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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
番外編(S)・後日談(A)

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月見

壁|w・)お月見! 時系列は学園卒業、成人後。

 暑い夏が終わり、夜が肌寒くなってきた秋の夜。リリアは屋敷のテラスで熱い緑茶をすすっていた。この日のためにさくらが用意した湯飲みを使って、少しずつお茶を飲む。さくら曰く、音をたててすするのがポイントだそうだ。

 テーブルの上には一口サイズの団子が大きな皿に盛られている。五段積みにされたその団子の山は、一番上だけが黄色く着色されていた。月を模しているらしい。この団子、月見団子というらしいが、さくらがいつもの和菓子屋に頼んで作ってもらったものだ。

 満月を見ながら食べるものらしく、店主もいい案だと思ったようで、多く作って今日から売り出し始めた。先ほどさくらが見に行ったところ、それなりに売れていたそうなので、毎月恒例となるらしい。


「お月見は年に一回なんだけどね。まあ、別にあっちに合わせる必要もないか」


 とはさくらの談だ。さくらはとりあえず月見団子が食べられるならそれでいいらしい。平常運転だ。

 緑茶については街で売っていた。ファラのお勧めらしく、対面に座るさくらは幸せそうに飲んでいる。しかし猫舌なのか、少しずつ、ちびちびと。その後ろに控えるファラは、そんなさくらの飲み方に小さく笑っているようだった。


「静かだねえ……」


 緑茶をすすりながら、さくらが言う。言いながら、視線は月見団子の山を見ていた。とても食べたそうにうずうずしているのが分かる。リリアの許可を待っているようだが、別に気にせずに食べればいいと思うのだが。

 少しだけいたずら心が働いて、気づかぬふりをしてさくらの反応を見ている。時折こちらにもちらちらと視線を投げてくる。何となく、涙目になっているような気がする。


「リリア……」


 なんともか細い声で呼ばれてしまった。リリアは思わず噴き出してしまい、俯いて笑いの衝動を抑える。その反応は、少し卑怯だ。


「いいわよ。食べましょうか」


 リリアがそう言うと、さくらが顔を輝かせた。早速とばかりに団子を手に取り、口に入れる。もぐもぐと口を動かして、呑み込んで。ふへ、と幸せそうな笑顔を浮かべた。いつものことだが、本当に美味しそうに、幸せそうに食べるものだ。

 リリアも団子を食べてみる。つぶあんがぎっしりと入っていて、なかなかに美味しい。いつもと違い、一口サイズというのもまた食べやすい。

 団子を食べながら、さくらへと言う。


「それで、この後はどうするの? 何をするの?」


 問われたさくらは不思議そうに首を傾げた。


「何もしないよ? 月を見て、楽しむだけ。いい月だね」

「それの何が楽しいの?」

「お団子が美味しい!」

「結局食べ物じゃないの」


 苦笑してしまうが、さくららしいと言えばさくららしい。さくらがいた世界の行事を時折ここでもやろうとしているが、その全てで食べ物が関わっている。分かりやすくてそれもいいかもしれないが。


「月ではね、ウサギが餅つきをしてるんだよ」


 不意にさくらが意味の分からないことを言い始めた。月とウサギに何の関係があるというのか。ついにおかしくなってしまったのかもしれない。まあいつものことか。


「ねえ今失礼なこと考えてない?」

「気のせいよ。それで?」

「うん。月の模様がね、おもちをついてるウサギに見えるんだよ」

「…………。見えないけど」

「なんと」


 どう見ても、月にそんな模様はない。それとも見方の問題だろうか。そう思ったが、さくらを見ると、月を見て愕然としていた。どうやらさくらが知っている模様とは違ったらしい。


「さくら。ここの月と地球の月は違うものだよ」


 ファラが苦笑まじりに言うと、さくらがそっか、と小さくつぶやく。今の今まで気が付いていなかったらしい。月を見て、ため息をついて、


「まあ、異世界だから当然か」


 寂しげにそうつぶやいた。


「地球だったわね。どんな模様だったの?」

「ウサギ。えっと、ファラ、紙はある?」


 ファラがすぐに白紙の紙を差し出した。いつも用意しているのかと驚きそうになるが、ひとまずさくらが描くものを見るとする。

 さくらは丸い円を描くと、手早く黒い模様を描いていった。へえ、とファラが感心しているところから、それなりに近いものになっていることは分かる。そうしてできあがった絵を、満面の笑顔で見せつけてきた。


「こんな模様!」

「ふうん……。ウサギ、に見えないこともないわね。無理矢理の気もするけど」

「あはは。まあ国が違えば内容も違うからね。日本はウサギに見えるって言われてるだけで」


 懐かしいなあ、とさくらが少しだけ目を細めた。気づけばファラも、懐かしげに頬を緩めている。二人にとってはもう見ることのできないものだ。思うところがあるのだろう。


「アリサ」


 リリアがアリサを小さく呼ぶと、アリサは頷いて、リリアが用意しておいたあるものを取り出した。見た目は大きな白い陶器。中身は、酒だ。昔の賢者が作ったとされる酒なので、おそらくさくらの世界にもある酒だろうと思う。もっとも、さくらはあちらでは成人していなかったそうなので、飲んだことはないだろうが。

 アリサが三人分のコップをテーブルに並べる。リリアとさくらはもちろんのこと、もう一つはファラの分だ。アリサがコップに酒を注ぐと、さくらは興味を持ったのかコップを見つめてくる。


「むむ。アルコールの臭い。お酒?」

「ええ、そうよ。賢者が作ったとされるお酒。お米から作られてるらしいわ」

「日本酒! すごい! 飲んだことないけど!」


 くんくんと匂いをかいで、おさけくさい、と何が楽しいのかさくらが笑い始める。匂いで酔ったのかと疑ってしまいそうだ。

 リリアも米の酒は初めて飲む。取り寄せてくれた父からは、強い酒だから気をつけるように、と注意を受けている。確かに、成人してから時折飲むようになったワインなどと比べると、匂いがきついような気もする。


「あの、私も、ですか?」


 ファラが聞いてきたので、頷いておく。


「ええ。多分だけれど、あなたたちの世界のお酒でしょう。さくらは飲んだことないみたいだけれど、ファラはどうなの?」

「私は成人してからこの世界に来ているので、あります。あまり得意な方ではないですけど」


 リリアとさくらがコップを手に取ると、ファラもいただきます、と手に取った。誰かが何かを言うこともなく、静かな時間だ。リリアはコップの酒を口に含み、


「……っ!」


 予想以上に、強い。これを好む人も多いらしいが、リリアには分からない感覚だ。リリアが顔をしかめていると、その目の前では、


「げほっ! うああ!」


 さくらが悶えていた。そう言えばさくらはワインも飲まないので、正真正銘初めてのお酒だ。初めての酒がこれなのだから、この反応も当然かもしれない。

 対してファラは美味しそうに、ゆっくりと味わって飲んでいる。平気な顔でよく飲めるな、と感心してしまう。


「なにこれ! 人が飲むものじゃない! なんだこれ!」


 さくらが憤慨したように言って、ファラは苦笑しつつ、


「慣れたら美味しいよ」

「うそだー! うあー! 水がほしい!」

「私のをあげるわ、さくら」

「わーい! さすがリリアありがとう、ってお酒じゃないかむあー!」


 リリアが自分のコップを差し出すと、さくらは一切の警戒を抱かず一気にあおって、さらに悶えた。床に転げ回っている。ファラは必死に笑いそうになるのを堪えていて、アリサも頬がひくひくと引きつっている。リリアはと言えば、


「ふふ。まさか本当に飲むとは思わなかったわ」


 にやにやと、意地の悪い笑顔を浮かべておく。

 しばらくすると、さくらがテーブルに戻ってきた。警戒しつつ、コップを手に取り、また少し飲む。どうやら慣れる努力をするらしい。無理して飲む必要はないと思うのだが、さくら曰く、ピーマンよりまし、だそうだ。


「私だってリリアと一緒にお酒飲みたいから。がんばる……」


 そう言いながら、ちびちびと飲んでいる。リリアは小さく笑いながら、月を見る。綺麗な月だ。美しい月を見ながら、お酒を飲む。そうして静かな時間をすごして……。


「うあー……」


 いや、静かではないか。リリアは苦笑しつつも、また酒を一口。静かではないが、そう、いつもの騒がしい一日だ。つまりは、悪くない。


「アリサ。お代わり」

「畏まりました」


 うあー、と奇声を発するさくらと宥めるファラを眺めながら、リリアは夜を過ごす。たまにはこういった酒も悪くない。そんなことを考えながら。


壁|w・)お月見ということで書いてみました。テーマは月見酒。

……酒要素いらなかった気がします。



壁|w・)こっそり連載中。

山なし谷なしのファンタジーもので、こちらも憑依ものです。

ただ取り憑かれた~とは方向性の違うお話ではありますが……。

『龍姫イリスの異界現代ぶらり旅』

暇つぶし程度によければ。あとがき下のリンクからでも行ける、はず?


ではでは!

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