A7 ファラ5
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「ふう……」
レイモンドはため息をついていすに座り直した。紅茶を飲み、もう一度ため息をつく。そして視線を上げて、
「まだいらっしゃったのですね」
さくらがその場に残っていることに少しだけ驚いた。さくらは無表情にレイモンドのことを見つめていたが、やがて悲しげに眉尻を下げた。
「レイモンドさんに便乗したけど、あれで良かったの?」
「どういうことでしょうか?」
「友達、だったんだよね? ファラのお父さんと」
レイモンドが驚愕に目を瞠る。何故それを知っているのか、と。さくらが続ける。
「友達の子供が孤児院に入っちゃったことは知ってるけど、そのせいで上級貴族のレイモンドさんは手を出しにくくなったんだよね? 仕事を探す時期になるまで待ってから、助け出すためにメイドとして雇うことにした。……養子にすればいいのに」
どうやらこの大精霊には全て筒抜けになっているらしい。レイモンドは苦笑して首を振った。
「孤児を養子になどできませんよ。メイドになら、まあ悪い前例がいくらでもありますので。私が汚名をかぶれば良いだけです」
「不器用だね」
「それであの子が幸せになるのなら、ね」
レイモンドがそう言うと、さくらはまた悲しげに顔を歪め、小さく頭を下げた。驚くレイモンドに、さくらが言う。
「ごめんなさい。私も今さっき、教えてもらったところで。それを知ってたら、邪魔なんてしなかったのに」
「ああ……。はは。構いませんよ。むしろ助かりました」
「へ?」
「私では、他の貴族、侯爵家以上の方に出てこられては守り切れませんので。アルディス公爵家に雇っていただけるのなら、安心でしょう」
あそこなら。公爵家にメイドを譲れなど言うような者などいるはずもなく、さらには大精霊の庇護下に入ることにもなる。思っていた形とは違ったが、レイモンドにとってはより良い結果になったと言えるだろう。
「ファラを、よろしくお願い致します」
大精霊へと深く頭を下げる。そのまま無言の時間が流れ、恐る恐る顔を上げると、さくらは優しく微笑んでいた。
「うん。よろしくされました。ところで、レイモンドさんのことは教えておいた方がいい?」
「いえ。貴族がいかに恐ろしいか、これで少しは分かってもらえたことでしょう。それを薄れさせたくありません」
「本当に、不器用だね。まあ、了解です。それじゃあ私も行くね」
さくらが手を振り、消えていく。レイモンドが疲れたようにため息をついたところで、
「レイモンドさんのこと、よろしくね」
さくらのそんな小さな声が聞こえてきた。自分に向けての言葉ではないだろう。ならば、おそらくは、この場にいるだろう精霊にだろうか。
少しは精霊から加護を与えてもらえるだろうか。少しだけ期待しつつ、レイモンドは大精霊に心の中で感謝した。
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夜。自室でさくらからレイモンドの話を聞き、リリアは頭痛を堪えるように額を押さえた。
「回りくどいにもほどがあるでしょう……」
「だよね? あ、ファラには内緒にしてあげてね」
「ええ……。分かったわ。そのファラだけど、お父様にお願いしてここで雇うことになったから。それでいいわね?」
「おー! ありがとう! もっとたくさんお話できる!」
さくらが嬉しそうな笑顔になる。さくらのこの笑顔を見られただけでも、ファラを雇って良かったと言えるだろう。
「あとの交渉は自分でお父様とやりなさい。お父様が書斎で待っているわ」
「了解行ってくる!」
さくらが走って部屋を出て行く。それほど急がなくてもいいだろうに、とは思うが、やはり同郷の友人というのはそれだけ嬉しいものなのだろう。なんだか少しだけ、面白くないと思ってしまう。寂しいとでも感じているのだろうか。
リリアが自嘲して紅茶に口をつけると、さくらが走って戻ってきた。どうしたのかと首を傾げるリリアに、さくらが言う。
「私の一番はリリアだからね?」
「うるさいわよ、早く行きなさい」
「はーい!」
またさくらが走り去っていく。リリアは苦笑しつつも、明日からの予定を考え始める。学園に戻るのは、ファラともう一度会ってからにしたいところだ。
考えに耽るリリアの機嫌が先ほどより良くなっていることに気づいているアリサは、次の紅茶の用意をしながら微笑ましく笑っていた。
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「え? も、もう一度、言ってもらえる?」
翌日。ファラは院長の部屋で今日のことを報告していた。院長は聞き終えてからぽかんと間抜けに口を開けている。あまり見ない院長の表情に、ファラは噴き出しそうになるのを必死に堪えていた。
「メイドの件ですが、アルディス公爵家で働かせていただくことになりました。フォート伯爵家、レイモンド様からも許しをいただいています」
「そ、そう……。まさか、公爵家なんて……。大丈夫なの?」
伯爵家でも不安だったのだから、公爵家となれば余計にだろう。自分のことを心から心配してくれる院長に、安心させようとファラは笑顔で頷いた。
「少なくともフォート伯爵家よりは大丈夫です。たまたまそこのお嬢様にお目にかかりまして、気に入っていただけたようで……。というよりも、昔の知り合いでして……」
「ああ……。そうなの。お互いによく覚えていたわね……」
おそらく院長は、ファラがまだ男爵家として暮らしている時に知り合ったのだと思ったのだろう。確かに普通に考えればそう思うはずであり、それよりも前、前世からの知り合いがいたなど分かるはずもない。
ファラははっきりと肯定することは避けて曖昧に微笑んでおいた。
「まだ詳しい条件は決まっていませんけど、お嬢様が週に一回はここに帰ってこられるように交渉していただける、と」
「そう。それなら私も安心ね……。本当に、良かった……」
そう言って。院長は柔らかく微笑んだ。
「まだ早いかもしれないけれど、いつでも帰ってきなさい。待っているわ」
「はい。ありがとうございます」
ファラは頭を下げて、そのまま退室した。扉を閉める直前、
「ああ、良かった……。本当に……」
涙ぐむ院長の声が聞こえてきて、ファラも目頭が熱くなってくる。院長がずっと自分のことを気に掛けてくれているのは分かっているが、ここまでとは思わなかった。ファラはそっと扉を閉めると、外へと出かけた。
散歩がてら、のんびりと歩く。たった一日で本当に色々とあった。まさかここまで状況が変化するとは思っていなかった。さくらには感謝してもしきれない。
「少しでも恩を返さないとね……。そのためにも、がんばらないと……!」
心の中で誓いを立てて、ファラはよしと気合いを入れ直した。
壁|w・)伯爵さんが悪者だなんて言ってない。
アルディス家にメイドのファラが増えました。今後の短編でもちらちら出てくるかもしれませんね。
次回更新予定は10月あたり、ということで。
ではでは。




