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取り憑かれた公爵令嬢  作者: 龍翠
2学年前学期

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 ――ちょっと、どうしたのよ。大丈夫?

 ――ああ、リリア……。私はもうだめだ……。

 ――え、ちょっと……。どうしたの?


 真に迫ったその声に、リリアは表情を青ざめさせた。これほどしおらしいさくらの声など聞いたことがない。不安な気持ちのままさくらの声を待つ。


 ――ぴーまん、にがい……。


 視線を落とす。野菜炒めを見る。ピーマンが入っていた。


 ――これ、だけで……? ピーマンの味なんてしなかったけど……。

 ――するよ……。リリアの意地悪……。


 いつも元気な声が、続けて沈んだ声を出しているとリリアも不安になる。申し訳なく思いながら、ごめんねと謝罪した。


「リリア、どうしたの?」


 ティナの声。リリアは何と答えていいか分からずに口を閉ざしてしまった。それでもティナの心配そうな瞳は変わらず、リリアは小さくため息をついた。


「ごめんなさい、ティナ。急用を思い出したから失礼するわね」


 夕食はまだ半分も食べられていない。正直腹は満たされていないが、このままさくらを放置するわけにもいかないだろう。リリアは席を立つと、唖然としたままのティナへと笑顔を見せた。


「先に言っておくけど、貴方が何かをしたとかじゃないから安心しなさい。それじゃあ、またね」


 軽く手を振り、その場を後にする。食堂から出たリリアは、自室へと急いだ。



 自室に戻ったリリアは寝室に駆け込むと、机の引き出しの一つを開ける。そこには小さな布の袋が入っていた。質素な造りだが、生地そのものは上等なものだ。リリアはそれを開けて中身を確かめる。少なくない銅貨や銀貨が入っている。小さく頷くと、さくらを呼んだ。


 ――さくら。聞こえる?

 ――ん……。なに?


 返事はあったが、相変わらず元気がない。まさかピーマン一つでここまでになるとは思わなかった。


 ――今から外に出かけるわ。

 ――ふうん……。

 ――何か食べたいものはある? 遠くへは行けないけど。

 ――果物!


 途端に元気な声が頭に響いた。現金だなと苦笑しつつ、リリアは部屋を出た。

 そしてアリサと鉢合わせした。


「リリア様? もう夜なので、出かけるのはさすがにご遠慮いただきたいのですが……」

「そ、そうね……。分かっているわ」


 頬を引きつらせながらすごすごと部屋へと戻る。せっかく元気になりかけたさくらがまた落ち込んでいるのがすぐに分かった。


 ――うう……。かみもほとけもいないのかー……。


 意味は分からなかったが、嘆きだけは伝わってきた。


「ところでリリア様」


 部屋の戸を未だに閉めないままアリサが口を開く。怪訝そうに振り返ると、


「お客様です」


 アリサの後ろに、ティナがいた。


「ティナ? どうしたの? ご飯は?」


 食堂を出てからまださほど時間は経っていない。それなのにどうしてもうここにいるのか。疑問に思いながらティナの言葉を待っていると、ティナはおずおずといった様子で手に持っていたものを差し出してきた。

 小さな紙袋だ。不思議に思いながらも、ティナへと歩き、紙袋を受け取る。中を見てみると、みかんのような果物が入っていた。


「あの……。ご飯、口に合わなかったみたいだから……。食べてね」


 そうして勢いよく、ごめんなさいと頭を下げてくる。リリアはぽかんと間抜けに口を開けていた。


「それじゃあ、わたしは食堂に戻るね。またね、リリア」


 そうして部屋を出て行こうとする。リリアは慌ててその背を呼び止めていた。


「待ちなさい」

「え……? どうしたの? あ、もしかして果物も苦手?」

「そんなわけないでしょう。その……。今日のは、たまたまだから。よければまた誘ってくれる?」


 事実、夕食そのものは美味しいと感じていた。さくらのことがなければおそらく完食していただろう。さすがにリリア一人では入りにくい場所なので、ティナに誘ってもらわなければ入ろうとは思えない。

 ティナはきょとんと呆けていたが、やがてすぐに笑顔になった。


「うん! また誘うね!」


 そうして手を振って去って行く。リリアはそれを見送ってから、安堵のため息を漏らして扉を閉めた。


 ――リリア! みかん! みかんか知らないけど! みかん! 食べようよ!


 途端に頭に響くさくらの声。リリアは苦笑すると、アリサに紙袋を差し出した。


「申し訳ないけど、いくつか用意してもらえる?」

「はい。畏まりました」


 そうしてアリサがむいてくれる果物を頬張りながら、


 ――ああ、美味しいなあ、幸せだよう……。

 ――まったく……。


 ゆっくりと味わいながら、苦笑する。その笑顔をどう受け止めたのか、アリサも優しく微笑んでいた。



 翌日。リリアが一階のエントランスに行くと、ティナが昨日と同じようにリリアを待っていた。だが昨日の王子との一件を気にしているのか、挨拶を交わしただけだった。


 ――なにあの子。挨拶のために私を待っていたの?

 ――いい子だね。

 ――時間の無駄ね。

 ――リリアはぶれないね!


 さくらが何事かを嘆いているようだが、気にする必要もないだろう。足早に校舎へと向かう。

 校舎は寮の側だ。三階建ての石造りの建物で、とても広い造りになっている。リリアの教室は二階だ。やはり足早に廊下を歩いて行く。本当はそれほど急ぐ必要はないのだが、どうにも周囲の生徒から見られているような気がする。これは被害妄想ではなく、実際に視線を感じた方を見ると、目が合った生徒が慌てたように視線を逸らしていた。

 王子との婚約破棄の次は、昨日の騒ぎだ。注目を集めるのも当然だろう。せめてもう少し人が少ない場所でならまだ良かったのだろうが、後の祭りだ。


ピーマンを食べて悲鳴を上げるシーンがずっと書きたかったです。

ストック消化しました。明日からはまたいつも通りです。


誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。

ではでは。

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― 新着の感想 ―
[一言] ティナ。うーんなんだろう 良い子なんだろうけど、違う派閥というか 海に住む生き物と、陸に住む生き物が仲良くするの難しいよね?てくらい、一緒に居るのが違和感
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