A6 二人の関係・ティナと、5
「は?」
思わず不機嫌そうな声を出してしまうと、ティナがびくっと体を震わせた。ティナは気まずそうにリリアから目を逸らし、
「その、やっぱり好きでもない人に告白されても、迷惑だろうし……。もしも万が一があったとしても、やっぱり身分の差って問題だろうし……」
その後も同じような内容を違う言葉で何度も繰り返す。しばらくは辛抱強く聞いていたリリアも、やがて苛立ちが募ってきた。机を指先で叩くと、ティナは慌てたように言葉を止めた。
「お兄様のことが好きなのね?」
リリアの問いかけに、ティナははっきりと頷いた。
「友達のような意味合いではないわよね?」
「うん。その、えっと……。恋愛と言いますかなんといいますか……」
照れたようにはにかみながら、小さな声でティナが言う。少しだけ微笑ましく思いながらも、リリアは満足したように頷いて立ち上がった。
「それだけ分かれば十分よ。ありがとう、ティナ」
「え? あ、あの、リリア? 何をするの? 何もしなくてもいいんだよ?」
「安心しなさい」
「何を安心すればいいの!?」
ティナの叫び声に笑顔で手を振り、リリアはティナの部屋を後にした。後ろ手に扉を閉めて、自室へと戻り始める。とりあえずティナの気持ちを聞くことはできた。ならば自分がやるべきことは一つだけだ。
――一応聞くけど、何をするの?
――まずはお兄様にも直接聞くわ。
――うん。いつ聞きに行くの?
――今から。
――今から!? いや、まあ、うん。いいんじゃないかな? えっと、馬車の手配、してこようか?
お願い、とリリアが内心で頷くと、いつものようにあいあいさーと気の抜けた返事をして、さくらの気配がリリアの中から消えた。
自室でアリサとシンシアに、これから屋敷に戻ることを伝えると、二人揃って驚きからか絶句していた。そうして驚いている間にさくらが戻ってきて、馬車が来たよという言葉にリリアも揃って三人で驚いた。
「早いわね……」
「がんばった!」
何をどうがんばれば早くなるのか。問い詰めたいような気もするが、面倒なことに首を突っ込もうとも思わないので気にしないことにした。
アリサとシンシアを連れて、玄関へと向かう。寮の前で待っていた馬車は、アルディス家のものに勝るとも劣らない豪華な馬車だ。一体さくらはあの短い間にどこで頼んできたのか。聞きたいが、聞けばやはり面倒事に巻き込まれそうだ。
「お待たせ致しました、リリアーヌ様」
馬車の側で待機していたのは、王城で見覚えのある老執事だった。
「…………。アルディス家の屋敷まで、お願い」
「畏まりました」
老執事が恭しく一礼して、扉を開けてくれる。リリアは頬が引きつりそうになるのを何とか堪えながら、馬車に乗った。
屋敷はちょっとした騒ぎになっていた。突然王城の馬車が向かっていると知ったら、騒ぎにもなるだろう。どうやらさくらは、こちらには何の連絡もしていなかったらしい。
馬車が敷地内に入る頃には、使用人たちがずらりと並んで待ち構えていた。両親と兄の姿もある。三人とも、戸惑いよりも不機嫌さがよく分かる表情だ。誰が来たのか分からないのなら隠した方がいいと思うのだが。
――非常識な訪問をするのは王子様ぐらいじゃないの?
――ああ、相手が殿下ならいいと……。それはそれで問題のような気もするのだけど。
苦笑しつつ、リリアが馬車から降りると、家族は目を見開き、すぐに先ほどまでの表情とは一転して満面の笑顔になった。少しだけ気持ち悪いとすら思ってしまう。
――ひどいなあ。
「おかえり、リリア。何かあったのか?」
父がリリアと馬車を交互に見つつ聞いてくる。リリアは少し考えて、
「少しお話ししたいことがあります。馬車については、さくらが手配してきたもので私は詳しくは存じません」
「ああ……。そうか。知らないのなら仕方ないな」
父も何かを察したようだが、面倒事の予感でもしたのか馬車についてはそれだけで話を切り上げた。
「話だったな。場所を移そうか。誰か呼ぶ者はいるか?」
「お兄様と、あとはそうですね……。テオも呼んで下さい」
テオの名前が出たことに、父は一瞬怪訝そうに眉をひそめた。しかしすぐに気を取り直し、いいだろうと頷いた。
「書斎で構わないな?」
「はい」
「では行こうか。誰か、テオを呼んできてくれ」
父が命じると、メイドの一人が礼をして小走りで去って行く。それを見送ってから、リリアは家族と共に書斎に向かった。
父の書斎にアルディス家が集まった。丸いテーブルが用意され、囲むように全員が座る。リリアの右から順に、母、父、兄、テオと並んでいる。
テオは突然自分が呼び出されたことに困惑しているようだったが、リリアの隣にいるからなのか、少し機嫌が良さそうだった。この笑顔を曇らせることになると思うと、どうしても話を切り出しにくくなってしまう。
「リリア。早くしろ」
兄のぶっきらぼうな言葉に、リリアは思わず顔をしかめた。しかしすぐにその表情を隠し、笑顔で兄を見据える。リリアの『笑顔』を真正面から見て、兄は頬を引きつらせた。
「お兄様。何かお心当たりはありませんか?」
「な、なにがだ? 意味が分からないのだが」
「そうですか? 例えば、今日の昼食はいかがでした?」
兄の表情が凍り付く。どうやらリリアの言いたいことを察したらしく、兄は渋面を浮かべてそっぽを向いた。
リリアと兄とは違い、意味が分からなかったらしい両親やテオは怪訝そうに眉をひそめていた。
「リリア。何かあったのか?」
「大したことではありません。ただ、お兄様が私の友人のティナと楽しそうにお食事しているのを見かけただけですよ」
それを聞いた瞬間、父があんぐりと大きな口を開けた。初めて見る父の間抜けな表情にリリアは内心で驚くが、表情にはおくびにも出さずに周囲の反応を窺う。テオが目をまん丸にしており、母は目を鋭く細めていた。
「クロス、どういうことだ?」
父の目も剣呑に細められた。両親から睨まれることになった兄はしばらく黙り込んでいたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「上級貴族の者が隠れて下級貴族の者に会う。考えられる可能性は少ないと思いますが?」
「それは、そうだが……。否定しないのだな?」
「しませんよ」
惚けるだろうと思っていたのだが、予想に反して兄はすんなりと認めてしまった。
――意外ね……。
――そう? わざわざリリアがこうして訪ねてきて問い質す。言い逃れができない状況にあると判断したんじゃない?
なるほど、とリリアは納得した。確かにリリアも、ただ見かけただけなら目の錯覚だと判断したかもしれない。今回はさくらの協力もあり、すぐ近くで兄とティナの会話を聞いたが、本来ならできなかったことだ。
「お兄様。お伺いしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「ティナのことをどう思っています?」
「好きだ」
即答だった。驚き固まるリリアへと、兄は悲しげに眉尻を下げた。
「だが、これをティナに言うつもりはない」
「どうしてですか?」
「先ほども行っただろう。上級貴族と下級貴族だ。周囲から何を言われるか分かったものではない。俺はいいが、ティナが苦しむことだろう」
実例もあるしな、と兄が両親へと視線を投げる。父も母も、難しい表情をして押し黙ってしまった。この二人にも何かあったのだろうか。リリアは知らないことだ。
――さくらは知ってるの?
――んー……。知ってるけど、本人たちに黙って話すのは気が引ける内容。
――そう……。
いずれ聞けばいいだろう。リリアは兄へと視線を戻した。
「私が口を出す問題でもないとは思いますが……」
「ああ、そうだ。女が口を出すな」
いちいち癪に障る言い方だ、と少しだけ苛立ちを覚えながら、リリアは続ける。
「では一つだけ。ティナもお兄様のことが好きだそうですよ」
「…………」
兄は、痛みを堪えるかのように顔をしかめ、俯いてしまった。今、兄が何を考えているのか、リリアには想像することもできない。ただこれ以上はリリアも口出しをするつもりはない。自分にその資格がないことぐらいは分かっているつもりだ。
だから。
「ティナを泣かせたら、許さないわよ、クロス」
リリアが低い声音でそう言うと、分かっている、と兄は小さな声で頷いた。
両親はまだ兄と話があるそうで、リリアとテオは先に書斎を出た。終始黙っていたテオは書斎を出るなり、リリアへとしがみついてきた。
「な、なに?」
戸惑うリリアへと、テオはごめんなさいと謝りながら、
「失恋、しちゃいました……」
テオが嗚咽を漏らす。リリアは呆然としていたが、ぎこちない手つきでテオの頭を撫でた。
正直なところ、テオの恋はそこまで深刻なものではないと思っていた。ちょっとした気の迷いのもので、落ち込みはしてもすぐに元気を取り戻すだろう、と。だがどうやらリリアの考えは甘かったらしい。
自分はひどい姉だ。今更ながら、そう思った。
「テオ。ごめんなさい」
「お姉様が謝らないでください。大丈夫です。僕は、大丈夫です……」
すぐに切り替えますから今だけ。そう言って、テオがさらに強くしがみついてくる。リリアはそのテオの背を、何も言わずに優しく撫で続けた。
リリアができることはもうなくなった。当事者の気持ちを確認して、しかるべき者に報告する。後を考えるのは当事者たちだろう、と。さくらもそれでいいと言っていたのだが、思わぬ形で巻き込まれることになった。
書斎での話から一週間後。リリアは父に呼び出され、食堂で夕食を取ることになった。その部屋に兄がいないことを怪訝に思っていると、父が口を開いた。
「リリア。お前がアルディス家を継ぐことになった」
「げほっ!」
さすがに予想もしていなかった言葉にリリアが咳き込む。冗談だという言葉を期待して父を見るが、父も、そして母も真剣な表情だった。
「お兄様は……?」
「クロスはリリアの卒業を待ってから、この家を出る。貴族位を捨ててブレイハ家に居座るそうだ」
待て。ちょっと待て。それはありなのか? 仮にも次期将軍という立場の者が、そう簡単に抜けてしまえるものなのか。
リリアが凍り付いていることから、そう考えていることを察したのだろう、父が苦笑して言った。
「無論、本来ならできるはずがないことだ。だが……」
「だが?」
「さくら様が、クロスの意志を支持してしまったからな……」
なんだそれは。少なくともリリアはそんなことを一度も聞いていない。
父曰く、父は兄と共に、王と一部の上級貴族たちへと事の顛末を報告したらしい。王は難しい表情をしていたが、ティナがどこかの養子になることを提案したとのことだ。
「そうなるだろうとは思いましたが……。それで?」
「ああ。ティナさんが拒否した」
これもまた、予想通りだ。
ティナもずいぶんと悩んだらしかったが、ブレイハ家を捨てることはできない、と断ったそうだ。ティナの性格なら家族を捨てることはできないことは分かっていたので、当然だとも思う。無論会えなくなるわけではないが、やはり壁ができてしまうことに抵抗があったのだろう。
そして、その後がリリアの予想と外れたものだった。
「それを聞いたクロスは、ならば自分がアルディス家を出て平民になると言い出した。無論、誰もが反対していたのだが、いつからいたのか、さくら様が現れてクロスの意志を支持されたのだ」
「初耳です……」
リリアは頬を引きつらせながら、そっと目を閉じた。そして、
――さくら。
――ひい! ごめんなさいごめんなさい! 反省してるから怒らないでお願いだから!
小さくなって震えているであろう姿が容易に想像できてしまう。小さくため息をつきながら、リリアは言う。
――まあ、いいわ。ただ、できれば私にも教えておいてほしかったわね。
――ん。ごめんね。
申し訳なさそうに謝るさくらに、もういいわよ、とリリアは苦笑とともに答えた。父へと視線を戻すと、怪訝そうに眉をひそめながらこちらを見ていた。
「まさか、今はさくら様はリリアの中に……?」
「はい。そうです」
「そ、そうか……」
父は視線を彷徨わせていたが、やがて気を取り直すように咳払いをした。
「まあ、つまりは、だ。まだ諸々の処理は残っているため今すぐではないが、リリアの卒業を待って、クロスはこの屋敷を出るだろう。そしてこの家を継ぐのは、リリア、お前になる。そのつもりでいてほしい」
「テオではないのですか?」
今までずっと黙っていた弟へと目を向けると、テオはすぐに大きく首を振った。
「僕よりお姉様の方がふさわしいと思います」
「そんなことはないと思うけれど……」
そうは思いつつも、リリアはそれ以上何も言わなかった。リリアがここで何を言っても、おそらく無駄なのだろう。すでに決定したことを報告されているだけのようだ。面倒事が増えてしまうような気もするが、どこかの悪霊のおかげでそれにも慣れている。
――さらっとひどい。
さくらの不満そうな声を聞き流しつつ、リリアは父へと言った。
「畏まりました。よろしくお願い致します、お父様」
「ああ。まあ、心配はしていないがな」
父はそう言って、どこか疲れたような笑顔を見せた。
数日後。リリアは寮の自室で、目の前に座る二人を静かに見据えていた。目の前に座るのは、ティナとクロスだ。二人とも、申し訳なさそうに俯いている。
二人は少し前に、話がしたいとこの部屋を訪ねてきた。わざわざ二人そろって訪ねてくるとは思わなかったが、追い返す理由もないので招き入れている。
「面倒事を押しつけてくれましたね、お兄様」
リリアが兄を冷たく見据えると、兄はそっと視線を逸らした。
「悪いとは、思っている」
「そうですか。それなら、ティナと幸せになるのは構いませんが、私のことも手伝ってください。こき使います」
「ああ。もちろんだ。何でも言ってほしい」
その兄の言葉に、リリアの方が少し驚いた。何かと理由をつけて断られると思っていたのだが。リリアの表情からその考えを察したのか、兄が苦笑した。
「俺も悪いとは思っている。だから、遠慮するな」
「そうですか。では、そうします」
兄の力を借りられるのは頼もしい。邪推せずに受け取っておくことにする。
次にティナを見れば、ティナは不安そうな瞳でリリアを見つめていた。まるで今にも捨てられそうな子犬のような目だ。思わずリリアが噴き出すと、ティナは目を丸くした。
「り、リリア?」
「何でもないわよ……。ティナには、これだけ言っておくわ」
「な、なに……?」
緊張に喉を鳴らすティナへと、リリアは言った。
「お姉様だなんて呼ばないわよ」
「へ?」
「ティナお姉様だなんて、絶対に、呼ばないわよ」
そう言って、リリアがそっぽを向く。ティナは唖然とした表情を浮かべていたが、やがて言われた意味を理解したのか、破顔して頷いた。
「うん。私もリリアとは今の関係がいいから、今まで通りがいい」
ティナの言葉に、リリアは内心で安堵のため息をついた。
・・・・・
さくらはその様子を、部屋の隅で見守っていた。姿を隠しているため、ティナとクロスは気づいていない。リリアだけが、時折こちらへと視線を投げてきている。リリアだけはさくらがここにいると、見えなくとも感じているはずだ。
「ん……?」
にやにやと意地の悪い笑顔を浮かべていたさくらだが、ふと頭に響く声が聞こえ、顔を上げた。
「んー……」
珍しい呼び出しだな、と思う。リリアに会ってからは、こうして呼び出されることなど一度もなかったのに。
さくらはそっとリリアの側へ行くと、その耳元で囁いた。
「ちょっと女神様から呼ばれたから、出かけてくるね」
「殿下には私から……、はあ!?」
リリアが大声を上げてさくらへと振り返る。話の途中で突然奇声を上げたためか、ティナとクロスのみならず、給仕に徹していたアリサも目を丸くした。
「さくら! どういうことよ!? 説明が足りないわよ!」
リリアの怒声にただならぬ気配を感じたのか、ティナたちは揃って不安そうにする。リリアはそれに反応する余裕もなく、さくらを呼び続ける。
「夜までには戻ってくるから、気にしないで」
姿を見せずに声だけを届けると、リリアはまだ何かを言いたそうにしていたが、やがて大きなため息をついた。
「まあ、貴方も一応、仮にも、大精霊だものね」
「一応じゃないよ!? ちゃんと大精霊だよ!」
「その事実そのものが世界の危機ね」
「ひどい!」
短く軽口を交わし、やがてリリアが小さく噴き出した。
「行ってらっしゃい、さくら」
「ん。行ってきます」
リリアの笑顔に見送られて、さくらは窓から退室していった。
「さくら様は、なんて?」
「女神様に呼ばれたから会いに行ってくるそうよ」
「ぶふっ!」
ティナの問いにリリアが答え、クロスが盛大に噴き出した。
壁|w・)ひっそりと、さくらがやらかしたというお話。
実はこれ、アナザーエンドでも経緯はどうあれ、同じ結末を迎えていたりします。
リリアが家を継ぐことになったと報告していたのはこれだったり。
アナザーではさくらがいないので、もっと色々面倒で厄介なことになっているでしょうが^^;
反省点。恋愛関係だとさくらの影が薄くなりますね……。
このお話は恋愛関係に向いていないと思いました。いや、私に向いていないのか。
次回からは中編に入ります。のんびりまったり、よろしくお願いします。




