのお墨付きが出た。よしと頷くリリア。これで誰にも文句は言われない。
とても便利な手駒である。
「今失礼なこと考えなかった?」
「とても便利な手駒だと考えただけよ」
「口に出さなくていいよ! ひどい!」
憤慨するさくらの頭を、冗談よと笑いながら撫でてやる。途端にへにゃりと機嫌良く笑うさくら。これがさくらの言うところの、ちょろい、ということだろう。
そんなわけで。一週間後に、一日だけの体験労働が決まった。
「いらっしゃいませ」
「…………。あの……。みたらし団子を一つ」
「ありがとうございます。こちらの苺大福もお勧めだけど」
「ひっ……。そ、それもお願いします……!」
「ありがとう」
何故だ。何故怯える。
いつものお店に頼み、服を借りて働いてみているリリア。だが、何故だろう。来店した客は漏れなくリリアが勧めるままに商品を購入する。怯えた表情と共に。
意味が分からない。
店の奥では店主と店員、そして見学に来ているさくらの三人が腹を抱えて必死に笑いを堪えていた。
「だ、だめだ、次のやつを作らないといけないってのに……! 笑いが、笑いが抑えきれない……!」
店主の言葉。失礼な。
「だ、だめよ、お父さん、笑っちゃだめ……! お、お客さんも知ってて来てるのに、怯えるとか、笑っちゃうけど、だめだよ……!」
お前も十分失礼だ。
「ひ、ひひ……っ! 怖い、これは怖いね……! は、ひ、は……!」
笑いすぎてさくらがおかしなことになっている。こいつが一番失礼だ。
リリアの憮然とした表情に気づいたのだろう、さくらが言う。
「リリア、想像しておこうよ。ここの人たち、リリアが公爵家って知ってるんだよ?」
「それが何よ」
「公爵家に商品を勧められる。断れるわけないでしょ」
「…………」
言われてみればその通りだ。確かにこれは、そこまで想像できなかったリリアに非があるように思える。だがそれを言えば、このリリアの体験労働は事前に通達があったはずなのだ。それを知った上で買い物に来たのだから、やはり客が悪いのではなかろうか。
「あと笑顔が怖い。あの笑顔になってるよ」
「え……。そんなつもり、なかったのだけど」
営業すまいるというものを頑張ってみたのだが、どうやらさくら曰く逆効果になっているらしい。なかなか難しいものだ。
そう思っていると、新たな人影がやってきた。
「いらっしゃ……」
リリアの言葉が途切れた。
「…………」
「…………」
見つめ合うリリアと、客のティナ。ティナの隣には、クリスがいる。
気まずい。とても気まずい。
「あの、リリアが働いているって聞いて……。それで……」
「あら。そう。いらっしゃいませ」
とりあえず営業すまいるを浮かべてみる。
「ひっ!」
短い悲鳴を漏らされた。まさかのティナの反応に内心で傷ついていると、慌てたようにティナが言う。
「あ、ご、ごめんねリリア! その、あまりに怖かったから!」
「ティナさん……それは追い打ちというものです……」
そう言うクリスも隣で笑っている。青ざめながら笑っているというなかなか複雑なことをしている。
「あの、リリア。ごめんね? えっと……。どら焼きを五個、お願いします」
「はいはい」
もう取り繕う気も失せてしまった。紙の箱にどら焼きをつめて、ついでとばかりに言う。
「苺大福はいかが? 今日のお勧めらしいわよ」
「そうなの? ちなみに誰の?」
「さくらの」
「やっぱり」
さくら様らしいね、とティナが笑う。店の奥に本人がいるのだが、どうやら気づいていないらしい。
じゃあそれも、と言うティナにも苺大福を売りつけて、彼女が帰った後、リリアは言った。
「働くって大変なのね」
「うん。リリアの大変は全く違う方向性の大変だけどね。これ、意味なくない?」
とても今更なさくらの感想に、リリアは内心でため息をついた。
結果的に、怖いもの見たさの客でいつもより売上げは良かったらしく、店主には感謝された。喜んでいいのか悪いのか、リリアとしては複雑な心境だ。
朝から昼過ぎまで働いて、賃金として受け取ったのは大銀貨一枚。礼を言って受け取ったが、こんなに少ないのか、と内心で驚いた。さくらから、かなり色をつけてもらっていると聞いて本気で驚いたが。
お土産にもらった苺大福を自室で食べながら、仕事のことを振り返る。不愉快なこともあったが、まあ楽しかった。そしてそれ以上に、疲れたものだ。
「まあ普段やっていることとは違うからね。それに、本当はもっと大変だよ」
「そうなの?」
「うん。今回はみんなリリアのことを知ってるから丁寧なお客さんばっかりだったけど、本当ならもっと面倒なことも多いからね。難癖をつけてくる人とかもいるし」
「なるほど。潰しましょう」
「怖いよ!」
あんないい店に難癖をつけるとかろくでもない人間を野放しにするわけにはいかない。そう言うと、さくらはふっと笑って目を逸らした。
「まともなようでどこかずれてる。どうしてこうなった」
「何が?」
「いや、何でも。ところで、美味しい?」
さくらの視線の先は、リリアが持っている菓子だ。給金としてもらった大銀貨で買ってきた、クッキー。初めてもらったお給料は、このクッキーになった。
「まあ、そうね。悪くないわ」
いつもより美味しく思う、なんて口が裂けても言えないリリアはそんな言い方をして。
それを含めて察しているだろうさくらは、そっか、とどこか嬉しそうに笑っていた。
夜。
「みぎゃあああ!」
さんざん笑った仕返しとしてこっそり料理に仕込んだピーマンにさくらが悶絶しているのを見て、リリアは密かに溜飲を下げた。
そんなリリアの思惑に気づいているのか、さくらも必死になってその料理を完食したので、褒めて苺大福を渡しておいた。それだけで上機嫌になるさくらは、やはりちょろいと思う。
壁|w・)主にさくらの自業自得である。
何かを書き終わった後に気晴らしに番外編を書いてるせいか、ほとんど宣伝の場と化してしまっていることに若干の申し訳なさを感じつつ、それでも宣伝はしておきましょう。
新作始めました。『真祖赤姫』です。
真祖の吸血鬼と、それに故郷を滅ぼされた少女のお話。シリアス&ちょっぴりダーク。
『取り憑かれた~』とは方向性が全く違うお話ですが、暇つぶし程度によければどうぞ。
書き終わっているのでエタはないはず。……イリスもちまちま書いてます。はい。




